【短編小説】荒川城壁攻防戦 ~鰐蛇大戦 決戦前語~

Yusuke Eigo

1章:荒川城壁

百清美「最悪だ」


百清美は荒川城壁の小天守から、眼下の光景を眺めながらそう呟いた。荒川を挟んだ対岸には、人の天敵である幾千もの鰐蛇の姿が見える。見渡す限りの地平線を埋め尽くし、縦横無尽に動き回る鰐蛇の姿に、百清美は思わず息を飲んだ。


その直後、墨甲冑を着た見知らぬ男が、大きな足音を鳴らしながらこちらに近付いてきた。


法道「奴らは太陽が登る今日の正午頃を狙って、一呼吸に攻撃を仕掛けてくるだろう」


百清美「私もそう考えている。あんたは・・・?」


法道「法道だ。そういうお前は?」


百清美「私は百清美だ。本日より、この赤羽陣区に遊撃隊として参陣した」


法道「遊撃隊?確か、対鰐蛇の専門部隊と噂で聞いたことがあるが・・・あんたみたいな子供まで動員しているのか・・・。はぁ、世も末だな・・・。いいか、悪いことは言わん。ここは危険だ。いまのうちに後方陣区へ下がれ」


百清美「・・・いま何と言った?後方へ下がれだと?それは冗談のつもりか?城壁を奴らに囲まれて、後方とはどこを指すのだ?それに、私は子供ではない!幾多の戦場経験がある槍華武人だ」


法道「槍華武人・・・だと?槍術を極めし達人の称号・・・。本当なのか・・・?」


百清美「試してみるか?」


百清美は言い終わると、一瞬の間に槍刀を構えた。


法道「おいおい、そんな物騒なモノこっちに向けるな。・・・あー、なんだ。見た目で判断してすまんかったな。・・・そんな怖い顔で睨むなよ。俺が悪かった」


百清美「ふん・・・まぁいい。あんたこそ、敵を前にそんな軽口を叩く暇があるのか?何が目的で、こんな最前線にいるのだ?」


法道「俺か?まぁ、こう見えても、ここの陣区の陣頭でな。指揮を執る責任がある。戦いの前に前線を離れてしまっては、同じ陣区の仲間に示しがつかん。それに、家族が本陣区から近い城壁内側の十条陣区に住んでいてな。敵を絶対に通すわけにはいかん。まあ、そういうことだ」


百清美「赤羽陣区 陣頭・・・。そうか、人は見かけによらんな」


法道「まぁ、お互い様だな」


百清美「現状、私はこの陣区で最後まで戦うつもりだ」


法道「あんたも物好きだな、と言いたいところだが。正直、実戦経験者が増えるのは心強い。俺の予想では、この陣区が最も激しい戦いになると考えている」


百清美「私も同意見だ。ここは下野から南下してくる敵の真正面。だからこそ、ここへ参陣した。案の定、奴らが本陣区に続々と終結している」


法道「なるほど。あんたの意図が理解できた」


百清美「あぁ」


法道「あんた、ここの前はどこで戦っていたんだ?」


百清美「宇都宮陣区だ」


法道「宇都宮だと?・・・そうか、よく無事だったな・・・」


百清美「・・・」


法道「特に、宇都宮城の周辺が凄惨な戦いだったと、伝令から聞いている」


百清美「あぁ、我々は宇都宮城に篭って戦ったが、半日も持たなかった。今となっては、残ったのは地名と過去の記憶だけだ。全部・・・あいつらのせいで」


法道「他の仲間はどうした?」


百清美「分からない。城壁内に敵の侵入を許してから、我々は大混乱になった。命懸けで退路を作り、なんとか武蔵方面へ退却できたが・・・。隊の仲間とは離れ離れになった」


法道「・・・そうか。無事にここまでたどり着けて良かったな。あんたは悪運が強い。ここで死ぬなよ」


百清美「あぁ、もちろんだ。あんたもな」


法道「おう」


その直後、一人の藍甲冑を着た女性が足早にこちらへ近づいてきた。

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