第56話とある令嬢side

 数日後、エミリーは自主退学をした。


 やはりと言うべきか、ブリジット様の悪評を流した事がいつの間にか学園中に知れ渡り、エミリーの評判はガタ落ち。それに加え、誹謗中傷が全て噓であると立証され彼女は「狼令嬢」という通り名で呼ばれるようになった。学園に居辛くなったために退学していったと噂が流れたけれど本気でそれを信じている人は一体何人いるのかしら。


 ミゲル様が動かれたに違いない。


 証拠は何処にもないけれどそんな気がした。


 エミリーの実家の店。

 王都でも有数の店は数日で廃業を余儀なくされている。娘の噂のせいで王都で商売ができなくなったらしい。爵位を返上し、一家で他国に向かったという噂が流れ始めた。


 嫌な予感がして、探偵を雇い調査した。

 前回の私のように悲惨な末路ではなかった事にホッとした。それでも彼女にとっては悲惨な未来なのかもしれない。隣国に引っ越したエミリーの家族はそこで商売を始めたらしいわ。それでも貴族で商売していた頃と平民として一から商売するのではやり方も方法も全く違う。相当、苦労しているようだった。それは一ヶ月後にエミリーが親子ほど歳の離れた豪商の後妻になることから、おおよその想像がついた。エミリーの婚姻で豪商の後ろ盾を得られるのだろう。この婚姻はいわば商人同士の政略結婚。豪商の方でも元貴族の人脈と情報はバカに出来ないと考えたのだ。そう考えれば妥当と言えるでしょうね。


 エミリーは泣き暮らしているそうだけど、泣けるだけ貴女は幸せよ。

 家族だって揃っているもの。

 本当の不幸にあうと泣くことも出来なくなるのよ。



 結婚後も調べてもらった。

 未だに自分の不幸に酔っているのか、一日の大半を部屋で過ごしているらしい。嘆き悲しむことしかしない彼女は徐々に孤立している。婚家には義理の息子達もいるらしく、今更後妻のエミリーが子供を産む必要はないようだった。腫れ物扱いだそうだ。


 探偵からの調査報告書を読みながら溜息をつくしかなかった。

 もう、エミリーの事を調べるのはよそう。

 

 彼女を調べていると誰かの視線を感じると探偵が言っていた。

 探偵曰く、「プロでしょう。そして、私が彼女を調べている事を知っていてワザと気配を漂わせていた」ということだ。


『これは恐らく警告でしょう。彼女に関われば次は我々だという』


 顔色を悪くしながら言ってきた探偵は数日後に王都から居なくなった。

 身を隠すと言っていたので消されてはいないと思う。



 ごめんなさい、エミリー。

 貴女は私にとって大切な友人だった。

 それでも助ける事はできないの。

 貴女を助ける事は私と私の家族の破滅を意味する。


 もう二度と失いたくない。

 神様が与えてくださったチャンスを無駄にしたくないの。

 私は幸せになりたい。

 普通の幸せを得たいの。


 貴女と関われば、ミゲル様の逆鱗に触れてしまう。

 あんな地獄のような場所娼館で死にたくないの。




 私は学園卒業後に同じ子爵家の男性と結婚し、二男一女を授かった。

 夫は可もなく不可もない。平凡な人だけど、とても優しい。貴族としてそれはダメなのかもしれない。それでも田舎貴族には丁度いいのかもしれない。善良な領主として領民から親しまれている。退屈なくらい平凡な日々。


 それは前では手に入らなかったもの。

 

 優しい日向の道だった――――


 



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