祈りと指切り

 あれから、晴れた日は狩りをして、雨の日はゲームをして、毎日二人で遊んだ。自分より少し背が高いカナタに連れられて、背中を追いかけて狩りを学ぶ日々に飽きることはなかった。カナタの教え方が丁寧だったおかげでだいぶ上達した。最初は、「2時の方向を撃ってください」なんてアナログ時計準拠の指示はなじみがなく意味が分からなかったが、正確に意思疎通ができるようになった。小型の鹿程度なら狩れるようになった。

 カナタとは何時間でも話が出来た。同じ12歳であること、ゲーム歴も同じくらいであることを知った。懐古主義者らしく、古典の学園モノの漫画が好きらしく、特に「寄道」や「修学旅行」の描写が好きらしい。よく分からない用語だったのだが、古代の文化に詳しいカナタは丁寧に教えてくれた。不思議なことにカナタの好きなものを知れば知るほど、カナタ自身のことをもっと知りたいと思った。


 ある曇りの日、カナタにトレジャーハンティングに行こうと誘われた。カナタがいつもしている時計は小さい頃に前時代の遺跡で見つけたお宝らしい。


 前時代の集落跡地に足を踏み入れる。バベルに比べれば大した大きさではないが、城壁はかなり立派なものだった。どこか懐かしさを感じるような不思議な気持ちだった。カナタは目に見えるもの一つ一つを解説してくれた。実は今日、ここで何かを発掘したらいつもお世話になっているカナタにプレゼントをしようと思っていた。けれども、カナタはさすがこの道の人間という感じで、カナタより先にお宝を見つけられる未来が見えない。

 持ち帰っていいお宝とダメなお宝、発掘のルールなどを教えてもらい、午前中は一緒にお宝を探した。カナタは綺麗な宝石を見つけていた。

「見てください。この琥珀、とっても綺麗です」

「本当だ、綺麗」

「楓の瞳みたい。この色、好きです」

カナタの言葉を聞いた途端、心臓がトクンと鳴った。

「あの、ちょっとあっち探してくる」

「えっ、気を付けてくださいね」

「はいよ」

 カナタから離れて、胸部をスキャンした。心拍数、血圧、体温は正常。体は健康そのものと表示された。今のは何だったんだろうと思いながら、カナタにプレゼントできそうなものを探す。できれば宝石を。宝石を見つけたら、ペンダントにして渡そうと思い、上質な革紐を持ってきた。

 しばらく探していると、足元にきらりと何かが光った。土埃をかぶった丸い金属が落ちている。丁寧に汚れをふき取ると、小さな女神の姿が表面に描かれていた。スキャンしてみると材質は比較的近代になってから作られた合金で、兵器転用も可能な硬度と強度を兼ね備えた代物だった。事実、いわゆる盾の素材として使われることもある特殊合金だ。輪っかのようなものがついていたので、そこに紐を通してみる。重い。特殊合金だけあって、かなり重い。首飾りとしては失敗作だ。でも、置物のコレクションの一種としてなら喜んでくれるかもしれない。日も落ちてきたので、カナタとの集合場所に戻った。

「あっ、お帰りなさい、楓。どうでした?何か見つかりました?」

「うん、一応」

「それはよかったです。楓、ちょっと目をつぶってもらえますか?」

 目をつぶっていると、首に何かをかけられる感触があった。目を開けていいと言われたので首元の何かを手で持って確認すると、いつもカナタがつけていた二連の首飾りがあった。


「えっ、これって」

「楓にあげます」

「こんな大事なものもらえないよ。いつもつけてるし、大事なものじゃないの?」

「首飾りを贈る意味って知っていますか?」

「知らない」

「相手の無事を願う意味があったらしいですよ。それこそ、人類が石器を持ってマンモスを狩っていた時代からの風習です。楓に神様のご加護がありますように」


 カナタが目を閉じてひざまずき、近くにあった小さな石像に向かって手を合わせた。お地蔵様というらしい。カナタは時々宗教的な発言をする。昔から、宗教的な聖地やパワースポットにもよく行っていたらしい。先ほども、お地蔵様の近くにあるものは持ってきてはダメだと言われた。祈りや信仰の作法はよく分からないけれども、カナタに倣って手を合わせた。


「大事だからあげるんです。今まで自分を守ってきてくれた首飾りだから、今度は楓を守ってほしいからあげるんです。ねえ、なんで今日ここに誘ったと思います?」

「分からない」

「狩りをしている時は、ゆっくりお話する余裕がないでしょう? だから、ちゃんとお話できる場所に来たかったんです。楓、君は強くなったから、もう背中を任せられますし、愛銃を預けられます。次の満月の翌日、一緒に大物を狩りに行きましょう」


 キラキラした目のカナタに手を握られた。強い力と鼓動を感じた。


「行きたい……! 行くよ、カナタ!」


 頷いてカナタの手を握り返す。

「大物って、クマ?」

「クマもいるかもしれませんね、狙いは巨大イノシシですけど。船でイノシシが生息する島に渡ります。大丈夫ですか? 怖くはないですか?」

「上等。ロマンの塊じゃん」

「それでこそ楓ですよ」

 胸が躍った。ついに、あのカッコいい大型の実弾銃を使わせてもらえる。

「絶対すごい大物を撃ち取って丸焼きにしてやるんだ」

 カナタの目を見て宣言すると、カナタはこめかみを掻きながら答えた。

「ただ、自分も離島での狩りは初めてで、イノシシの目撃情報もデータが数年前のものなので、確実にいるとは言い切れなくて……もし、期待外れだったらごめんなさい。って、水を差してしまいましたね」

「いいよ、別に。野ウサギとか野鳥相手に実弾はオーバーキルかもしれないけど、それはそれで笑える思い出になると思うし」

 カナタと一緒なら、きっとどんな旅だって楽しい。

「そうですね。そしたら、また別の島を探せばいいだけの話ですから」

「それに、最新の情報がないってことは逆にもっと大物がいるかもしれないとも言えるってことだよね」

「確かに。だとしたら、すごくハードな戦いになりますね。僻地なので、万が一の際のロボットの援軍もありません。覚悟はありますか?」

「そこは訂正しておくよ。どんな島にも最低限の治安維持ロボットくらいいるから大丈夫。法律で、無人島でも5平方キロメートルあたり最低1体は置いておかないといけない決まりになってるって親に聞いた。最も、離島だったら2,3世代前の型が主流だし、最低限しか置いてないとは思うけど」

「あっ……釈迦に説法でしたね。恥ずかしいです。ごめんなさい」

「ううん、気遣いありがとう」

 ロボットの知識をひけらかした形になってしまったので、フォローをしておく。しかし、そんなことよりも、今は大事なことがあった。


「あのさ、これ、さっき拾った。カナタの無事を願うって意味で、一応首飾りの形にしてみた。でも、重いし絶対首凝っちゃうから、無理してつけなくていいから。お守り、的な感じで、持っててくれたらうれしいなって。ということで、あげる」


 しどろもどろになりながら、先ほど拾った球体に紐をつけたペンダントを渡す。

「すごく嬉しいです。ありがとうございます」

カナタはペンダントをつけた。

「似合いますか?」

「似合うけど……重くない?」

「全然重くないです。一生大切にします」

「ずっとつけてたら、首と肩バッキバキに凝るよ」

「こう見えて鍛えているので問題ありません」

 カナタは目を細めて喜んでいる。


「なんか儀式みたい、首飾り交換するのって」

「贈り物、特に装飾品には全部意味がありますからそんな気がするのも当たり前ですよ」

「カナタ以外に何かをプレゼントしたことないから全然知らないや」

「そうですね……たとえば腕時計だったら『同じ時を刻みたい』、ピアスなら『自分の存在を感じてほしい』……とか」

「やっぱり、カナタは何でも知ってる」

「楓はスピリチュアルな話をしてもバカにしないでくれるから、安心して話せるんですよ」

「だって、カナタの話面白いからいくらでも聞いていられる」


 正確にはよくわからない話も多いが、カナタが楽しそうに話すのを聞いているとこっちまで楽しい気持ちになってくる。カナタとはしゃべっているだけで何日だって過ごせそうだ。


「じゃあ、なんで満月の翌日にしたのかも話していいですか?」

「それも、宗教的な何か?」

「はい。10月の満月はハンターズムーン、狩人の月って呼ばれているんです。古代ギリシアでは月の女神様であるところのアルテミス様は狩猟の女神様としても信仰されていたんです。だから、満月の日にお祈りすればアルテミス様のご加護がありそうでしょう?」


 カナタはいわゆる多神教徒だ。いろいろな神様に敬意を払っている。この話は月を見ながら聞きたかったけれど、今日は曇っていて残念だ。


「だから、楓がこの満月にアルテミス様が描かれたペンダントをくれたこと、すごく嬉しいんです。この宇宙のどんなお守りよりも、心強いです」

「喜んでもらえてよかった。でも、そんな神話があるなら月の夜に渡した方が粋だったかな?」


 粋かどうか、という価値観が自分の中でそこそこのウェイトをしめるようになってきたのは間違いなくカナタの影響だ。


「お月様のお話も、お星様のお話も、島でいくらでもします。お星様にはたくさんの神話があるんですよ」

「楽しみにしてる」

「自分もワクワクして今から眠れなさそうです」

「本当に。狩猟の神様の加護があれば何でもできそうだ」

「そうですね。あっ、でもくれぐれも無茶はダメですよ。怪我するような危ないことはナシです」

「それはカナタこそ」

「約束です。ちゃんと無事に二人で帰ってきましょう」

「うん、約束」


 小指を絡めて指切りをした。カナタに教えてもらった古代の儀式。雲に隠れて見えないけれども、上弦の月が見守ってくれているような気がした。

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