第9話跡取り

 母が亡くなったのは僕が八歳の時。

 風邪を拗らせたのが原因だった。

 無理もない。産後の肥立ちが悪く、その後はよく体調を崩していた。元々、体があまり丈夫では無かったそうだ。僕を身籠った時も医師から子供は諦めた方がいいとまで宣言されていた程だった。


 母の死によって僕は自身の身の振り方を嫌でも考えなければならなかった。

 僕の養育を依頼するにしても母の国に問い合わせる必要があるからだ。多くを語る事のない母だったが子供心に実家と折り合いが悪い事はなんとなく分かっていた。兄が二人と姉が一人いて末っ子として生まれた自分とは歳が離れていて交流が最低限だった事、二番目の兄とは仲が良かったそうだ。


 本当にコレだけ。


 母の葬儀にも顔を出さない連中が頼りになるとは言い難い。

 結局、僕の処遇は義父の正妻によって決まった。


『ミゲル殿の実父は公爵家の傍系にあたります。ましてや隣国の伯爵令嬢を母に持つ身。ただでさえ伯爵家の仕打ちは非道極まるもの。母君を亡くした幼い子供を放逐したとあっては公爵家とセニア王国名折れ。幾ら理由があったとしてもです。伯爵令嬢を日陰の身に堕とした公爵家に隣国の貴族達は挙って厳しい目を向けるのは必定。また、私も人の親です。ミゲル殿を公爵家の跡取りにすることに否はありません』


 鶴の一声だった。


 公爵家の最高権力者である義母の声を無視できる人間はいなかった。どうして「妻」である義母にここまでの権力があるかというと、そもそも、公爵家の正式な跡取りは義母だ。義母は公爵家の一人娘として生まれ、義父を婿に取っている。

 それというのも爵位の継承は「男」しか認められていないからだ。


 義父は宰相として活躍している。

 そのせいか公爵家の実権は義母のまま。もっとも、それ込みで婿入りを許可したというのだから先代公爵はある意味で先見の明がある。

 公爵領を義母が治め、王都との繋がりとして義父が宰相として王宮で働く。

 

 実質一人勝ち状態のだ。



 世間では愛人が産んだ子供を本妻が虐めたりする場合が多い。

 もしくは、義理となった息子とギスギスした関係になったりと。まあ、色々ある。けど、僕の場合は全く違った。


 義母と義父は典型的な政略結婚で、良くも悪くもない関係だ。

 ただ、公爵家に仕える者達は義母を「主人」として動くものばかりだから婿の義父は居心地が悪そうだと前の時に感じた。始めは僕の存在がネックになっているのでは?と思っていたけど、そうではない事が今なら分かる。それというのも義母や屋敷の人間は何かと僕を気遣ってくれているからだ。




 例えば――――

 

『ミゲル殿、お体の調子はいかがですか?』

 

 朝食後に、義母が心配そうな表情を浮かべて尋ねてきたり。


 例えば――――

 

『これを持ってお行きなさい』


 昼食を終えた後、散歩に出掛けようとしたら義母に止められて果物の入ったバスケットを手渡されたり。


 他にも細々とした事で世話されている事に気づいた。おぼろげな記憶の中に前回もそんなことがあった。ただ、あの頃の僕は自分自身の事でいっぱいいっぱいだった。碌な返答をしていない気がする。今思えば失礼な子供だったな。とにかくそんな感じで可愛がられているのだけは確かだ。この年になると可愛いと言われるのはちょっと微妙な気持ちだけど、嫌われるよりずっといい。


 だからって訳じゃないけど、前回よりも義母とは打ち解けた感じだ。


 義姉上にしてもそうだ。まだ九歳なのに僕の事を弟扱いしてくれている。

 普通は同じ歳の弟なんて嫌がるだろう。ましてや、義理とはいえ妾の連れ子だ。あれ?そういえば義姉上はそのこと知っていたのかな?う~ん……分からない。前の時はあえて言う事はなかったし、周囲の大半は何故か僕と義姉上が異母姉弟だと勘違いしていた。まあ、訂正しなかった僕も悪いかもしれないけれど、わざわざ口にする程のことでもなかったのだ。なので義姉上はどっちだろう?




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