第16話 断罪
ギルド長がアレイシアに罪の深さを投げつける度に、自分がいかに傲慢で考え無しだったかを思い知らされる。
「我々も領主様と同じ気持ちです。アレイシア様との関りを全て断っても収まらないほどの怒りが、イシュの街に広がっています! あまりにも強い怒りは、親である領主様達にも向きかねない」
「平民! このわたくしが、黒目黒髪の忌むべき存在の親の訳がない! 不敬ですよ!」
ヒステリックな叫び声をあげた辺境伯夫人が、目を吊り上げてギルド長を睨みつけた。それだけでは足りないとばかりに、金切り声で怒りをぶちまける。
「『悪しき黒の魔女』と繋がる者がイシュにいるだけで、イシュの価値が下がりお金が集まらなくなるわ! こんな役立たずは、さっさと王家に渡してしまえばよかったのよ!」
「そうだな、この愚か者はもうイシュには置いておけない! 即刻私達の前から消えろ!」
怒り狂った紗和子は力の限り辺境伯夫妻を殴りつけているが、人に触れることのできない精霊ではさほどの影響力はない。
「この、ネグレクト! 何が領主だ! 何が辺境伯だ! 日本だったらSNSに投稿して、社会的に抹殺してやるのに~!」
そう叫んで悔し泣きしながら、残念ながら役に立たないスマホを握り締めている。
いつの間にかギルド長が辺境伯の横に立っていて、「我々も領主様と同じ気持ちです。アレイシア様とイシュとの関りを断つために、書類を作成しておきましょう」といくつもの書類を机に並べる。
「へっ? 書類?」
「商品に『智の精霊』のご利益という付加価値をつける商いを考えたのはアレイシア様ですから、売り上げの一部が渡るようになっています。その権利を放棄させる書類です」
「なるほど! この役立たずがイシュの恩恵を受けるなんておかしい話だからな! 即刻作成しろ! ここに私がサインをすればいいのだな」
部屋中の関係者が静かに見守る中、辺境伯は嬉々として書類にサインをしている。
娘の生み出した利益に感謝することもなく奪い去り、無一文で今度は領地から追い出すつもりだ。
「愚か者の取り分は、オンズロー家に入るようにしろ! 全く足りないが迷惑料くらい貰わないと収まらないからな!」
貴族とも領主とも、もちろん父親とも思えない発言だ……。
「奥方様が心配されている、『悪しき黒の魔女』のせいでイシュの街の価値が下がる件ですが……。アレイシア様とオンズロー辺境伯家の関係を断つことが、一番効果的ではないでしょうか?」
ギルド長の発言に夫人はにんまりと微笑んでアレイシアを見た。
「それが良いわ! 『悪しき黒の魔女』なんて何をしでかすか分からない! 今のうちに縁を切っておきましょう!」
乗り気な夫人に対して、辺境伯は困り顔だ。娘に対していくらでも非道なことができるのに、世間の目は気になるらしい。
「そうしたいのは山々だが……。王家預かりとなる愛し子と縁切りするのは、世間体が悪すぎる」
「あれは精霊の愛し子なんかではありません! あれは魔女です! 必ずオンズロー家に不幸をもたらしますよ!」
夫人の言うことは分かるが、現実としてアレイシアが精霊の愛し子であることは覆せない。唇を噛みしめて悔しさをにじませる辺境伯に、ギルド長が新たな提案をする。
「縁切りは無理でも、『今後アレイシア様がすることに、オンズロー家は一切の関わりも責任も持たない。贖罪の義務も恩恵も放棄する』と一筆取ってはいかがでしょうか? イシュの商業ギルドが証人となります」
「それが良いわ! 旦那様、そうしましょう! 魔女に家が貶められる前に、手を打っておくべきです! 『何をしても決してオンズロー家を名乗らず、無関係を貫く』とも加えなさい!」
「……恩恵を、放棄する必要はあるか?」
「『悪しき黒の魔女』の恩恵を受けたとなれば、オンズロー家も同罪です。罰を受けることになりますが、よろしいですか?」
「そ、それは、困るな……」
早々に書類は作成され、ギルドの立会いの下、正式に承認された。
書類を確認したギルド長は「アレイシア様が何かしでかした際には、我々がこの書類と共に法廷に証人として立ち『オンズロー家とアレイシア様は一切関わりがない』と証言します。領主様はご安心ください」と言って一部を辺境伯に渡し、もう一部をギルドの保管とした。
その書類を満足気に抱えたギルド長は、再び厳しい顔でアレイシアの前に立った。
「今後アレイシア様には、『『智の精霊』のご利益は、自分の発案だ』と口外しないでいただきたい。このことだけにとどまらず、イシュとの関わりについては口にしないで欲しい。よろしいですか?」
「……分かりました」
ギルド長の言葉はアレイシアの心を抉った。自分の功績だと言いふらす気なんて当然ないのに、ギルドの仲間達はそうは思っていなかった。それどころか、アレイシアがイシュにいた事実さえも消し去りたいのだ。
共に支え合ってきたイシュでの思い出は、無色だったアレイシアに心を暖かい色を加えてくれていた。それが一気に真っ黒に塗りつぶされてしまった気分だ。
それも全て、自分が招いたこと。ショックを受ける資格さえ自分にはないと、アレイシアは自分に言い聞かせた。
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