第59話とある子息side


『門番買収事件』


 それは各家に通達されていた。フリードの親は自分の息子も門番を買収しようとしたことを学園側から聞かされて顔面蒼白だったそうだ。

 フリードは家族からこっぴどく叱られたが反省の色はなく、「俺は間違ってない」「これは陰謀だ!」と喚いていたらしい。




 


「お世話になったね、リューク君」


「おじさん、本当に行ってしまうんですか?何も爵位を返上しなくともよかったのでは?」


「国を出るんだ。他国の貴族位を持っていると逆に警戒されてしまう。外交や観光目的なら兎も角、その国で商売しようとするなら貴族称号はある意味で足かせになる事もあるからね」


 元々商人から成り上がった人だ。そういう光景を何度か見た事があるのだろう。確かに余程名が売れていなければ他国のスパイと勘違いされるケースもあると聞いた事がある。きっとそれを警戒しているのだろう。


「息子とも仲良くしてくれてありがとう。君達家族には助けられてばかりだったよ」


「すみません。フリードを止められなくて」


「謝らないでくれ、リューク君。あの状態のフリードには誰の言葉も届かなかったよ」


「あの……フリードは今も?」


「ああ、『第一王子殿下が陞爵しょうしゃくを約束してくれた』だの『商品の融通を付けてくれる』だのと世迷言を吐いているよ。まったく。仮にあの子の言ったように第一王子殿下が約束してくれていたとしてもそれは所詮口約束でしかない。契約書だって交わしていないときた。それでは話にもならない。そうだろ?商売だって契約書にサインする。それによって裏切らないと保証されるんだ」


「おじさん……」


「やっぱり私に貴族は無理だったんだよ。今回の件で嫌と言うほど分かった。皆が知っているはずの情報を私達家族は誰も知らなかったんだから」


「それは……」


「ははっ。所詮は商人だということだ。社交界での人脈作りは商品をより高く買ってもらうための手段にしていたツケがきたんだな。ああ、リュークそんな顔をしないでくれ。貴族の言葉の裏を読み取れなかった私達の落ち度だ。皆、遠回しに教えてくれていたと言うのに……」


 おじさんは苦笑しながらも何処かサッパリした顔で「商人として一から出直すよ」と笑って言う。そして僕に小さな小箱を手渡してくれた。

 

「これを受け取って欲しい」


 渡されたものは指輪だ。装飾が凄い豪華なものではなくシンプルなものだ。ただ、石は魔宝石だろうか?綺麗に輝く緑色をしていた。この色は僕の魔力属性と同じだ。とても心地良い感覚がある。

 

「これ……おじさんが作ったんですか?」

 

「うん。これは自分にとって大切なものを思い出すという魔道具だ。思い出すというのは形ではなく記憶なんだけどね。私達は大切なものを見失っていた。リューク君にはそうならないで欲しい。まだ試作段階の商品で申し訳ないけど、是非君に託したい」


 おじさんの顔はとても真剣だ。これが冗談ではない事は伝わってくる。でも何でこれを俺に渡すのか分からない。

 

「どうしてコレをくださるんですか?」

 

「君の事が大好きだからだよ。私達に出来なかった事を君はやってくれた。あの子を諭してくれた。私達が気付けなかったことを教えてくれた」

 

「おじさん……」

 

「これは私の気持ちさ」


 それが、おじさんとの最後の言葉だった。



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