17:自重を知らない少年
「気に入らない人間を指先一つで潰すことができても。魔法一つで国を滅ぼすことができても。お前はやらねーよ。それでも仮に、もしお前がそれを実行するとしたら、必要に駆られて、それ以外にどうしようもなくなったときだけだ」
パンを齧りながら、妙に確信をもった口調で、飄々とジオが言う。
「大体さ。ちょっとムカついたからって平気で人間を虫にするような奴だったら、お前の周りは今頃虫だらけだろ。オレは虫嫌いなんだけど、お前は虫好きなの?」
「…………ふん。あたしだって虫は嫌いよ。大方の人間が嫌うからこそ、虫に変えてやろうかって言ってんじゃないの。何よ、したり顔で偉そうに語っちゃってさ。何も知らないくせに、わかったような口利くんじゃないわよ。若造が」
メグは不貞腐れたような、不機嫌そうな顔でパンを齧り始めた。
彼女が発していた殺気が消えたことで、ふっと場の空気が緩む。
ルーシェはいつの間にか止めていた息を吐き出した。
やり取りを見ていた他の皆も一様に安堵したような顔をしている。特にセラはそれが顕著だった。
「若造って、お前、実年齢何歳なの? リュオンのことを何回か『この子』呼ばわりするし、実は何十年も生きてる老婆だったり――」
「黙れ。本当に虫になりたいか小僧」
メグの瞳が殺人的な光を放った。
「怖っ! おま、いまのはマジだっただろ!? こいつやっぱ若いのは見た目だけで――」
「止めなさい」
ルーシェはジオのわき腹に手刀を入れて黙らせた。
「ごめんなさい、自重を知らない人で。後で厳しく叱っておくから、どうか許してあげて」
彼の代わりに頭を下げる。
「……次に年齢のことを言ったら容赦しないから。カタバネゴミ虫になったジオを見たくないないなら、ちゃんと言い聞かせておいたほうがいいわよ」
カタバネゴミ虫とは、不衛生な厨房によく出没する気持ち悪い虫。
孤児院の厨房では見かける度に悲鳴を上げたものだが、この屋敷内でカタバネゴミ虫の姿は見たことがない。
厨房の番人たる料理人のネクターがしっかり衛生管理してくれているおかげだ。
「うん、約束する。だから、話を戻すね?」
ルーシェはこの話題を終わらせるべく、早口で言葉を紡いだ。
「さっきメグはジオの就職先のことを聞いてたでしょ? 実はね、ジオは来週行われる入隊試験を受ける予定なの。無事に受かることができれば、彼はこれからラスファルの兵士として働くことになるわ」
「そうなの?」
と、声を上げたのはノエル。
この五日の間に知ったことだが、彼はロドリー王国の姫に仕える近衛隊長だそうだ。
ドロシーの手によりユリウスが猫になってしまったことで、ノエルはユリウスの代行を務めるために一時的にラスファルへと戻っていた。
しかし、ユリウスの魔法が解けたため、彼はあと一週間もすれば王都に戻り、再び近衛隊長として働くことになっている。
兵士という単語に誰より早く反応したのは彼自身が軍人だからだろう。
「うん。ジオはエルダークの国軍に所属していたの。平民だから下っ端兵士にしかなれなかったけど、もし彼が貴族だったら将軍にだってなれたかもしれない。それくらい彼は強いのよ。旅の道中でわたしがならず者に囲まれそうになったときも、秒で三人を地面に這わせたんだから!」
「なんでお前がドヤ顔で胸を張るんだ?」
ジオが横からツッコんできたが無視。
「へえ、秒で三人か……結構やるね」
顎に手を当ててノエルが呟く。
「そうよ、ジオは超強いの! 剣の腕なら誰にも負けないんだから!」
ルーシェは胸を張ったままジオの肩を叩いた。
「それはさすがに言い過ぎだと思うが……」
と言いつつも、ジオはまんざらもでもなそうな顔をしている。
「ふふ、興味深いね。ねえジオ、朝食が終わったらぼくと手合わせしない? 君の実力が知りたいんだ。もちろん、真剣は使わないよ。お互い大怪我をしないように練習用の木剣を使おう」
「いや、止めたほうが――」
「いいぜ。やろう」
ユリウスの制止の声を聞かず、ジオはあっさり頷いた。
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