第176話 決戦⑱ レッツ、パ――――リィィィィ!!

――曹丕


 このチョビヒゲ、俺を舐めているのか?

 この魏公たる曹子桓の前に立つとは、命知らずにもほどがある。

 

「身の程というものを理解させてやろう。貴様のような野良犬が俺の視界に入るなど容認でき得るものではないということをな」

「それはそれは、困りましたねー」


 寝ぼけた声が無性に癇に障る。

 まあいい、俺の双剣の前に泣いて助命嘆願するに違いない。

 吠え面をかけ、袁家の下郎め。


「時に曹子桓殿、お帰りの船はお持ちですかな?」

「貴様らを殺し、悠々と帰る。死に行くものから心配される謂れはない」

「そうですか。それは何より」


 つかみどころのない返答に、俺は剣を荒々しく抜き放つ。

 近寄らば斬る。寄らずとも斬る。

 この曹子桓、天に選ばれた男であることを知らしめん!


「では一騎打ちといきましょうか。袁家流の戦いですがご了承ください」

「ほう、死ぬ覚悟が出来たか。よかろう、殺してやる」


「では先生方、お願いします」

「…………え?」


 ぞろり、と殺気の塊が群れをなして滲み出て来たようにも思える。

 一体こいつ……何を言っているんだ。


「えー、それではこれより袁家流のおもてなしを執り行いたいと思います。皆さまご入場いただけましたでしょうか? それでは右端よりご紹介いたします」

「待て待て、これはどうなっている。なぜ一騎打ちでここまで見届け人がいるのだ」

 

 こいつらは袁家に寝返った……もしくは譜代の武将たちのはず。

 なぜ円陣を組んで俺の周りを取り囲んでいるのか。

 なぜ、こいつらは手に手に武器を持って微笑んでいるのか。

 な……ぜだ。


「それではまずはこちら、張遼文遠さんのご登場です。拍手!」


 雨音のように激しく。そして冬場の空気のように冷厳で……。

 それでも彼らは笑っていた。


「続いて呂玲綺ちゃんですね。あ、お恥ずかしながら私の妻の一人でして」

「おい……まさか、こいつらは……」


 ドン、と大地を揺るがす矛の音が響く。

 く、この俺が……臆しているだと?

 剣先が震える……。足が、歯が、体までもが。


「お待たせしました、張飛翼徳さんのお目見えです。既に酔ってらっしゃいますが武に翳りはありませんのでご安心ください」


 張飛……だと。

 まさか、こいつら全員が俺と戦う……のか?


 馬超。

 龐徳。

 馬岱。

 李通。

 夏侯惇。

 夏侯淵。

 夏侯徳。

 夏侯尚。

 張郃。

 顔良。

 文醜。

 曹洪。

 曹真。

 

 ……。

 

 俺は夢でも見ているのか。

 

「りょ、涼州の蛮族共めが! 裏切ったのか!」

「むぅ。貴様の捏造に関しては素直に騙されたと言っておこう。ならば過ちは糺されなくてはならない」

「ぐ……おのれ……」


「夏侯家の者がよくぞおめおめと俺の前に立てたな。恥を知れ!」

「もう一遍言ってみろ、小僧。この夏侯元譲の傷ついた目を見て、もう一度言ってみるがいい」

「くそ……他に味方はいないのか!?」


「そうだ、曹家の身内であれば……! 今ならば許す、俺の盾となることを許可するぞ!」

「一族の恥さらしめが。兄孟徳をだまし討ちしたかと思えば、この無様な戦い。貴様に曹家の一員たる資格は無い!」

「そ、そんな……そこまでのことなのか!」


「え、袁家の者よ。待遇に不満はあるだろう? 我が陣営に来れば百年の栄華を保障してやろう!」

「舐めてるッピか? この張儁乂も含め袁家の将は二心を持たず!! 百年の栄華? くだらないッピ。我らが求めるのは民草の千年安寧であるッピ!」

「世迷言を……民など税を産み出すだけの生き物というのに」


「李通! お前だけでも戻ってこい! 呂虔・徐商もそれを望んでいるに違いなかろう」

「……貴様が呂虔たちの何を知っているんだっ!! あいつらが命がけで守ってきたのは、こんなチンケな野郎だったとはな……クソ、この憤りをどうしてくれる!!」

「ぐぬぬ……使えない男めが……」


 どいつもこいつも役に立たぬ。

 ええい、こうなれば代わりの者を見つけて時間を稼ぐか。

 濮陽から早船が出たと最後に報が入っていたしな。恐らくは精鋭が向かっていることだろう。


「フッ、全くの馬鹿者ばかりで反吐が出る。よもや旗印を変える反逆者までもが雁首揃えているとはな。貴様らのような礼節を知らぬ愚物に囲まれていては、勝てる戦も勝てぬのが道理よな」

「…………ひょっとしてさ、お前まだ自分が助かるって思ってる?」


 舐めるな袁顕奕。

 汚泥にまみれるのは一時の事だ。最後に笑うのはこの俺よ。

 ならば言わせておいてやろうか。死に際の老犬が鳴いていると思えばよい。


「すまん、ちょっと俺が間違ってたみたいだわ」

「ほう、素直に自分が屑であると認識できたか。今ならば命だけは許してやろう、降伏せよ」

「……いや、あのさ。俺、お前のこと買い被ってたわっていう話よ」

「なんだと?」


 なんだ袁顕奕、その心底呆れたような顔は。

 中華に君臨するべき男にそのようなものを見せるとは、袁家の底も知れるというものだ。


「じゃあはっきり言うわ。曹子桓、いやもうお前でいいわ。余計な期待を抱かせるのは可哀想だから伝えとくよ。お前死ぬから」

「な、なにを……馬鹿な。そのようなことが許されると思っているのか」

「許すもクソもねーよ。俺最初お前の事スゲー奴だと思ってたんだよな。けどなんだよ、この有様はよ? 戦はボロボロ、味方は離反。挙句の果てには父を暗殺しようとするとか頭狂ってるよ」

「黙れッ!! 俺の行いに間違いはない!!」


 呼吸が荒い。クソ、落ち着け曹子桓。こいつは口車で動揺を誘っているのだ。

 濮陽に戻りさえすればまだまだ俺は戦える。

 耐えろ。そうすれば時間は俺に味方する。


「なーんか時間稼ぎしてるっぽいけど、先に教えてやるわ。それ、マジで自殺行為だからやめた方がいいよ」

「フ、気づいていたか。流石に馬鹿ではないようだな」

「逆にお前どんだけ馬鹿なんだっていう。ほいじゃあ二択な。一つ目、今ここにいる皆さんで挽肉にしてもらう道。二つ目、濮陽から来てる早船を待って、死ぬほど後悔する道。はい、どっち?」


 答えるまでもない。

 

「フン、その少ない脳みそで考えるがいい。俺がどのような道を選ぼうが、それ即ち全て覇道なり。凡夫はそこで指をくわえて見ているのだ」

「あっそ。じゃあボチボチいいか。張文遠、かかれ!」

「承知! お嬢様を虐げし逆徒めが。この張文遠の鉤錬刀を受けてみよ!」


 

――袁煕


 空手とか柔道の特訓で、百人組み手ってあるよね。

 あれって実力が伯仲してる相手だからこそ己の限界を越えられる修行だと思うんだ。じゃあ実力差がありすぎる場合ってどうなるっていうとだね。


「山田ァァァァァァァァァァア!!!!」

「うぶえっ、ごあっ!?」


 俺が命令したのはたった一つ。

 そう、たった一つのシンプルなこと。


【死なない程度に可愛がってあげなさい】

 

 まあどこそこが折れようが、顔面がグシャグシャになろうが、生きてればヨシ!

 乱世でこのレベルの武将とかちあって、生きてられる方が儲けモンだと思うべし。


 空中でトリプルルッツを決めさせられた曹丕が、地を舐める。

 実力と誇りのミスマッチが招いた結果だが、こちらが手を緩める必要はない。

 寧ろ攻めて来といてかわいがりで済んでるんだから褒めてほしいくらいだね。


「ご苦労様。文遠殿、お下がりあれ」

「山d……失礼しました。あとはお嬢様にお任せいたします」

「そうしておくれ。それじゃあ次はれーちゃん、行ってみようか」

「はっ!」


 世界一怖い首ボキボキ。見てるだけでも漏らしそう。

 

「立て、腐れガキ。よくぞ我が父の武威を汚したな。よくも我が君に刃を向けたな」

「ぐふ……が、ああ……だま、れ……」


 バッグゥン!

 というバスケットボールが破裂したかのような衝撃音が鳴った。

 見ればれーちゃんが曹丕の顎をしたたかに蹴り上げていた。


 曹丕は白目を剥いて膝から崩れていく。だが追撃の蹴りがみぞおちに炸裂した。

 ねえ、これ死んでない? 平気?

 不安げな俺の顔をチラ見したれーちゃんだったが、なぜか頬を染めてそっぽ向いてしまった。

 違う、そうじゃない。愛の熱視線送ったわけじゃねーから!


「しっかし、まあ、なんつーか」


 乱世の男って頑丈だよなぁ。

 れーちゃんにボッコボコにされてるが、まだ立とうとしてる気概だけは認めよう。


「やいやい袁の字。そろそろ俺様にもやらせろぃ」

「コロサナイデネ?」

「さぁな! 運がよければおっ死なねーですむかもなぁ!」


 曹丕君、残念なお知らせだ。

 次の相手はきっと人生で一番痛いランキングを更新してくれるかもしれないよ。


 大目玉をひん剥く張飛を嗜めつつ、俺はれーちゃんを下がらせた。

 同時に俺に早馬が急報を知らせてくれた。


「ありゃ、着ちゃったか」

「は。いかがなさいましょうか」

「そりゃまあお通ししてくれと言うしかないよね。丁重にこちらへ案内してくれ」

「ははっ!」


 曹丕君、残念なお知らせその二だ。

 武将が三名ほど追加されたよ。

 え、聞いてない? いやぁ多分名前は聞いたことあると思うよ。

 

 それ趙雲とか許褚とか……曹操っていうんだけど、心当たりあるよね?

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