19:気になる

 ラスファルの領主バートラムはエンドリーネ伯爵家の私設軍隊、ラスファル軍の総司令官だ。


 兵士志願者の入隊の可否の最終決定権は彼にあるため、彼に認められれば入隊試験は免除となる。


 ノエルと互角の勝負をしたジオはその実力を高く評価され、一足飛びでユリウスの近衛騎士に抜擢された。


 濃紺の軍服に着替え、その腰に剣を佩いたジオは昼食を摂った後、ユリウスと共に伯爵家の馬車に乗ってエスロの街へと向かった。


 エスロの街はロドリー王国でも有数の景勝地で、そこにはラザフォード侯爵の別荘がある。

 今日ユリウスはラザフォード侯爵の別邸で令嬢エマとお茶会をする予定だった。


「ユーリ様、大丈夫かしら……」

 小雨が降って来たため洗濯物を取り込んだセラがサロンにやってきて、窓の外を見ながら呟くように言った。


 今年の春、結婚式当日に花嫁に逃げられたユリウスは女性不信となり、同時に女性恐怖症にもなった。


 セラのおかげでかなり克服できたらしいが、それでも完全とは言えない。


 ルーシェはおとついの夜、厨房で水を飲んでいた彼を見つけて挨拶した。

 すると彼は驚いて悲鳴を上げ、転んで調理台に頭をぶつけた。


 頭を押さえて悶絶する彼にルーシェは平謝りしたのだった。


「大丈夫だろう。お茶会といっても今日は簡単な挨拶程度に留めるだろうし、ユーリの具合が悪そうだったらジオが強制的に中断させるはずだ。今朝のメグとのやり取りを見ただろう。あいつは驚くほど人を良く見てる。剣の腕はもちろん、人格的にも信頼して良いと思う」

 リュオンはセラの肩を叩いた。


「……そうね。信じましょう」

 セラは目を伏せた後で、ふと微笑んでルーシェを見た。


「ルーシェ、良かったわね。ジオがユーリ様の近衛騎士になって。もし一般兵となっていたら、ジオは寮生活をすることになっていたもの。これで離れ離れにならなくて済んだわね」

「べっ、別にわたしは離れ離れになっても全然問題なかったわよ!?」

 頬を赤くし、上擦る声で言う。


「あら。これからもジオと一緒に暮らせるとわかったとき、私にはルーシェがすごく嬉しそうに見えたけれど?」

 セラはくすくす笑う。


「嬉しそうな顔なんてしてないし!! 全然ちっともしてないし!!」

「いや、おれも嬉しそうだと思ったけど」

「わかりやすいわよね。ルーシェもジオも――」

「止めて! 違うから!! 本当にあいつとわたしはなんでもないからっ!!」





 辺りが真っ暗に染まった雨の夜。

 そろそろ夕食、という時刻にユリウスとジオは帰ってきた。


「お帰りなさい、兄さん。お茶会はどうだった?」

 玄関ホールで出迎えた面々のうち、真っ先に尋ねたのはノエルだ。


「ああ。ラザフォード侯爵と夫人にご挨拶もできたし、実りのある良いお茶会だったぞ。着替えてくる」

 首にクラヴァットを締めているユリウスは自分の部屋へ向かった。


「……。それだけ?」

 兄の感想に物足りなさを感じたらしく、ノエルはジオを見た。


「ねえジオ、遠目から見ていてどうだった? 兄さんとラザフォード嬢が恋愛に発展するような兆しはなかったの?」


「いや、そんな兆しは全くなさそうだったぞ。エマは終始顔を赤くして恥ずかしそうにしてたけど、ユリウスは鉄壁の笑顔だったな。そつなく愛想を振りまいて、適度に話題を振って、『私はいま伯爵家嫡男として人脈作りに励んでます』って感じがありありと……なんつーか、見てて恋心が丸わかりな分、エマが可哀想だったわ……まあ、それでもエマは幸せそうだったけどな。最後にまたお会いしましょうってユリウスが笑顔で挨拶したとき、背後に花が咲いてたし」

「うーん。そうか……でも、初回ならそんなものかな……」

 難しい顔で唸り、ノエルは顎に手を当てた。


「……ノエルは二人に結婚してほしいのか?」

 ジオが尋ねると、ノエルは銀色の髪を揺らして首を振った。


「いや、特別ラザフォード嬢にこだわってるわけじゃないよ。相応の身分があって、兄さんを心から愛し、幸せにしてくれる女性ならそれでいいんだ。ラザフォード嬢が駄目なら他の貴族女性を探せばいいと思ってる」


「……私はエマ様と結ばれて欲しいと思っていますけども……」

 小さな声でセラが言った。恋の対象は違えど、同じく恋する女性としてはエマに肩入れせずにはいられないらしい。


 皆で相談した結果、ユリウス本人にエマをどう思っているのか聞いてみることになった。

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