38:ずっと前から好きでした

 真夜中を告げる鐘がラスファルの街に鳴り響く頃。


「なあルーシェ、ちょっと来て」


 ユリウスを交えてサロンで楽しくお喋りしていたルーシェは、誘われるままジオと共に外に出た。


 空にはいくつか星が瞬いていて、風に秋の花が揺れている。


 ジオは魚が泳ぐ池の傍にあるベンチに座った。

 彼の隣に座り、用件は何? と視線で促す。


「やるよ。《魔女の墓場》で見つけたんだ」


 ジオはズボンのポケットから親指の先ほどの大きさの石を取り出してルーシェに渡した。


 それは青く神秘的な光を放つ石だった。

 不思議なことに、内側からぼんやりと青白く発光している。


「綺麗……」

 ルーシェは得も言われぬほど美しい光を放つ石に目を奪われた。

 外灯に照らしてみたり、角度を変えてみたりして、しげしげと眺める。


「その石を見つけた洞窟にはまだ他にも色んな石があったんだよ。赤い光を放つやつとか、黄色い光を放つやつとかさ。時間があれば厳選できたんだけど、そんな暇なかったから、パッと見て一番目を引いたやつを取ってきた」


「ううん、これがいいわ。他にどんな石があったとしても、わたしはこれがいい。だって、ジオがわたしのために取ってきてくれたんだもん。これ以上の石なんてあるわけない。ありがとう」

 石を両手で持って微笑むと、ジオは満足げに笑った。


「気に入ったんなら良かった。お前、セラの腕輪を見て羨ましそうな顔してたからさ」


 言い当てられてドキッとした。

 ジオは本当に人のことを良く見ている。


「さすがにミスリルの腕輪を買うほどの金はねーからな。それで勘弁して」


(……違うよ、ジオ。わたしが羨ましかったのは腕輪そのものじゃなくて、お揃いの腕輪をつけたいって思う人が――つけてくれる人がいることなんだよ)


 軽く頭を傾けて月を見上げているジオを見て、心の内でそう唱える。


「お前さ。オレがなんでエルダークの軍に入ったのか知ってる?」


 夜風に緋色の髪を靡かせながら、落ち着いた声でジオが尋ねてきた。


「……人より飛び抜けて戦闘能力に優れていて、衣食住が保障されてるから?」

「まあそれもあるけど。一番の理由はお前だよ」

 庭園の外灯に照らされたジオの横顔は凪いでいた。


「公爵の養女になってすぐ、お前が王子と婚約したって聞いたから。国軍に入って近衛騎士まで上り詰めて、王宮でお前と、将来生まれるであろうお前の子どもを守ろうって思ったんだよ」


「…………え?」

 思いもよらない言葉。ルーシェの頭は真っ白になった。


(わたしの、ため?)


「つっても、結局、オレは平民だから近衛にはなれなかったけどな。入隊早々、春に行われたトーナメント方式の御前試合で、大貴族だからって偉そうに威張り散らす騎士団長を気絶させたのも原因かもしれねーけど」


「いや、近衛になれなかった原因は間違いなくそれだわ。貴族が徒党を組んで出世を阻んだんでしょうね。ジオは理不尽が許せない人だもん。平民差別とか、弱い者虐めを目撃する度に上の人たちと喧嘩してきたんでしょ? そりゃあ嫌われるわよ」


 ルーシェはくすくす笑った。


「見てきたようなことを言うな……まー、その通りなんだけど」

 ジオは人差し指で右頬を掻いた。

 彼が掻いた個所の斜め上には引っ掻いたような三本の傷痕が走っている。


「ねえ、どうしてわたしを守ろうって思ってくれたの?」


 愛おしさがこみあげて、ルーシェは頭を下げ、横から彼の顔を覗き込んだ。


「……言わせる?」

 ジオは顔をしかめた。


「うん。言って欲しい」

 ジオの手をそっと握り、太陽の光にも似た彼の金色の瞳を見つめる。


「……。お前のことが好きだからだよ」

 ルーシェの手を握り返しつつも、ぷいっとジオは顔を背けた。恥ずかしかったらしい。


「いつから?」

 ルーシェはさらに身を乗り出して彼の表情を確かめようとした。


(ダメだ。嬉しすぎて、どうしても笑ってしまう)


「もう昔過ぎて覚えてねーよ。お前と会ったのって九年前だっけ? だったら九年前だろ」

「……そんなに前から好きでいてくれたの?」

 さすがにこれは予想外だった。


「ああ、そうだよ。なのにお前ときたら、全っ然気づかねーし。好きでもない女に花や果物を差し入れるか? 一緒に国を出ようと提案するか? 旅費を全額負担してやるか? オレはどんだけお人好しなんだよ?」


「……相当不満が溜まってたのね……」

 畳み掛けられるように言われたことで、彼の不満がよくわかった。


「当たり前だろ。ここに来るまでの道中だって、オレの前で無防備にぐーすか寝やがって。もう何回襲ってやろうかと思ったことか――」


「はあっ!?」

 ルーシェは素っ頓狂な声を上げ、思いっきり身を引いた。


「あのさ。オレも男なんだけど? 好きな女が近くで寝てたら襲いたいと思うのはごくフツーのことだと思うんですけど?」


「……い、以後気を付けます……」

 赤面したまま頭を下げる。


「ああ。オレ以外の男の前で寝るなよ? 絶対寝るなよ?」

「はい、もちろんです……というか、それは言われるまでもなく当たり前のことなんだけど。ジオだから特別だったんだけど……わたしだって、いくらなんでも、ジオ以外の人の前で寝たりしないわよ」

 どうも誤解されているようなので、ルーシェはそう言った。


「特別っていうのはどういう意味?」

 ジオが楽しそうな目でこちらを見た。

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