第6話

「……エルラダから09−32まで、普通に行けば片道十時間のルートって知ってる!? あんた、五倍のスピードでぶっ飛ばしてきちゃったんだよ!」

ジュディスの操縦は、思い出すだけで血が凍りそう。だがジュディスに、恐れという概念はない。

『フン、帰りニユックリ行ケル方が良イダロウ。時間ハ有限ダ。行きハ少シ急グクライデハナイト』

ジュディスは胸を張って、指先でオービット2000号のキーをグルグル回しながら得意げだった。

「だからって二時間ノンストップで超光速飛行なんて、おかしいでしょ!」

短いスパンで超光速飛行を繰り返すと、コンピューターの計算が追いつかずに座標がずれ、小惑星群などに突っ込んでしまうような事故が起きる可能性が非常に高くなるのだ。そもそも、車体が保たずに宇宙の藻屑になってしまう危険だってある。車の免許を取るときに、嫌というほど言われた。博士が珍しく驚いたように、

「意外とチキンなんぢゃの。もっとエキセントリックな小娘かと思っとったわい」

と言ってきたので、歯茎が無くなりそうな勢いで歯軋りをした。

「……最低限の安全を求めるのが、チキン……チキンですって? もういい。絶対帰りは私が運転するから!」

「ナッ……ハンドルハワタシノ魂ダ! キーヲ返セ、野蛮ナ地球人メ!」

「ロボットが簡単に魂を持つな! 持ってたら大問題よ!」

ジュディスの肩を掴み、キーを奪おうとすると、ジュディスの方は私の頬を思いっきり機械の腕で押して抵抗した。絶対にキーを奪わなければならない。帰りまで命があるかわからない。 

 私とジュディスの小競り合いを、博士とマーフィー君が眺めている一方で、ボス達の方は目の前に浮かぶ目的地の惑星、09-32を前にして、息を呑んでいた。

「アレが、惑星09-32……。海はなくて、広大な荒地が殆どを占める星よね。それなのに信じられないほど、多様で豊かな生態系が存在するって。来るのは初めてだわ」

「バーガックスはその生態系の、頂点……。ああ、今からでも遅くないから引き返したい、バーバラに失敗を詫びたくても、命すら、帰りにはあるかわからないよ……」

ボスは相変わらず壊れたスピーカーから、今も消え入りそうな声を漏らしたが、ゼンはその真逆で、琥珀色の瞳に闘志を滾らせていた。

「なんで失敗する前提で話してるんすか。絶対成功させるっすよ!」

「うおおおお! 無個性なんて言わせないぞ、爪痕を残してやる!」

「お、おう、やる気十分っすね先輩……」

燃え上がるゼンを吹き飛ばす勢いの大声を出したグレイ先輩に驚いて、ゼンはすぐに冷静になっていた。

 オービット号が私たちを乗せて、大気圏内まで進んでいく。ようやく、ではなくあっという間の騒がしい旅路の果てに、私たちは惑星09-32に降り立った……。

 着陸して外に出ると、嗅いだことのない甘いような辛いような、変な匂いがした。オレンジ色の空と、赤みを帯びた土の荒野が、地平線を境にして二色の世界を作り上げ、延々と広がっている。そして、そこで生きているたくさんの原生生物。空も陸も、私たちを囲って圧倒するように、生命のドラマがずっとずっと、そこには息づいている。私たちは、依頼のことを忘れ、しばらく眼前に広がる大自然のショーに、黙って釘付けにさせられた。

「お、おい! 何見とれてるんだよみんな! 俺たちはバーガークイーンを見つけるんだろ?」

「バーガックスだってば。変な間違いかたしないでよ」

 ゼンが真っ先に我に返った。

 この惑星で過ごすのに、宇宙服はいらない。酸素濃度は標準環境基準よりも少しだけ濃く、重力は92パーセントと、ほんの少しだけ小さいらしい。バーガックスを探して荒野を歩いていると、ゼンがあちこちに生えている赤い植物に興味を示した。

「これ、なんだ?」

そう言いながらゼンが赤い植物に伸ばした手を、私は必死で払い除けた。こいつの一挙手一投足は全て見張っていないといけない気がする……。

「あああ触っちゃダメ! その赤いのは爆弾サボテン、触ったらあんた以外爆発して死んじゃうわよ!」

忌々しいロボット供も多分無傷だろうけど、と言いかけて口をつぐんだ。

「そ、そうなのか?」

「このサボテンはね、他の物体が発する電磁波に反応して、中に溜め込んでる可燃性のガスを発散させて爆発するの。しかも、その時一緒に固い種子が一緒に弾丸みたいな速さで散らばるから、すっごく危険なのよ!」

「おお……」

面白い。わざとらしくにたりと笑って、おどろおどろしくゼンに教えを説いてやることにした。

「ふふふふ。ここからが最悪よ……爆風に混じった種子は、巻き込まれた生物の体に刺さり、根を張るの。爆発に巻き込まれた時点で大体の生き物は助からないから、大人しく苗床になるしかないってわけ……死体がプランターになんの」

「ヒッ……や、ヤベェな……」

ガグーア人はこの程度の爆発では火傷すらしないであろうに、ゼンは顔を青くして子供の様に震え上がっていた。しかし同行者の私たちが危険な目に遭うのは間違いないので、自分のことのように気をつけてもらわないといけない。

「すご〜い。アンタ、この星に来るの本当に初めてなの?」

姐さんがサボテンの解説に顔をしかめながら、私のことを褒めてくれた。

「えへへ、実は生物に関連する学術書は、受験勉強がてらに言語がわかる範囲のものなら殆ど読んだ自信があります!」

答えながら、私は照れ笑いをした。

「生意気じゃが大した小娘じゃの。いずれ商売敵になるかもしれんな」

「博士の進出してる市場には参入したくないので、安心してください」

何故か好敵手として認められかけたが、とんでもない。仮に商売敵として認められた暁には、この老人はこの世から消すか、脳を覗いてアイデアを盗むとか、そういう蛮行をやりかねない。嫌いな言葉は“倫理観”と笑顔で言う博士が思い起こされ、震えた。

「やっぱ頭いいって、かっけえな!」

ゼンはいきなり屈託のない笑顔を向けてきた。調子が狂う。いつも通りバカでいてくれたらいいだけなのに。照れ隠しを悟られないよう、私は逸れた話の軌道を戻して、総括した。

「い、いきなり何? とにかく、あんたは感心してる場合じゃないの! これに懲りたら基本、こういう原生生物の多い惑星では、無闇に何かに触らないようにして。未知の細菌だっているかもしれないし……」

 ゼンに説教をしながら、私が先を急ごうとしたその時であった。

「なんなら地面に擬態している大型生物だって……」

なんだか、踏み出した一歩先の地面の感触が、明らかに違う気がする。気づいた時には、すでにみんな宙に浮いていた。真下には、私たちを一飲みにせんと待ち構える、大きな顎。間違いない。地面に擬態し、縄張りにきた獲物を襲う、罠のような平たい生き物。ギルヴァートだった。

「ぎゃああ!」

 まずい、このままではみんな食べられてしまう! ギルヴァートの口が近づいてくる。一気に沢山のご馳走にありつけるので、嬉しそうな唸り声をあげている。もちろん宙に舞った私たちは、身動きを取ることができず、ただ重力に従ってギルヴァートの口に入るのを待つばかり。 

——ゼンを除いては。

「やべっ」

空中に投げ出されたゼンは、咄嗟にその大きく猛々しい翼を広げて、体勢を立て直した。ガグーア人の力強い羽ばたきの起こす風は、嵐にも匹敵する。そんな言い伝えを、聞いたことがある。ゼンは、同じく空中に投げ出されたみんなを、容易く尻尾と両腕を使って捕まえた。腹立たしいことに、そのさらに向こうでジュディスが、足元に装備されていたであろうジェットエンジンで空を飛び、自分だけ安全圏に滞空しているのが見える。

 ゼンは私まで助けるには時間が足りなかったみたい。ゼン達との距離は重力に従って段々遠くなって、ギルヴァートの喉はそれに比例して近くなっていった。もう駄目だ。諦めて目を瞑ったその時であった。

「眠れ!」

グレイ先輩の声と共に、大きな怪音と青白い怪光が周囲を駆け抜ける。私を今に飲み込んでしまいそうだったギルヴァートの口がばたんと閉じて、気付けば私は、ギルヴァートの柔らかい体の上に尻もちをついていた。

「あ、あれ? 今、何が……」

「死ぬかと思ったぜ……みんな怪我はねぇか?」

ギルヴァートが何故倒れたのか分からないままあっけに取られる私をよそに、ゼンが着陸して皆を降ろしながら尋ねた。幸い、全員無傷で済んだようだ。

「フン。コノ程度デウロタエルノカ? 情ケナイナ。博士以外ノヲマエラ」

「あんた自分の身のことしか考えてなかったくせに!」

ジュディスが一足遅く優雅に地面に降り立ちながら、さりげなく私たちを小馬鹿にしてくるので、石を投げつけてやろうかと思った。

「ふぅ。危なかったな。怪我はないか?」

「ないです。助かりました。ありがとうございます」

ゼンの背中から降りるグレイ先輩は、背丈ほどもある大きな銃のような物を抱えていた。

「もしかして、さっきから背負ってたやつですか? 形が違いますけど……」

さっきから、グレイ先輩が大きな荷物を背負っていたのは、気になっていたのだ。

「そうそう、これはある人から俺が貰ったものでな。古代デグレジアの遺物を改造したものだそうだ。出力は弱めにしてあるから、コイツも半日気絶しているくらいで済むはずだぞ」

グレイ先輩はそう言いながら、倒れたまま動かないギルヴァートを撫でている。私の方は、先輩の言葉に思わず青ざめた。

「デグレジアの遺物!? それも改造したの使ってるなんて、バレたら本社に怒られるどころじゃ済まないんじゃないですか……?」

「まあ、バレなきゃいいだろ。宇宙は広いんだから、もっと物騒なモン持ち歩いてるやつもザラだし」

「先輩はもっと法律とか気にするタイプだと思ってました……」

「真面目すぎるとキャラが立たないだろ?」

「は、はあ……」

大きな黒い目を細くして、グレイ先輩はにこやかにそう言っていたが、私は呆れてそれを無視した。

「ロマンの星、デグレジア、一度行ってみたいとこじゃのう」

博士がグレイ先輩の背負っているデグレジアの遺物を撫でながら、しみじみと呟いている。ゼンは皆が何を話しているのか解っていない様子で、私に顔を赤らめながら耳打ちをしてきた。

「デ、デグ……って、なんだ?」

「ああ。小学校とかでちょっと扱うんだけど、ガグーアからは遠い星だから習わなかったのかも」

「どっかの星なのか?」

「そう。デグレジアは、ゼノ連盟の星域のはずれにある、遥か昔に文明が滅んでしまった星。原生生物も少数確認されてはいるものの、知的生命体はもう存在しないみたい。ゼノ連盟が発足するより遥か前に文明が興ったことは確かだけど、いつからいつまでその文明が繁栄していたのか、最先端の化学を用いても全く分からないの」

「な、なんでだ?」

「遺跡にあるものが、新しすぎるの。滅んだ都市の遺跡には誰も住んでいないのに、風化して崩れかかっていたりするどころか、ずっと新築さながらのピッカピカ。文明の主はもう何処にもいないのに、遺跡は寿命を迎えず、絶えず繁栄し続けているように見えるから、宇宙オカルト界隈では“都市の幽霊”とか呼ばれてる」

小学校の時、この星に畏れとロマンを感じたのを覚えている。今もデグレジアの街は、主人の帰りを待ち侘びているのだろう。ゼンは気味悪がって、唇を噛んでいた。

「な、なんか本当に怖いな……」

「デグレジアは建築以外でも優れた技術を持ってたみたい。デグレジアで発掘されたものは、“遺物”って俗語で呼ばれてるの。グレイ先輩が背負ってるライフルみたいな武器もそうらしいけど、現代の大宇宙時代の科学とは異なる理論で構成されていて、まだ何も原理が解っていないものがほとんど。デグレジアは、現在の文明より栄えていたとさえ言われているわ。マニアにはそのロマンがたまんないの! たまにオークションで遺物が競売にかけられれば、何十億のお金が動くんだから」

熱く語ってしまったが、ゼンが単純で助かった。すっかり、ロマンの虜になっている。

「すげぇな! 俺も先輩が持ってるやつ欲しいぞ」

「やらないぞ!」

ゼンに輝く視線を向けられている遺物を抱きしめて、グレイ先輩が威嚇していた。

「しっかし、そんなすごい星がなんで滅んじゃったのかしらねぇ」

姐さんが服についた埃を払いながらそう呟いている。

「その原因が誰にも分かっていないのが不思議ですよね。跡形もなく人だけが居なくなった街……って、話しすぎました! 私たちの今の仕事はバーガックスを捕獲することですよ。先を急がないと!」

「そうね。それにしても、こいつら、さっき食われかけたのに危機感無いわね……」

私がデグレジアの話を広げてしまったとはいえ、これ以上のんびりもしていられない。バーバラのファッションショーまでになんとか間に合わせないと。デグレジアの話題に興味の無さそうだったボスは水槽の中でうとうと眠たそうだし、ジュディスとマーフィーくんに至っては、持ってきたゲーム機を開いて遊び始めていた程であった。


「いた!」

甘辛い匂いの荒野をしばらく進むと、ついに私達はバーガックスの群れに遭遇することが出来た。原始の野生を体現したような風貌の彼らは、唸り声をどこまでも続く荒野に響かせている。

「アレがバーガックス……」

恐れ知らずのゼンでも、この星の食物連鎖の頂点を前にして、息を呑まずにはいられないみたい。まだ大分遠くにいるはずなのに、その存在感と迫力は凄まじい。蠢く群れは、さらに強く大きな一つの生き物のように見えた。

「はぁ、私はいつでも君たちの引き返したいという意志を歓迎するからね」

「群れを見つけたはいいけど、問題はどうやって捕まえるかよね。ざっと四十頭はいるっぽいけど」

狼狽えるボスをよそに、姐さんは目を凝らしている。最初は消極的だった姐さんだけれど、むしろ今は楽しそうにすら見える。ゼンの言葉のおかげだと思うと、少し悔しい。

「この距離からなら十分当てられるけど、どうする? いきなり刺激したらまずいか?」

グレイ先輩は当たり前のように、遺物を構えてバーガックスを撃つシミュレーションをしているらしかった。

「十分って、見通しが良いとはいえ、多分900メートル以上離れてますよ!?」

先輩の言葉が信じられず、聞き返してしまった。

「それくらいなら余裕だ。目と射撃には自信があるんだよ」 

「ああ! グレイ先輩、目が大きいですもんね」

「そういう話じゃないんだけどな……」

一人で納得してしまったが、先輩が望む納得とは違ったようだった。

「グレイはこう見えて狙った的は百発百中と評判のスナイパーぢゃからな。その相棒の遺物があれば、二キロ圏内の的は絶対に外さん。それ以外特筆事項ないけど」

「……アンタの特筆事項は歪んだ人格だけどな」

博士がグレイ先輩を上げて落とし、先輩の方はその喧嘩を安く買っていた……。

「実はさ、地味に仲悪いのよね〜。この二人」

姐さんが呆れたように呟いた。

「よく今まで共同生活してこれてますね……」

職場の人間関係よりも、バーガックスの群れに目を向けなければならない。

「なんか、様子がおかしくねぇか?」

目のいいゼンは、私たちの会話をよそにずっとバーガックスの群れを見張っていた。いつもこい

つは、変なところで真面目になる。私も双眼鏡を覗き込んでみると、なにやら群れが騒がしくなっているのが窺えた。

「ほんとだ。仲間割れ? してるみたいな……」

「喧嘩をしているようぢゃな。同種同士で」

双眼鏡でよく群れの様子を観察してみると、一頭のバーガックスを、バーガックスの群れが囲って攻撃をしているようだ。自然界で起こっている事とはいえ、大勢が単数をいたぶるのは見ていて気分がいいものではない。

「なんだよあれ! いじめみたいじゃねぇか」

眼前の光景をゼンは受け入れたくなさそうであった。バーガックス達は仲間であるはずのうちの一頭を蹴ったり体当たりをしたり、踏み付けにしている。

「バーガックスは基本群れで行動するんだけど……、その群れの個体数をずっと一定に保つ奇妙な生態があるの。子供が一頭生まれる度に、群れから一頭、追放される……」

私は図鑑の受け売りを淡々と口走ったが、言葉にしてみればなんと残酷な習性なのだろうか。目の前で、群れから追放されそうになって苦しんでいるバーガックスの姿が、あの日の記憶と重なって、身震いした。ゼンも何か、ああいう光景に見覚えがあるらしい。たまらず目を逸らしていた。

「なんだよそれ、自然が厳しいって言ったって……あんまりだろ!」

私は何度も読んだ宇宙生物大全のバーガックスの部分を、復唱することしか出来ない。

「群れからはぐれたバーガックスの殆どは、厳しい環境に耐えられずすぐ死んでしまうの。食物連鎖の頂点といっても、はぐれバーガックスはバーガックスの群れに勝てないから、餌の取り合いにも負けてしまう。それから、はぐれバーガックスはすごく凶暴になる……。生き残るために必死になるからなんじゃないかって考えられてるわ」

姐さんが、私の解説を聞いて悲しそうに呟いた。

「そんな生態だからこそ、同種間の競争が促されて、強い生物として進化してきたのね……」

ゼンの顔が険しくなった。どうしても、目の前で起こっていることが許せないらしい。

「胸糞悪い……どうにか出来ねぇのかよ」

「社会では弱いものいじめをしちゃならんが、自然の本質は弱い者いじめぢゃからな。それにワシらが文句を言うことは出来んからの。さて、そんなヤバい生き物をどうやって捕まえるとするかの」

博士は特に感情がこもっている様子も無かったが、今回の任務には意外と、乗り気みたい。楽しそうに見えた。今回の任務はバーガックスの観察ではなくて捕獲。あの危険生物をどうやって捕獲すれば良いのだろうか。みんなが少し黙っていると、またゼンが口を開いた。

「——あそこでいじめられてるバーガックスを捕まえるのはどうだ?」

皆は驚いて、ゼンの方を向いた。

「群れの中に飛び込むっていうのかい!?」

ボスが水槽ごと震え上がっている。私もそうしたいとは思ったけれど、やはりバーガックスの群れと戦うのは避けた方がいいと思った。

「いくらゼンでも危ないと思う。却下」

「でもあいつ、行くところ無いんだろ? 群れから一頭連れ去るよりも、その方が倫理的にも色々いいんじゃないか?」

「……それは、一理ある」

ゼンのくせに、非常にもっともなことを言う。野生動物を捕獲するということは、野生生物から家族や仲間との生活を奪うということだ。どうせなら、行く宛のないはぐれバーガックスを捕まえる方が良いのかもしれない。私たちは今日、メールではなく命と向き合っているということを自覚させられた気がした。

「で、でも群れを追放されたバーガックスは、すごく凶暴なんだろう? 群れを追い払ってもあとが大変じゃないかい?」

ボスはそもそも計画に乗り気でないのもあって、怪訝そうにみんなの顔を伺っていた。

「ワシもでか坊主の案に賛成ぢゃ。バーガックスは統率の取れた生物。群れの中の一個体を狙うと群れ全体で激しく抵抗するやもしれん。群れさえ追い出された個体から引き剥がせれば、あとは一体の捕獲に集中できるからの。この仕事を諦めないなら合理的な手段ぢゃ」

博士の方は私とは違う視点から、冷静に現状を分析してゼンの案に同調した。姐さんとグレイ先輩も顔を見合わせると、ゼンの方を向いて頷いた。

「あとは、ボスのOKだけっす!」

「はぁ……もうどうなっても君たちは止められそうにないね……。よし! 私も腹を括ろうと思うよ」

ずっと後ろ向きだったボスも、ついに覚悟を決めて踏み切ったようであった。

「……はぐれバーガックス、捕まえましょう!」

「作戦を決めなくっちゃね〜。っていうかさ、うちらエルラダからノリで任務引き受けてきちゃったから、何も道具とか持ってきて無くない?」

「あっ」

姐さんが何気なく放った一言で、皆が固まってしまった。確かに、バーガックスを捕まえることだけを目的にして、私たちはその間のことをなにも考えていなかった! 準備する時間もなく直接飛び出してきてしまったが、バーバラの依頼は思った以上に無茶なものであったようだ。

「ど、どうしましょうか……」

「群れの方をどかしさえしてもらえれば、ターゲットは俺の遺物で気絶させられるんじゃないか? まあ気絶させてどうにかオービット号に乗せたところで、帰る途中に暴れられるのは困るけどな……走行中に何かあったらおしまいだぞ」

「確かに。航行中にバーガックスが目を覚まして暴れでもしたら……」

バーガックスを連れ帰るにあたっての課題に、グレイ先輩は頭を抱えている。どうやって捕獲するのか以前に、どうやって連れ帰るかも大きな問題だ……。

「帰りはオービット号に牽引コンテナを取り付ければいいぢゃろ」

「コンテナがあるんですか!」

博士はにやにやと笑って、手首につけた端末から、コンテナのホログラムを見せてくれた。

「ワシは用意がいいからの。折り畳み式ぢゃが強度は十分。バーガックス一頭なら運べるぢゃろ。ふるさとの親戚に土産をば思って、適当に安い服でも買って行こうと思ったが、諦めるわい」

「へ〜意外と乗り気なのね、博士」

先ほどから具体的な策を立ててくれる博士に、姐さんは心なしか嬉しそうな笑顔だった。

「ヒャヒャヒャ。名の知れたデザイナーに気に入られて、うちの部署の予算が拡充されれば、遺伝子改造実験の設備を整えられるやもしれんからな」

「は〜。ロクな死に方しないわ、この人」

姐さんは呆れたように笑っていた。

「帰りの心配はもうしなくて済みそうだな! じゃあもう後はどうやって捕まえるかを考えるだけだ! ボス、指示をくれ!」

「えぇ!? 私はそんな……じゃあ、ステラ! 頼んだよ。君に今回の指揮権を託す!」

ボスはゼンに名指しされて、たじろいだ挙句、私の方に全てを丸投げしてきた。

「急すぎません!? パワハラです!」

「キャリアアップと思ってくれたまえ。それに、この中で一番深い知識を持っている君が色々進めてくれる方が、いい気がするんだ」

「で、でも……」

ボスのスピーカーはずっと調子が悪く、この星に降り立ってから今さっきまでずっとあの間の抜けた声だったが、この時いきなり調子が戻ったようで、私への期待の言葉を述べた。

「ステラ、天才の出番だぞ!」

ゼンとみんなが私をじっと見つめている。まだしばらくの付き合いなのに、この人たちはなぜ、私にこんな信頼を寄せてくれるのだろうか。何だか嬉しくて、少し恥ずかしくもあった。

「——分かりました。時間も無いですし、早く作戦を決めちゃいましょう!」

そうだった。この仕事を絶対に成功させて、メール整理から脱却するんだ……! 

「そうこなくっちゃな!」

グレイ先輩が、大きな目を細めて笑っていた。そうして私たちはバーガックスの群れに気を配りつつ、計画を練り始めた。

「作戦ですが……さっきグレイ先輩が言っていたように、まずはやってみるのがいいと思います。群れの方を挑発して引き付け、その間にターゲットをグレイ先輩が狙撃して気絶させる……」

「群れを引きつけるおとりは誰がやるの? アタシヒール履いてきちゃったしパスで」

「お前、しれっと最低だな……」

「適材適所ってやつ〜」

姐さんの保身をグレイ先輩が諌めたが、姐さん自身の方は、それを悠々といなした。

「群れを挑発する役は……ジュディスがいいんじゃないかな。うん」

日頃の恨みもあるがそれ以前に、高速で飛行できるジュディスはおとりしてもってこいだと思った。

『ヲイ。ドウイウ了見ダ。キサマ。ロボットヲ尊重シロ。ガグーア人ノガキニ、やらセレバイイジャナイカ』

「ゼンは仮に失敗して、バーガックスが暴れた時に先輩達を守る役目があるから動かしたくない。で、ゼンの次に早く、飛行ができて逃げるのに融通が利きやすいのがジュディスなの」

『地球人ノ分際デ! 納得デキナイ、ナンデワタシガ!』

博士は当たり前のことを言うような顔をして、私の作戦にかんかんに怒っているジュディスの方を向いた。

「お前がバラバラになっても、バックアップを基に作り直せばいいだけぢゃからな。お前は死んでも代わりがいる。適任じゃ。やれ。お前が」

『博士ノ頼ミトアラバ、喜ンデ』

「いや私が提案しておいてなんだけど、無慈悲すぎませんか……」

『ヲマエハ、ドッチ側ナンダ……』

あのジュディスが、私の掌返しに呆れ、困惑していた……。

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