第4話 軍師、士官先を紹介される

「職業安定所はこっちだったかな」


 軍師学校を退学させられたアキトは、帝都の職業安定所を目指していた。 

 アキトは、そこで仕事を探そうと考えていたのだ。とにかく仕事を見つけなければ、生きていけない。


 帝都の職業安定所であれば、帝国全土の求人情報が集まる。

 どこか地方で良い仕事があれば、そこで金を稼いで故郷に帰ろう。そう思うアキトであったが、一つだけ心残りがあった。 


 それはリーンハルトやアリティア達友人へ、一言も別れの挨拶が出来なかったことだ。


 特にリヒトとアリティアとは、幼少時からの付き合いの三人。アキトが十歳になって軍師学校に入る前から、親しい間柄であった。


 どこかで手紙でも書かなければ、とアキトは心の中で呟く。

 その時であった。


「えい! この魔物風情が! おとなしくしろ!!」


 そう叫びを上げたのは帝都の衛兵だ。


 衛兵が三人がかりで、身なりの良いゴブリンを取り押さえている。


「私は、帝国市民権を持つ者だぞ! 何故帝都から出ていかなければならん!!」

「黙れ、この下等生物!!」


 衛兵はそう言って、ゴブリンの頭を棍棒で叩く。気絶したゴブリンはそのまま馬車に乗せられ、帝都の外へ運ばれていった。


「ここはもう俺達のいる場所じゃないな……」


 アキトはそう呟いて、胸にぶら下げた麻袋を撫でる。中にはアキトの師駒であるスライムのリーンがいた。


……自分達も、早くこの帝都から出ていこう。

 アキトは、早足で歩いた。


〜〜〜〜


 職業安定所は、結構な人で溢れていた。皆、掲示板の前で良い求人がないか探している。

 アキトも群衆をかき分け、膨大な求人に目を通した。


「帝都じゃなくて、地方の仕事は……あった。ここだ」


 城壁作りの作業員、補給物資を輸送する馬車の御者……時世を反映してか、戦争に関する仕事が多いようだ。


 どれも月の給金は帝国人の平均月収を超えているが、命の危険を考えれば安すぎる仕事だ。


できれば、アキトは学校で学んだことを活かせる仕事に就きたかった。


 とはいえ今は、仕事を選べる状況ではない。適当に南部の城壁建造の仕事に目を付けた。


「集合場所は南部の都市プーラか」


 アキトは集合場所を覚えると、職業安定所を出ていった。

 適当に船賃を稼いで、故郷へ帰ることにしよう……。


「アキト! アキト、待って!」


 アキトはその呼び掛けに振り向く。

 そこには、幼馴染のアリティアが長い黒髪を乱して、駆け寄る姿があった。


「アリティア?! 何でこんな場所に?!」

「はあ、はあ……あなたこそ何で、何も言わずに行っちゃうのよ」


 アリティアは護衛も連れず、ただ一人でここまで来たようだった。


「……ごめん、アリティアやリヒトには一言挨拶したかったよ。でも、三十分以内に寮の部屋を片付けて、出ていけって、学長に言われたからな」

「本当、最低な男ね。自分の策が失敗を招いたからって、アキトに当たって」

「まあまあ。どっちにしろ俺にはこの師杖しかなかったから、特に困ることもなかったし」

「何がまあまあよ。おかげで私もリヒトも、こうやって帝都を探し回る羽目になったのよ。リヒトは今どこかしら……それで、アキト。これからどうするつもりなの?」

「俺もアリティア達と離れるのは寂しいけど……俺はリーンを失いたくない。適当に仕事して、故郷に帰るよ」

「そう……そうよね」


 アリティアは、がくんと肩を落とす。引き留めたかったが、初めての師駒の為と言われては反論できなかった。


「それで……仕事は見つかったの?」

「南部の城壁建造の仕事だ」


 アリティアはアキトの言葉を聞くなり、制服の胸ポケットから紙を取り出す。


「アキト、人には得意な仕事があるわ。アキトは腕っぷしが弱いわけじゃないけど、あなたを必要としてる仕事がある」


 そう言ってアリティアは、アキトに紙を渡す。


「何だこれ?」

「私の遠い親戚宛の手紙よ。これを持ってアルシュタートまで行きなさい。領地は荒れているけど……アキトなら、力になれるはずだわ」


 アリティアは自分の親戚であるアルシュタート大公に、アキトを軍師として雇ってくれるよう手紙を書いていた。


 アルシュタート大公……大陸の東海岸中央に位置するアルシュタート州を治める領主であった。


 その領地は広大で、昔は豊かな地であった。しかし、北と南の魔王軍に攻められ、今では荒廃しているという。


 アリティアの親戚となると、アキトも一応は遠い親戚となる。


「ちょっと待て、アリティア。俺はまだ誰かの軍師になれるような」


 アキトがそう言おうとした瞬間、衛兵が叫んだ。


「魔物の反応があるぞ! 近くを探せ!」

「まずいわ、探知魔法を使う衛兵がいる。アキト、早く逃げて!」


 衛兵の中にローブを被った男がいる。帝国軍の魔導士で、探知魔法を使い魔物を探しているのだ。


 断る時間はない。

 アキトからしても、誰かのために軍師として仕えたい気持ちは強かった。素直にアリティアの提案に乗ることにした。


 アリティアとリヒトにはいつも助けてもらってばかり……アキトは思わず声を震わせる。


「アリティア……ありがとうな。リヒトにもそう伝えてくれ」

「礼なんかいらないわ。……だから絶対、また三人で会いましょう。行って、アキト!」

「ああ、必ずだ!」


 アキトがそう言い残して帝都の東門へ向かうと、一人の衛兵が呼び掛ける。


「待て! そこの軍師学校の制服を着た者!」

「お兄さん! 何か用かしら?」


 衛兵の前にアリティアが立ち塞がる。


「君じゃなくて……あ、アリティア殿下?! 失礼しました!!」

「いいのよ。彼は私の使い。怪しい者じゃないわ」

「ははっ。かしこまりました」


 アキトは救いの手を差し伸べてくれたアリティアに、心の中で深く感謝するのであった。

 そしてアリティアとリヒトと必ず再会することを誓った。


〜〜〜〜


 かくして帝都の東門を出たアキトとリーン。


 アルシュタートまでは真っすぐ東へ街道が続いているので、それを進んでいけばいい。それに街道沿いには、必ずと言っていい程、宿場町があった。


 アルシュタート大公領の州都アルシュタットまでは、帝国郵便や伝令の馬なら三日もかからない。しかし、人の脚なら半月はかかる距離だ。


 途中、巡礼者用の無料の宿で夜を越しながら、アルシュタートを目指す。


 帝都からは大分離れたので、リーンは麻袋から出てアキトの隣を進んだ。


「大丈夫か、リーン?」


 アキトは時折、リーンを気遣った。しかし、リーンはその度に大きく体を動かして頷くだけだ。


「三分の二は歩いた。 もう少しの辛抱だから頑張ってくれ、リーン」


 だが、アキトには心配事があった。


〜〜〜〜


 帝都を出て十二日目、アキトとリーンは再び、アルシュタートへ向け宿を立つ。


「やっぱり、大分道が変わってきたな」


 街道の石畳が所々陥没していることに、アキトは気が付く。


 それだけじゃない、廃墟と廃村、人の手が入らなくなった田畑が目立つようになってきた。


 昨日までの道は、綺麗に整備されており、多くの人が行き交っていた。


 だが、今アキト達とすれ違う者は誰一人現れない。そればかりか、街道を巡回している軍団兵の姿すらないようだ。


 アキトも知っているように、東海岸はここ何十年の戦乱で荒廃していた。帝国と南魔王軍が休戦していた時も、北と南、北と帝国が互いに争っていた地域だ。


 帝国の国土は北と南に大きな山脈を抱える。その山脈を境に、北南の魔王領と国境を接していた。それ故、北と南の魔王軍が互いに争う時は、大陸中央を避けなければいけない。


 つまりは必然的に、山脈で遮られていない東海岸と西海岸が主戦場になるのだ。


 ディオス大公率いる南部方面の帝国軍は、うまくこの地形を利用した。南山脈の小さな山道を封鎖して、南から南魔王軍を入って来られないようにしたのだ。


 だがそれは、アキトが向かう東海岸にますます南魔王軍が殺到する事を意味していた。


 先程アキト達が発った宿のある街は、帝国東部方面の防衛線の中心。


 その東側は、帝都の人間からすれば辺境も辺境であった。


ここは一応、アルシュタート大公の領地でもある。だが、案の定手入れや管理が行き届いていないようであった。


 アキトは周囲を警戒しつつアルシュタットへ進んでいく。

 野盗が襲ってこないとも限らない。早く到着したい一心だった。


 しばらく歩いていると、アキトの耳に騒音が聞こえてくる。音の方へと目を向けると、そこにはゴブリンに追われる帝国兵の姿が。


 帝国兵一人に対し、ゴブリン三体。帝国兵が圧倒的不利な状況であった。

 アキトはすぐに刀を抜き、リーンへ命令する。


「リーン、奴らの足を止めてくれ!」


 リーンは跳ねながらゴブリンの方へと向かい、アキトもそれを追うように足を走らせる。

 ゴブリン達は向かってくるアキトに気付くと、標的を兵士から変えた。槍を構え、迎え撃とうとする。


 だが、突如先頭のゴブリンがドサッとこけたので、アキトはすかさず、刀を振り下ろした。


 二体目のゴブリンも同様に足を取られ、切り伏せられる。三体目は、兵士によって背中から帝国兵の剣で切り倒されていた。


 アキトと帝国兵はふうっと一息吐くと、互いに剣を鞘へ納めた。


「助かったよ。君、強いんだね」

「それほどでも。帝国軍の方ですか」

「ああ、僕は第八軍団所属で、フェンデル村の防衛隊長エリックだ」

「その隊長さんが、どうして魔物に?」

「僕は軍団本部から村へ帰る途中だったんだ。そこをあの魔物達に襲われてね」


 隊長はそう言って、何か嫌なことを思い出したように頭を抱えた。


「そうだ、このままじゃ、北魔王軍に村が……」

「どうかしたのですか?」


 アキトは困ったような隊長へ、声を掛けた。


「実は、北魔王軍の小規模な一団から村が襲撃されていてね。手勢では足りないから、本部に増援を要請したんだが、今はどこも人手がなくて……」

「断られたということですね」


 隊長は、無言で頷く。そしてすぐにアキトの両手を取って懇願した。


「君、なかなか強いみたいだし、村の防衛を手伝ってくれないか?! 報酬は弾むよ!」

「え? それはもちろん。俺は帝国の軍師なので、軍の要請があればお手伝いしますよ」


 アキトは隊長に、さも当然とばかりに答えた。


 軍師協会に登録している軍師は、軍からの要求があれば、可能な限り召集に応じなければならない。

 そうでなくても、アキトは誰かのため役に立ちたかったのである。


 隊長は目を輝かせた。


「軍師?! 本当かい?!」


「え、ええ……まあでも、F級ですが……」

「何級だかなんてどうでもいい! 手を貸してくれ! さあ!」


 強引に手を引く隊長。


 アキトはその必死さに困惑しながらも、内心嬉しかった。自分が必要とされていることに。


「はい!」


 アキトは隊長に手を引かれるまま、フェンデル村に連れていかれるのであった。

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