第411話 雨降って地固まる?

「そうか、ここで話すのか」


黎人はスーツに身を包んでホテルを見上げる。


このホテルの最上階にあるレストランが雲雀が指定した場所だ。


そこは黎人が以前香織にプロポーズをしようとした場所。


『ここ一番の時は自分が知る中で1番いい店を選ぶんだ』


昔雲雀に言われた言葉。だからあの時にこのレストランを選んだ。


「つまり今回はここ一番だってことか……」


そう言って踏み出した黎人の歩幅は、いつもより半歩短かった。


◆◇


レストランはあの時と違って人々が静かに、しかし楽しそうに食事をしている。


ウェイターに導かれながら、静かなピアノの伴奏の中を前回と同じ、夜景が1番綺麗に見える窓際の席へと歩く。


黎人が席についてしばらくすると、真紅のドレスに身を包んだ火蓮がやってきた。


「お待たせしました、師匠」


ウェイターに椅子を引いてもらって、黎人の向かいの席に腰を下ろす。


「よく似合ってる」


黎人の言葉に、火蓮は目尻を柔らかく下げた。


「マリアさんが選んでくれたんです。私はこんな素敵なところ、来たことありませんから」


初めは2人とも、話す言葉がどこかぎこちなかった。

しかし前菜から順番に食事が運ばれてきて、食事をしながら話をしていると、いつもの家と同じ雰囲気で会話が弾んだ。


タイミングを見計らって、黎人は口を湿らせてゆっくりとグラスを置いた。


「今朝はすまなかった。急に、あんな事を言って」


「ホントですよ、私、凄くショックだったんですから」


これまでの会話のおかげか、火蓮は軽い感じで頬を膨らませる。


「みんなにすごい怒られたよ。早とちりで突き放すなんてお前らしくないって」


「ほんとですよ、私は彼氏なんてできたことないんですから」


黎人の言葉に、火蓮はそう自嘲して苦笑しながら肩を上げる。


そこで言葉は途切れ、ピアノの伴奏や周りの席からの会話、カラトリーと食器が触れ合う小さな音が聞こえてくる。


火蓮はすっと背筋を伸ばすと、目の奥の光が少しだけ強くなった。


「師匠、私……ずっと一緒に居たいです」


その言葉に、黎人の瞳が僅かに揺れた。


「私は今の生活が好きなんです。師匠やアンナちゃん、それに紫音との毎日が。朝ごはんを作って、アンナちゃんを学校に送りだして、家事をして、師匠とゆっくりお茶をしたり、みんなで笑っているそんな毎日が」


少し間が空いて、黎人が口を開きかけた時、火蓮は再び口早に言葉を繋ぐ。


「譜さんやマリアさん達は結婚の話とかしてましたけど私はよく分かりません。紙一枚の契約なんて、私にはそんなに大事じゃないんです」


「紙一枚の契約か……」


黎人は思わず繰り返した。それに対して火蓮は「はい」と相槌を打つ。


「はい。紙一枚の契約は最初の頃に交わしましたし、それは全部返し終えたでしょう?」


「それは、全く別物だろうよ」


おどけて見せる火蓮の言葉に、黎人は思わず苦笑する。


「私の幸せは師匠の隣で、アンナちゃんの成長を見守りながら、やりたい事をやる。そんな毎日がいい」


「それは、今までと何も変わらないな」


「はい。だからずっと——ずっと続いて欲しいんです。師匠はどうですか?」


曲と曲の間なのか、今まで流れていたピアノの音が消えた。


黎人をじっと見つめる火蓮の瞳を黎人も見つめ返して、ゆっくりと息を吸う。


「俺も、そんな時間が続いて欲しい」


黎人は、今日この場所に来て良かったと思った。


この場所は、一度、大切だと思った人を失った場所、手放した場所。


その時の記憶トラウマが、自分の中にあるのだと気づいた。


火蓮大切な人を失いたくない。失うくらいならば自分から。


そんな、人間らしい気持ちが自分にあったのだと気づいた。


「火蓮、これからも、一緒に居てくれるか?」


それは、火蓮を繋ぎ止めるための言葉。飛鳥夕陽の模倣ではない、春風黎人としての言葉。


「はい!」


火蓮の返事は迷いなく、弾むように。今日1番のまっすぐな笑顔であった。


◆◇


レストランでの食事を終えた後、家へと帰る前に火蓮は化粧直しのために席を立った。


化粧室の鏡の前で、ルージュを握りしめながら鏡に映る自分の顔をじっと見つめる。


「この意気地なし……」


師匠は鈍感大魔王だ。今日の火蓮の誤魔化した部分など知る由もなく、そのまんま受け取っているだろう。


「でも、一緒に居てくれ。は進展だよね?」


先ほどの言葉を思い出して、鏡の中の自分の口角が上がる。


「ふふ」


ルージュをひきなおし、おかしな所はないかチェックして外へと出る。


「お待たせしました、師匠!」


火蓮は少し勇気を出して、黎人の腕を絡ませる。

18歳の頃、黎人と出会った頃には何気なしにやっていたのに、いつの間にか恥ずかしくてできなかった事。


「どうしたんだ、いきなり」


「なんでもないです! ほら、帰りましょう、私達の家へ」


黎人は苦笑しながらもそれ以上なにか言う事はなく、2人は腕を組んだままエレベーターに乗り込んだのであった。


◇◆


あとがき


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