第15話 風呂に入ることに

 河原と背中合わせ。めちゃくちゃ気まずい。

 ティシュラさん。たった数日でよくもまあこんなことができるよな。命だけは助けてくれとか言ってたくせに、人を閉じ込めやがって。

 しかも、風呂はめちゃくちゃ出来がいいんだよ! なんだよこれ! 最高だよ! あったかい風呂最高だよ!


 何か話さないと。


「ま、まさに職人技って感じだよな」

「ティシュラさんのスキルだって」

「そうか。それでシャワーに風呂まで作れるのか」

「そうみたい。あたしが言った通りにできてる」

「すごいな」

「……」

「……」


 会話が終わった。気まずい。

 気まずいって言っても状況は改善しないってことくらい俺でもわかる。だが、とても気まずい。


 こんな時、何を話せばいいんだ?

 フェイラでいいから入ってきてくれ。バシィでもいい。状況をうやむやにしてくれ。


 しかし、誰も入ってこない。


 これが愛せるようになる力の代償ってことなのか?

 今までは河原を見ても、普通に河原だなって感想しかなかったのに、今では入る時のタオルで隠した姿が目に焼きついて離れない。チラッと見えただけだが、記憶から消えない。

 悪いとは思うが、消せないものは消せない。

 俺はこんなに動揺するような人間だったのか。


「なあ、河原無理してないか? 俺、もう出るよ。多分、一緒に入ったんだしいいだろ」

「待って」


 立ちあがろうとする俺の肩を河原が掴んできた。


「もう少し、いて」

「おう」


 どうして、とはなんとなく聞けない。

 またしても黙ったまま二人。水の音が聞こえるほど静かでひどい緊張感。

 何か解除のタイミングを知っているのか。それとも単にいて欲しいのか。いや、それはないな。


「あたし、ティシュラさんたちに料理道具も作ってもらったんだ。だから、料理作れるようになったの。あがったら準備するから、食べてくれる?」

「え、作ってくれるのか?」

「そう言ってるの。ダメ?」

「いやいやいや! 食べます。食べさせてください!」

「……ふふ」


 もしかして、ティシュラさんたちは調味料まで持っていたのか? 至れり尽くせりじゃねぇか!

 なんでこんなことしてんだあの人。


 あ、そういや、オークだったわ……。見た目のイメージが俺の知っているものと違いすぎて忘れていた。

 お互い、人の価値基準で話をしているつもりなのが間違いだった。


「それじゃ、あたしが先に出るから、見ないでよ?」

「わかってるから」


 ああ、そうか。出られなかったら着替えの時に俺がいることになる訳だし、俺が後の方がいいのか。

 配慮が足りなかったな。

 どちらにしろ、風呂は河原のが楽しみにしていたんだし、悪いことした。


「服着たらノックするから」

「ああ。待ってる」


 俺は河原に背中を向けたまま河原が浴場を出るのを待った。




 コンコンと音がして、俺は意識を取り戻す。

 危うくのぼせかけた。

 なんかそんなに長く入っていなかった気もするし、めちゃくちゃ長かった気もする。一人になったからかもしれないが、河原が服を着るまでの時間が無限に感じられた。

 あれ、これ河原が俺の裸を見ることになるのでは? まあ、もう出てるか。


 脱衣所に入ると思った通り河原の姿はない。先にティシュラさんを叱ってくれているのだろう。


「ん? 俺の服、どこだ……?」


 俺の制服がなくなっており、代わりに全く知らない服が置かれていた。

 確かに今日まで汚れっぱなしだったが、どこ行ったんだ?

 まさか、服も作ったのか?

 雰囲気はティシュラさんたちマウンテンオークの女性たちが着ている服とどことなく似ている気がする。

 となると、入っている間に持って行ったのか。


「誰かが着ていたわけでもないし」


 意を決して着てみたが、サイズはちょうど良かった。素材も悪くなく着心地はむしろいい。

 なんだかしてやられた気分だ。


「おお。着られたかい?」

「これもティシュラさんが?」

「そうだよ。ものづくりならなんでも任せておくれよ。まあ、アンタらの服装は目立ちすぎるからね。誰かと会ったらアタイら以外ならどう反応するかわからないからね」

「確かにそうか。にしても器用だな」


 今度個室だけでなく一人でもゆっくりしたいと別の風呂とか布団を作ってもらおう。

 任せたら任せたでなんだか変なことも起きそうだが、今は考えないことにする。


「河原に言われたと思うけど、鍵は中からかけるもんだからな」

「言われてないけど」

「え? まあ、とにかく、入ってる人が鍵をかけられるようにしとくように」

「わかったよ」


 不満そうだが、一応俺がここでは上だからな。

 あんまり好き勝手させすぎるのも良くない。


「あれ、いい匂い?」

「そうなんだよ。ユキが作り始めてさ、リュウヤを待てって食わせてくれないんだよ。さっさと行こう。女を待たせるもんじゃないだろう?」

「それは女性から言われるセリフじゃない気がするな。まあ行くけど」


 俺を待たなくてもいいのだが、全員で食べたいってことなのだろうか。




 ただ火を囲むだけだった俺たちの食事場所は、簡易的だが机に椅子の用意された空の下の食事場に様変わりしており、そこには食器のようなものを並べる河原が真剣な表情で盛り付けをしていた。

 すでに完成したのだろう並べられた料理はどこで採ってきたのか、野菜から肉まで多彩な料理が取り揃えられていた。

 俺が着替えるくらいしか時間がなかったはずだが、かなり速い。これもスキルの影響なのだろうか。


「河原、ここまで料理できたのか……」


 素人の俺から見ればプロの料理人と肩を並べるレベル。

 それらはどれも美しく盛り付けられ、どれも今すぐ飛びつきたいほどの空腹を刺激してきた。


「完成!」

「すごいな。金取れるレベルじゃないか?」

「さすがに元々はここまでできなかったけどね。多分、スキルのおかげだと思う」

「いや、スキルって家事だろ。これは家事ってレベルじゃないだろ」

「それは食べてから言ってね。さ、溝口も来たから手を洗ってきて!」


 すっかりお預けを食らっていたフェイラやティシュラさんの仲間たちは喜び勇んで手を洗いに行った。

 俺も一応洗っておくか。

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