第12話 領地に富を!

「おはよう、シア! 今日は、いつもより早いねぇ」

「マーダシーさん、おはようございます! 今日は午後から商業ギルドで会議があるから早めに来たの」

「そうか、アレイシアはいつも忙しいな。今は勉強を頑張って!」

「ありがとう」


 ニッコリと笑って図書館の守衛に手を振ったアレイシアは、もう十二歳になった。肩までだった髪も、背中まで伸びて艶やかに揺れている。

 守衛に明るくにこやかだったアレイシアの表情は、今は暗く苦々しい表情に変わってしまった……。

 午後からのギルドでの会議を思うと、逃げ出したいほど気が重い。

 そんなアレイシアを後ろから見守る紗和子も、「あの時に、あんな提案をしなければよかった」とやっぱり苦々しい気持ちを抱えて顔が強張っている。


 この街イシュを裏切るようなことなど、二人だってしたくはなかった……。







 オンズロー家を出てからのアレイシアは、本当にもう水を得た魚だった。

 親切なイシュの街の人達は、アレイシアのガリガリの身体を心配して次々と食べ物を運んできてくれた。色々な意味で温かい料理が嬉しくて、アレイシアも必死に食べた。おかげで多少はふっくらし、背も伸びた。

 最初は人との接し方が分からなくて、佐和子に確認しながら恐る恐るだった人との交流。イシュの街の人達の優しさのおかげで、今は楽しんでいる。


 アレイシアは元から賢かったのか勉強も順調で、あっという間に古代語を習得した。それだけでなく、最初の二年で図書館の本は全て読みつくしてしまった。となると新たな本が必要になるのだけど、アレイシアに金を稼げと言っている両親が本を買う金をくれるはずがない。本代を自分で稼ぐしか道がない。

 さぁどうやってお金を稼ごうという時に、張り切ったのは紗和子だ。スマホを片手に、「チート能力発動!」と騒いでいたのが懐かしい……。


「あの親の思惑通りになるのは気分が悪いけど、自立するためにはお金が必要。まずは、農業よね!」


 そう言って農業に狙いを定めた紗和子は、「収穫が倍になっちゃうかも! 見たこともない野菜を作っちゃう?」と呟きながら何やら楽しそうにスマホを検索していた。


 楽しげな紗和子には申し訳ないけど、アレイシアはあまり期待をしていない。

 あんな小さな手鏡みたいなものが何でも教えてくれるのは凄いことだと思う。紗和子のいた日本が、この世界よりも文明が発達したところなのがよく分かる代物だ。

 そう、文明も文化も全く違うのだ。日本の常識がカレイド国の常識ではないように、スマホの情報がアレイシアの役に立たないことが多過ぎた……。




 農業で金儲けをするにも、現状を知らないとできない。

 アレイシアと紗和子は、通いのメイドであるラズさんの家族がやっている農地に連れてきてもらった。この辺りでは一般的な規模だという農地は、終わりがないほど広かった。

 そして、分かったことは、やっぱりスマホの情報は役に立たないということだ……。


「肥料とか使ってないかと思ったら、ちゃんと有機肥料作ってるじゃない? この国にない野菜を作ろうと思ったけど、ネット通販といえど異世界にはお届けできないじゃない? 人手不足解消は機械化だけど、トラクターを作るのはさすがに無理……」

 紗和子が何を言っているのかは分からなかったけど、とっても悲しんでいることだけはアレイシアにも分かった。




 紗和子の次なる金儲けターゲットは化粧品だった。何でも「転生者が化粧品を作った漫画を読んだ」のだそうだ。紗和子の言う「てんせいしゃ」や「まんが」は、アレイシアだって理解できるほど親しみのある言葉になっていた。

 意気揚々と平民街で化粧品を見て回った紗和子は、自分で作ろうとスマホをいじり出したが……。


「だからさぁ、グリセリンとか精油とか蜜蝋とかシアバターってどうやって作るんだよ?」

「精製とか濃縮とか蒸留とか、簡単に言わないでよ……。それが分からないし、機材がいるんだよね? そんなの私に作れるはずないでしょう!」

「えっ? 蜂蜜って蜂の巣探して取ってるの? 凄く貴重であまりないの? 養蜂って当たり前じゃないんだ……。となると、養蜂するか? 無理無理、防護服ないし、刺されたら痛いでしょ」

「シアの木、ないよ……」


 乗り越えられない壁にぶち当たるたびに、紗和子は地面に膝をついてうなだれた……。

 スマホと紗和子の経験値では、地球の商品を作り出すことができない……。「身近な自然の材料で貴方も!」みたいなことは、異世界では成り立たないのだそうだ。


「自然の定義が違う……。便利すぎちゃって、何でもすぐに手に入るって当たり前と思ったらダメよね」


 散々挫折を繰り返した紗和子は、早々に「『智の精霊』は、金儲けに全く役に立てそうにありません」とアレイシアに土下座を教えてくれた……。




 『智の精霊スマホ』が役に立たないのなら、アレイシアが金儲けの方法を考えるしかない。

 つい最近まで引き籠っていた子供には、随分と難しい話だ……。


「シアの両親はろくでなしだけど、領地や領民はまともよね。農業も産業も、自分達でよく考えて作られている」

「オンズロー家が領地経営していないからこそって話だよね。それに、イグネルト国の影響や助けも大きいと思う」

「イグネルトから流れてくる異国の文化は、この街への影響力が確かに大きいね。両国のギルド同士が勝手に商売しているのは、普通の当主なら気になるところだけどね……」

「お金さえ集められれば、手段や過程は興味がない領主だからね。オンズロー家は辺境の砦を守る家だから、武力だけはある。武力に秀でた自分が害されるなんて考えないんだよ」


 領民のおかげで十分潤っているのに、当主は設備投資も何もしない。そのくせ隙あらば税金を上げようとするのがオンズロー家だ。当然のことながら、当主は領民から蛇蝎のごとく嫌われている。

 しかも五歳の娘を家から追い出し、家のために金を稼いでこいというのだから領民だって呆れ果てるのは当たり前だ。

 そのおかげか家と社交界では『悪しき黒の魔女』と罵られたアレイシアに、領民は友好的に接してくれる。

 商売や料理や遊びといった色々なことを、アレイシアは領民から教えてもらった。人として対等に接してもらった。そんな彼等に、そろそろ何か恩返しが必要だ。そう思うのにアレイシアにできることはなく、スマホは全く役に立たない。

 だからこそ、無理を承知で無理をしてしまったのだ……。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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