第3話 告白
ヒューライルとアレイシアの背後から、ため息交じりの声が聞こえてきた。
「自分より年下の女の子相手に……。ヒューは一体、何をしているのかな?」
口調は穏やかで、蝋燭に照らされた顔も笑顔だが、目は一切笑っていない。父親が自分の失態を怒っているのは、ヒューライルにもよく分かった。
「ごめんね、シア。ヒューが怖い思いをさせたね」
ヒューライルの父親が優しい声でアレイシアに話しかけ、あっさりと『シア』と呼んだことにヒューライルは苛立った。だけど、今はそんな話をしている場合ではないのは、さすがに分かる。「父さんは呼んでってお願いされてないだろ!」という言葉を、何とか腹の底に収めた。
自分が一番最初に『シア』と呼べなかったことが、こんなにも腹が立つとはヒューライルだって驚きだ。
「シアは何も悪くない。ヒューのことはおじさんがしっかり叱っておくから、許してやって」
そう言って優しく頭を撫でようとすると、アレイシアは急に立ち上がった。
さっきまでは腕を伸ばすことも難しかったアレイシアが自力で立ち上がったことに、ヒューライル親子は驚いた。
フラフラと安定しない足取りのアレイシアは、父親と向き合うとヒューライルを守るように両腕を横に広げた。震える腕や足からも、アレイシアが怯えながらもヒューライルを守ろうとしているのが分かる。
「わ、私が悪いの! だから、ヒューのことを怒らないで! 叩かないで! お願いします」
身体もダークグレーの瞳も恐怖で震えながら、必死にヒューライルを守ろうとするアレイシア。もうこれだけで、家でどんな扱いを受けているかが分かる。
できる限り穏やかな表情を浮かべたヒューライルの父は、アレイシアの右手にそっと触れた。その瞬間にアレイシアはビクリと飛び上がったが、すぐに柔らかいヒューライルの左手との握手に変わる。
「ヒューのことは怒ったりしないから、心配しないで。二人もこれで仲直りだ」
そう言うと、握手をした二人の手を自分の大きく温かい手で包み込んだ。
ぬくもりが身体に入り込んでくると、アレイシアの気持ちも落ち着いてくる。身体の震えが止まると、右手を握るヒューライルの力が少しだけ強まった。
恐る恐る顔を見ると、ヒューライルの瞳の色はやっぱり優しいままだ。それが本当に嬉しくて、身体から力が抜けたアレイシアは座り込んでしまった。
アレイシアからは、ついさっきまでのような元気さが失われていた。人の顔色をうかがうような怯えた様子は、ただ単に自分の態度が悪かったせいなのか? そうなのだとすれば、ヒューライルが謝れば元に戻るのか? そんな単純なことには思えない……。
遠慮がちに握ったアレイシアの手が助けを求めている気がして、ヒューライルの心は落ち着かない。
アレイシアにはさっきみたいに元気に笑っていて欲しい。こんなに怯えたアレイシアは、見ているのが辛い。
「……家で、虐められてるのか?」
悪気なんかなく、助けてあげたくて出た言葉だ。
父親と共に遺跡を巡る旅をしているヒューライルの周りには、歳の近い子供はおらず大人ばかりだ。それに加えて、置かれた環境のせいで人と付き合うことを得意としない。
自分に懐く子供なんて初めてだから、接し方だって分からない。それでも、分からないなりに、何とかしてあげたかった。
だけど、父親が左手で顔を覆ったのを見て、さすがに自分の失言に気付いた。
いくら何でもストレート過ぎた。
繋いでいた手をアレイシアから離されたことで、決定的に自分の失態に気付いたけどもう遅い。
温もりが消えた手がやけに寂しくて、もう一度アレイシアの手を取ろうとして止めた。これ以上傷つけたくなくて、どうすればいいのか分からない。
アレイシアの右手は肩のあたりで切りそろえられた真っ黒な髪を掴み、左手はダークグレーの瞳を指差した。その二つをヒューライルに突き出すように見せる。
「私の髪も目も、精霊を滅ぼそうとした『悪しき黒の魔女』にそっくりなんだって。お父様もお母様も、不吉だから私を見たくないの……」
アレイシアは、そう言って力なく笑った。それは何もかもを諦めた大人みたいな笑い方で、ヒューライルは何だか泣きそうだ。
自分より小さなアレイシアが、自分は『悪しき黒の魔女』なんだと思うしかなかったことが辛い。
周囲から恐れられ蔑まれるのも仕方がないと諦めるしかなかったかと思うと辛い。
そんな国に害をなす魔女が一人でいるのは当たり前だと思わされて生きてきたアレイシアの孤独が辛い。
人からは嫌われるのが当たり前で、決められた人生を諦めながら生きていくしかことしか知らなかった。そんなアレイシアが生まれて初めて、「諦めたくない」と思った。
「ヒューには『悪しき黒の魔女』だと思われたくない。違うと言いたいのに、証明できるものが何もない……。何もできない自分が悔しい……」
不安でいっぱいの顔をしたアレイシアに、ヒューライルは「シアは『悪しき黒の魔女』なんかじゃない」と真実を教えてあげたい。
父親の方を見て確認を取るも、悲しそうに首を横に振っている。
そりゃそうだ。この話をしてしまえば、アレイシアを危険に放り込むことになる。
アレイシアの日常が酷いものなのは分かっているけど、ヒューライラのように常に命の危機にさらされるよりはましなはずだ。
だから、「アレイシアが魔女のはずがない! 絶対に違うことを俺は知っている!」と伝わるように、ギュッと強く優しくアレイシアを抱きしめた。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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