第11話

十一月。学校に出勤して教頭に望月の両親から育児の許可が出たことを報告し、保護者会議も行なうことを願い出ると翌週の土曜日に執り行うように告げられた。

その当日、教室に集まった十八名の保護者たちを着席させて早速話し合いが行われた。一人一人の意見からは私や望月の関係について反対するものも多い中、妊娠している状態が気になり今後の生活をどうするのかと質問してくる人もいた。


医師から彼女のお腹の膨らみ具合を見てギリギリまでは登校させてもよいと許可はしてくれたと伝えたが、校内に関わる人たちの目が気になるから早いうちに退学させた方がよいのではないかという意見も出た。

私は彼女を尊重させたいと思い、翌年の三月まで登校させることを賛同してほしいと訴えた。

保護者たちはあまり納得のいくような表情をしていなかったが、その中の一人は次のように述べてきた。


「私はお二人を見守りたいです。」

「何故です?」


「望月さんのご両親もおっしゃっているように、周囲の見守りがないと他の生徒たちの気持ちも悲しませてしまうと思うんです。直接的に関りを持たなくとも、これから生まれてくる新しい命を粗末にしたくはありません。私達だってそのように子どもを育ててきている身です。皆さんも育児の大変さはお分かりですよね?だから、先生。あなたも一人でその重圧を抱えなくてもいいんです。もしわからないことがあれば、私があなたの先輩になりますから色々頼ってきてもいいですよ」


教室内の騒音が一気に静まり返った。その言葉に私も胸が救われたような気にもなった。そうしている内に他の保護者からも数名が同意見でいると挙手をしてきて、私と望月が福江にいる間まではきちんと責任をもって生活していてほしいと話してくれた。


さらに翌週の月曜日。ホームルームの時間を使い生徒たちに保護者会議で話したことを改めて伝え、望月と一緒になることを報告するとほとんどの生徒が賛同してくれた。彼らは当初起きた出来事が受け入れられず登校するのも嫌になった事を話し、どうすれば私と望月を受け入れればいいか悩んでいたという。

また別の生徒は、生徒と教師が性的関係を持ったことについて不謹慎だと感じたが、保護者会議に出席した自分の両親から改めて話を聞いて、育児の大事さを経験していく望月の身に自分がなったなら同じような気持ちを抱えて生きていくのだろうと考えたので、私達を見守ってあげたいと話す者もいた。


正直に話す彼らの意見に耳を立てながら聞いているうちに私は涙ぐんで、辛い思いをさせて申し訳なかったと述べると、あまり自分を責めないでくれと励ましてくれた。教師という立場が逆転したような気にも思えた。私も知らないうちに彼らに支えられていたのだという教訓を身体に刻まれた。


数日後の土曜日、私の自宅に望月を招待した。彼女が部屋に上がるとテーブルの上に荷物が載せたままだから片付けると呆れながら言い、一緒になって散らかった不要なものやゴミを仕分けして処分した。

整頓が終わると望月はソファに腰を掛けて持ってきた手荷物の中から白い箱を取り出した。何が入っているか問うと開けてみてと言ってきたので側面の切り口を開いてみると、中に一ホールのフルーツタルトが入っていた。


「三日早いけど、先生誕生日だよね。」

「わざわざ買ってきてくれたのか?」

「うん。親がね二人で祝って食べなさいって。」

「後で連絡しておかないといけないな」

「いいよ。こんなたっぷりの果物の入ったタルトが食べれるなんて滅多にないんだから、全部食べちゃおうよ」

「太るぞ?」

「私はまだまだ若いからあっという間に胃に吸収されるよ。取り皿とナイフ、あとフォークも取ってくるね」

「ああいいよ。座っていて。俺がやる」

「ふふっ」

「どうした?」

「やっと答えた、俺って。初めて聞いた」

「そうだな」


持ち出したナイフをテーブルに置き彼女がタルトを切り分け、皿に盛り手渡しをしてくれた。

続けて私は台所に立ち、身体を冷やさないようにとコンロで沸かした湯をティーパックの入ったマグカップに注いで紅茶を差し出した。

カップをすり合わせて乾杯し、早速タルトを口に含むと、隣にいる彼女が大きく口を開けて頬張っている。それを見て思わず吹き出しそうになり彼女から笑わないでくれと口をはさんできた。


窓の隙間風が肌寒く感じたので隣の寝室から電気ストーブを出してテーブルの前に置いてスイッチを押し、しばらくすると足元が温まってくるのを感じていた。二人で居ると身体の芯も温まるはずなのに、なぜだか空間に匂わせる劣等感がよぎり小さく溜め息をこぼした。

私は薄手の毛布を彼女の身体にかけてあげ、自分も凍えた身体を丸めて紅茶をすすっているとその姿に彼女がある言葉を発した。


「不幸の沙汰も天からの授かりもの」

「え?」

「先生、浮かない顔をするときそんな風な雰囲気を漂わせている」

「そうかな……というか、そんなことわざあるのか?」

「私が作った。……これからは私がそれを払拭していってあげるよ」

「望月は……強いな」

「私が?」

「俺は自分には繁殖能力がないってずっと責めてきたんだ」

「そんなに子どもがほしいって奥さんに言われてきたの?」

「ああ。福江の前に札幌の高校にいたときに結婚してね。いつか互いの間に授かったらいいなって考えていた。でも、その最中に副担任だったクラスの生徒がいじめに遭って結果的に不登校になった。直接家に行って様子を見に行ったが、誰にも会いたくないからもう来ないでくれって言われて……」

「何もしてあげられないから、その時から自分を責めるように?」

「うん。生徒や周りの人達に何ができるのか考え込んでしまってね。その気持ちを引きずったまま異動になった」

「でも先生はいつも一所懸命に今のクラスの皆んなの事を考えてくれているよ。」

「……そういうふうに取り繕っているだけだ。自分に自信がなくて悲観的になりそうになる時に愛想をつかせているんだ。誰にも愚かな自分を気づかれたくないからな……」

「そこまで追い込んでも、何にもならないよ」

「え?」

「たくさん努力して頑張っている人を悲観になんか見たくない」

「そうか……?」

「繁殖能力がないってそれだけの為に責めないで。もっともっとやれる事たくさんあるよ」

「望月……」

「私が男にしてあげる。今の先生……あなたが全てじゃない。これから本当の自分を探すんだよ。先生はどうして長く生きたいって思ってる?」

「そうだな。まだ本来の自分を知らないのかもな。できれば一生のうちに君と……この子と一緒に色んな所に行きたいな。連れて行ったらきっと喜んでくれそうだ。一緒にいれば色々あるけど、楽しくもあるよう過ごしていければいいな」

「私もこの子を産んでしばらくして落ち着いたら車の免許を取りたい。皆んなでドライブ行きたいし」

「こうして単純に物事を考えていればいいのにな……。教員しか取り柄がないし……」

「ちゃんと父親になれば変わるよ。怖がっているのは今だけ。皆んないるから大丈夫だよ」

「……そうだな。怯える事もないんだよな。色々蔑さげすんだ事言って悪かった」

「気にしないでください……ね?笑顔だよ、笑顔。悲しくなったら笑えって先生皆んなに言ってるでしょ?」

「そうだな……ああ、そういえば、あまり名前で呼んでいなかったな」

「お互いの名前?」

「ああ。今から紗奈って呼んでもいいか?」

「いいよ。私は……どうしよう、真弘さんなんていうと新婚みたいな感じになるよね。先生じゃ駄目かな?」

「俺も名前が良い。」

「マサでいい?」

「いいよ」

「ふっ。呼び名がおやじっぽい。」

「おやじって……ここにいる時だけでいい。外では先生と呼びなさい」

「あ、雪だ。雪が降っている」


望月改め、紗奈は窓辺に行きレースのカーテンの片側を開けて外に降る雪を眺めてはその横顔を私は見つめていた。彼女の背後に回りそっと身体を抱きしめると振り向いて微笑んでいた。


「早く、赤ちゃんに会いたい」


紗奈は以前よりも増して強い母性の表情をしていきている。久しぶりに抱く彼女の身体は温かく甘い果実の様なほのかな匂いがする。

顔の鼻先同士をくっつけると彼女も優しくほがららかな表情を浮かべている。

蝶々は翅を広げ私の身体を包み込み、あどけなさを垣間見せては笑う。いつもより長くお互いの唇を重ねては時折見せる大きな瞳を細めて忘我の境に入り私の肩に寄りかかっていた。

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