第52話バカ女3

 

 一ヶ月後、バカ女は「ストーカー女」にジョブチェンジした。


 まあ、無理もない。

 門前払いを食らった日から何故か僕を追いかけまわしているんだ。当然、噂がたつ。ただでさえ登校初日でやらかしているんだ。反省する気がないにしても、それなりに取り繕うもの。それを怠ったんだ自業自得としか言いようがない。



「随分な評価をされているようです」


「ああ、大公女のこと?」


「はい」


「正確な評価だと思うけど?」


 元々、大公女の評判はそれほど高くない。

 当初こそ、「大公女」という看板はある程度効果があった。


 例え、護衛と言う名の美少年を数人侍らせていようとも。

 例え、婚約者である王太子を蔑ろにしていようとも。


 その家柄と美貌で上手く立ち回れただろう。


 本来ならば――――



「ま、自業自得だ」


 それに尽きた。


「会長……」


「だってそうだろ? マナーも何もできていない大公女を敬う貴族なんて此処にはいないよ」


「まあ、そうですが……」


「親しくなってもアレじゃあねぇ」


「友人には決してできないタイプのようです」


「ははっ!確かに!」


「一般市民ならば問題なかったのでしょうが……」


「アレじゃあ貴族社会では致命的だ。ただでさえ、女性は粗探しが上手いっていうのに」



 前回と違い、彼女は他の生徒に対する態度が悪かった。

 人当たりのいいヨハンがあれこれとバカ女のために奔走しているが、本人が全てを台無しにしていた。せめて、まともな挨拶ぐらい教えてから入学させて欲しいよ。身分が上の人間が先に名乗りを上げなければ相手側は何もできない。それは学園内でも同じだ。バカ女のせいでヨハンは謝罪行脚だ。その事すらバカ女は気付いていない。だが、周囲は気付いている。


 当たり前のようにヨハンを便利屋扱いするバカ女とは親しくなろうにも危なっかしくてできない。下手をすれば大公女の奴隷として扱き使われかねないからだ。まあ、中にはそれでもというのはいるだろう。だが、頭カスカスの大公女が大公家の情報を持っているとは誰も思わなかった。つまり、親しくなるメリットなし。寧ろ、デメリットばかりだ。



 賢い判断ができる高位貴族の子弟は、大公女はおろか第一王子にも近づかない。


 

「ジョバンニ様のこともそうです」


「気になるの?」


「はい……」


 沈痛な表情の会計。

 そういえば彼の家はカストロ侯爵家の寄り子貴族だったと思い出した。それでか。最近、会計の表情が冴えない理由は。子爵家の跡取りである会計は幼少の頃からジョバンニと面識があったらしい。幼馴染といっても過言ではないほど二人は親しい関係を築いていたようだ。


「ま、あんまり気にしない方がいいんじゃない?」

 

「ですが……」

 

「家を出ていると言っても侯爵家の嫡男であることは確かなんだ。大公女がどうであれ、大公家が彼を無下に扱うことはないよ」

 

「そう……だとよいのですが」


 僕の慰めの言葉にも会計の心には響かなかった。

 まあ、無理もないか。大公女と護衛兵。二人の今の関係を考えると不安は尽きないのだろう。



 初日から見掛けないな、とは思っていた。

 後から知ったことだけど、僕の蹴りは思いのほか強烈だったようだ。


 三ヶ月後に学園に姿を現した時には変わり果てていた。

 顔半分が腫れ上り鼻の形があらぬ方向に向いていたのだ。豊かな髪もごっそりと抜け落ちていた。そこには嘗ての美少年の面影は欠片もなかった。醜い化け物のような姿になったジョバンニは目だけはギラギラと輝かせながら、僕を憎々しげに睨みつけてきた。どうやら逆恨みをされたらしい。醜い姿になったジョバンニに対してバカ女は冷淡だった。護衛兵なので身近においてはいるものの無視を決め込んでいる。それどころか汚いものを見るように距離を置いて視線すら合わせようとしない始末だ。あれだな。あのバカ女はジョバンニの顔が良かったという点もあって傍に置いていた節がある。それが失われたのだ。大公はともかく、バカ女にとっては致命的だったのだろう。まあ、ジョバンニはその事に全くと言っていいほど気付いていないのが唯一の救いだろう。人によっては哀れだと感じるかもしれないが僕は違う。ざまあみろと胸がスカッとするだけだ。やっぱり物理攻撃は効く。そのことを確信した瞬間だった。


 




 

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