さすがアメリカの逮捕事件

 渡米したカレンだが、当初予定していた量子工学の講義への聴講は叶わなかった。


「まさか講師が麻薬で逮捕されちゃうなんてね……」


 現地に着いて世話役のミスター禅の郊外の自宅に案内されるなり、「カレン、どうか落ち着いて聞いて欲しい」と言われてカレンはものすごく焦った。

 いったい何が起こったのかと思ったら、参加予定だったカリフォルニア大学の講義の講師が麻薬の不法使用で逮捕されて、彼の講義を引き継いだ大学の教授は外部からの聴講を許可しなかったのだ。

 結果、カレンはアメリカに来た目的を失ってしまった。


「でもカリフォルニア州は大麻は合法になったんじゃなかったですっけ?」


 渡米前にカリフォルニア州の情報を集めたポータルサイトにはそのような記事があった。

 アメリカには医療用、娯楽用それぞれの目的での大麻利用が合法化されてきていて、カリフォルニア州は娯楽目的での大麻の使用と所持が認められている。


「それがね、うっかり違法の他州に持ち込んで現地のパーティーで使っちゃったみたいなんだよネ」


 そのパーティーに、現地の警察署のお偉いさんが参加していたのが運の尽きだ。

 あっさり拘束され、通報されて現在は現地で拘留されているらしい。

 大学のような教育機関は教員や職員の犯罪には過敏で厳しいから、即日解雇されたそうだ。


 というのが何とカレンが到着する2日前の出来事だそうで。

 講師の友人のミスター禅は坊主刈りの頭を押さえていたが、さすがにカレンも頭が痛くなった。


「カリフォルニア大学には大麻学もあるのに。よりによって違法の州で問題を起こすんだから困ったもんデス」




「もう住むところも語学学校も手配済みなのに、どうしましょ」

「カレン、それなんだけど」


 そもそも今回の渡米で予定していたカリフォルニア大学での聴講は、大学の単位にもならない。

 同じように単位取得不可だが、外部の一般人でも参加できるオープン講座は数多く開催されているとミスター禅がタブレット端末を持ってきて講座一覧を見せてくれた。


「今後のキャリアに活かせる講座をピックアップして、当初の滞在期間を消化したらどうかナ」

「そうですね……もう語学学校のキャンセルもできないし」


 オープン講座は週末以外はほとんど夜の開講になっている。社会人が働きながら通うためだろう。

 カレンは昼は語学学校、夜は元々強い興味のあった量子論の講座やビジネス講座に参加し、残りの時間は観光や現地での人脈作りに使うことにした。




 状況を日本の恋人セイジに簡単にまとめてメッセージを送ると、さすがの彼も呆れていた。


『カレン。そんな状況なら帰ってきたほうがいいんじゃないか?』

「住むところはあるし、ミスター禅の伝手で現地の知り合いも増やせそうなの。とりあえず語学学校の中級プログラムが終わる3ヶ月間だけ頑張ってみるわ」


 何なら大学の講座参加は諦めて、語学学校で英会話を学ぶことに集中しても良いわけで。


「何なら迎えに行こうか? 週末と週明け一日ずつ有給取れば何とかなるし」


 東京から今カレンのいるロサンゼルスまでは半日以上かかる上に時差がある。


「ううん、さすがにそこまでしてもらえないわ。しばらく会えないけど、ちゃんと3ヶ月で帰るから」


 後から思えば、このとき支払い済みの語学学校の費用数千ドルを捨ててでも、早々に帰国していれば良かったのだ。

 カレンはアメリカで、思いもしなかったトラブルに巻き込まれることになる。


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