第11話 3人の想い

「紋。どうしたの?」


「柾くん…」


ある日の日曜日の午後。紋は、勅使河原家の庭に、ぼーっと突っ立ていた。


「どうしたんだよ。家に入ると良いよ」


「…ダメよ…」


「え?」


柾が、言いかけた時。


「紋さん、また来たの?丞には、もう許婚がいるの。ここには、もう来ないで、と言ったはずです」


「す…すみません…」


「お母様、紋は、僕に逢いに来たんだ。入れてあげて」


柾が、母親を説得しようと試みる。


「…。柾さん、貴方には、勉強があるでしょう。丞さんに負けないよう、貴方は一層、頑張らなければならないのですよ?遊んでばかりいてどうするのですか?」


「違うよ。お母様。紋は、僕に勉強を教えに来てくれたんだ。だから、上がっても良いでしょう?」


「……」


苦虫を嚙み潰したような顔をして、美衣子は、渋々紋を家に入れた。





「ありがとう。柾くん。私は…おばさまに嫌われているから…、本当は来ちゃいけないのに…」


「ううん。良いんだ。僕は紋と一緒にいられて楽しいから」


「……」


紋は、押し黙る。その原因を、柾は分かっている。


「丞を…なんとか、紋の許婚にさせてあげられれば良いんだけど…」


「…!?柾くん…」


「驚かなくて良いよ。僕は丞と違って、凡人だけど、…馬鹿ではないんだ。紋が、丞をずっとすきだったことは分かっていたよ。だから、お母様が、丞の許婚を、大金積んでまで、養子に向かえたってことも。紋、今からでも遅くはない。丞に紋の気持ちを伝えるんだ」


「そんなことは出来ないよ。おばさまに、2度と、丞くんに逢えなくされてしまう…」


紋は、少し、瞳を潤ませている。


「なんの話をしてるんだ。柾」


「!丞!ひ、人の部屋に入る時はノックくらい…」


「したけど?」


「…そう…か…」


「紋、俺は、お前がすきだったよ?でも、結局は、俺たちは結ばれない運命だったんだ。俺は冷たいし、紋の気持ちを察することもせず、嫌なことも言う。今もこうして言っているしな。それを、どうも思わないのも、俺の本当の姿だ。柾にしとけ。その方が、紋も、幸せになれる」


「丞!そんな言い方よせよ!紋は…本当に丞のことが…」


「だからだよ!」


丞は、声を荒げた。


「俺は、すきな奴が、他に出来たんだ…」


「え…?」


紋の顔色が真っ青に変わった。


「おい、丞、それって…」


「そうだ。神来社呼音莉だよ。俺は、あいつがすきだ」


「何言ってんだ!丞!お母様が勝手に許婚にした子だろう?確かに、呼音莉ちゃんは良い子だよ。でも、お前は、お母様を嫌ってる。そのお母様が決めた許婚を、どんなことがあったとしても、すきになんてならない!!」


「柾、お前こそ何言ってんだ。母さんのことが、好き嫌いにそんなに大きく俺の心に影響するとでも思ってるのか?確かに、反発心で、最初は、神来社呼音莉を許婚になんてした母さんに俺は怒りを感じたさ。でも…神来社呼音莉は、俺には、ピッタリの女だったらしい…」


「ピッタリの…女?」


紋の顔が、増々青くなる。


「あいつとは、もうキスはしたよ」


「!?」


紋は、もういたたまれなくなって、勅使河原家を飛び出した。


「どうして…、どうして、そうなんだよ!丞は!!」


「どうって?」


「紋の気持ちを、なんでそんな簡単に踏みにじるような真似、出来るかって聞いてるんだ!!」


「じゃあ、お前はどうなんだ!!紋のことが、ずっとすきだったくせに、俺に遠慮したんだか、馬鹿だったんだか知らないが、アプローチどころか、俺に譲ろうとまで下だろう!!それこそ、おかしくはないのか!?」


2人は、気が付くと、お互いの胸ぐらをつかんでいた。そして…。


「そんなことで、喧嘩するんだ」


「神来社呼音莉…」


「呼音莉ちゃん…」


「お互い、想い合って、偉いね。でも…そんな言い争いは、無駄なんじゃないかしら?私と、丞くんは、もうどうしたって許婚なの。分かる?柾くん。でも、柾くん、貴方は、まだ自由だわ。それを…忘れないで欲しいの…」




そう言うと、呼音莉は、柾の部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る