第61話王子side

 私は、国王と王妃の第一子として生まれた。

 母を早くに亡くしてしまったため兄弟はいない。

 父上は母上を大層愛していたので再婚はなさらなかった。

 ただ一人の世継ぎである私は当然次の国王だと信じて疑わなかった。王宮の者達が、高位貴族が私をどのように噂し合っているのかも知らずにそう思っていたのだ。



『なあ、知っているか?』


『なにを?』


『エンリケ王子殿下の事だよ』


『なんだ?また護衛を撒いて脱走したのか?それとも侍女相手に悪戯を仕掛けて怒られてのか?』


『ちげ~~よ。あの王子、自分が次の国王になるって言ってるらしいぞ』


『は?』


『だろ?そうなるわな』


『幾ら陛下の寵愛のある王子だって言ってもな所詮は子爵家の王妃の子供だ。王妃似の美少年だが魔力も王妃似の弱小じゃないか。せめて、もう少し陛下に似てたらそれもあったけどな』


『なぁ、王家の色を持たない王子が何言ってんだって話だよ。何にも知らずに王様になるって言ってんだから暢気なもんだ』


『あの王子様は自分の立場を理解してないのか?』


『だろうな。そうでなけりゃ、そんなこと言わないさ。無邪気なこった』


『無邪気ねぇ。只単に鈍いだけじゃないのか?少し考えれば分かる事だろうに』


『いやいや、元々今の王家自体がだ。特に問題ないと思ってるんだろう』


『とんでもない勘違いだ。そのせいでこっちがどれだけ大変か理解してないとはな』


『まったくだ。陛下だって辛うじて薄紫の目だ』


『陛下の場合魔力量が半端ないからな』


『ああ、歴代最強だ。それを持って軍に貢献してくれている。美貌とカリスマ、最強の魔力。だから皆が従っている。なら王子は何ができるんだ?顔だけの裸の王様なんていらないぞ?』


『まあ、その辺は宰相閣下と大公殿下が決めるだろう』


『順当にいけば宰相閣下の御息女が王子の婚約者になるんだろうな』


『正当な王家の血筋だ。王家の色だってちゃんと持っている。とは、えらい差だな』


『違いない。公爵令嬢は王子殿下と違って優秀だって話だしな。上手く婚姻できても王子はだろう』


『違いない』



 嘲笑う文官達の声は今も耳にこびりついている。

 私が近くにいないと思って言いたい放題だった。まだ七歳だった私は文官達の言葉の意味が理解できなかった。それでも自分を馬鹿にしている事だけは雰囲気的に分かるものだ。

 



 彼らの会話の意味を知ったのはそれから二年後。

 


 九歳の時だった――



 


『エンリケ、喜びなさい。お前の婚約が決まりそうだ』


『こんやく?』


『ああ、そうだ。将来、エンリケのお嫁さんになってくれる人だよ』


 上機嫌で話す父上に私は少々ムッとした。今思えば自分以外の人間が父の関心を引いた事に面白くなかったのだろう。


『相手は、ブリジット・ベアトリス・ぺーゼロット公爵令嬢。宰相であるぺーゼロット公爵の娘だよ。公爵夫人に似た美しい令嬢だと評判だ。美しいだけではないな。とても優秀な令嬢だ。お前とは同じ歳だが既に数ヶ国語を話せると聞く。実に将来が楽しみだ』


 まるで自分の子供の自慢話をするかのように話す父上が何だか遠く感じたのを覚えている。近くにいるのに遠い存在に。


『それにね、ブリジット嬢は紫の目王家の色の持ち主だ。魔力量も高いと聞く。エンリケとブリジット嬢が結婚すれば王家は安泰だ。私の代で漸く

 

 そう言った時の父上の笑顔は忘れられない。それは嬉しそうな満面の笑み。

 この時、私は初めて知ったのだ。

 自分はこの国の王族として認められていない事を。

 



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