48:和気藹々

「ユリウスとラザフォード嬢の婚約が決まった」


 屋敷にいる使用人たちを全員集め、バートラムがそう言ったのはわずか二日後のことだった。


 ジオの予想は大当たりだったわけである。


 伯爵邸が盛大な祝賀気分に包まれる中、ルーシェたちはリュオンとセラにお祝いの気持ちを込めてユリウスに手料理を振る舞おうと提案した。


 二人が快諾したため、ルーシェは五年ぶりに張り切って包丁を握った。


 トン。トン。トン――


 伯爵邸の別館、厨房にて。

 左手を丸めてニンジンを押さえ、手を切らないよう慎重に包丁を動かしていると、なんとも微妙な空気が流れた。


 それもそのはず、ついさきほどまで包丁を握っていたセラは華麗な包丁さばきで皆を感嘆させたのだ。


 ジオは「すげえ。セラは良い嫁になるな」とセラを褒め、「だろ?」と何故かリュオンが誇らしげに答え、セラは照れていた。


「……なあルーシェ。ちょっと代わって」


 あまりの遅さに見ていられなくなったらしく、ジオが手を差し出してきた。


「な、何ようっ。セラに比べたら速度は遅いかもしれないけど、ちゃんと切れてるでしょっ!?」

「いや、まあそうなんだけど、日が暮れそうだし……なんか見てて危なっかしいし……いいから貸せ」


「あっ」

 ジオはルーシェの手から包丁を取り上げ、半ば強引に場所を交代した。

 そして、事もなげに千切りを始める。


 スタタタタ――


(早ッ!?)

 ルーシェは他の皆と同じく目を剥いた。

 ルーシェが食材を切る速度を仮に亀と例えるならば、ジオのそれは鳥だった。


「どうよ?」

 あっという間に千切りを終わらせたジオは自慢げに胸を張った。


 千切りにされたニンジンは完璧に大きさが揃っている。

 対してルーシェが切ったニンジンは大きさにばらつきがあった。


「うぐ……」

 悔しいが、圧倒的な力量差を見せつけられては何も言えない。


「凄いわ!」

 セラは目を輝かせて無邪気に拍手し、

「ジオも良い嫁になれそうだな……」

 リュオンはすっかり感心した様子。


「大丈夫大丈夫。家事がてんでダメでもオレが全部やるから。何ならオレがドレス着て嫁ごうか?」

 ジオは満面の笑みでルーシェの肩を叩いた。


「ぶふっ」

 純白のドレスを着たジオを想像したらしく、セラが吹き出した。


「やだ、ごめんなさ……ふ、ふふふふ」

 笑いの衝動を堪えきれないらしく、セラはうずくまった。

 リュオンも顔を背けて肩を震わせている。


「ちゃ、ちゃんと家事出来るもん、空白期間ブランクがあるから思い出すのに時間がかかってるだけだもん、ジオのバカっ!!」

 ルーシェは涙目になって喚いた。


「いや無理しなくていいって。孤児院にいたときもオレのほうが遥かに家事スキル高かったじゃん」

「あのねえ、わたしは至って普通なの!! 何でもできるあんたがおかしいの!! 言っとくけど天才のあんたについていけるのはノエルくらいなものよ!?」

「そんな、天才だなんて……その通りだけど」

「謙遜しないのッ!?」

「いやだって天才だし?」

「何なのあんた、自己肯定感の化け物か!?」

「当たり前だろ、自分を否定してどーするよ。人生楽しまなきゃ損だぜ?」

「羨ましいッ!! あんた絶対悩みないでしょ!? 見習いたいわその鋼の精神力ッ!!」

「え、悩みがあるのか? 言ってみろよ」

「……。特にないけど」

「ないんじゃねーか!! 心配して損したわ!!」

「いやあるはずなのよ、生きてて何にも悩みがないなんて脳内に花畑でも咲いてるみたいじゃないの! わたしはそんなノーテンキ人間じゃないわ、待って、いま思い出すから!!」

「思い出す努力が必要な時点でそもそも本気の悩みじゃねーよ!!」

「えーと……んーと……あっ、そうだ!! ネクターの料理が美味しすぎるから、最近ちょっと体重が増えて困ってる!!」

「しょーもねー!!」

「しょーもないとは何よ、乙女にとっては一大事――」


「……ジオはルーシェと話してると表情が生き生きするよな」

「ルーシェもジオの話をするときは本当に楽しそうよ。ルーシェがジオに恋をしているのは一目瞭然だったのだけれど、自覚してくれて良かったわ」


 料理そっちのけで騒ぐ二人を見て、リュオンとセラは笑い合った。

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