第7話巻き戻り


 ぺーゼロット公爵家墓――


 ここに義姉上が眠っている。


「もっと早く来たかったのですが申し訳ありません」


 義姉に墓前で僕はこれまでの経緯を語って聞かせた。

 なにしろ、以前来たのは復讐を誓った時。成就するまで来ないと宣言したのだ。あれから数年が経った。国の立て直しに奔走した結果、領に戻ってくることが遅れたのだ。


「王家は辛うじて名前が残っているに過ぎません。もう何の権限を持たない名ばかりの存在になりました。我が子可愛さに目を曇らせた国王とその一派はもういません」


 議会の一致で国王は退位と共に幽閉された。

 新しい国王は別の公爵家から引き抜いた。

 罪人となった王太子は位を剥奪され世を乱す原因を作った罪で公開処刑された。処刑と言ってもギロチンではない。腐っても王族。血が流れるのは良くないという意見が多数を占めていた。規定通りに毒杯を賜るのが常識だが、それだけでは民衆も納得しない。騙されていたとはいえ、自分達も公爵令嬢を貶める発言をしていたのだ。罪悪感はあったのだろう。だが、それ以上に「騙された被害者」という意識もある。

 僕からしたら五十歩百歩だったが、彼らからしたら「それでも差はある」と言いたいらしい。

 平民代表で会議に出席した弁護士が語る言い訳につい鼻で嗤ってしまった。図々しい庶民の味方の弁護士も嗤った相手が僕被害者の身内だと知ると良く回る口は一文字に閉じた。彼らにも一応“恥”という概念はあるようだ。


 結果、魔術師達が処刑場に箱型の結界を施し、そこで元王太子に毒杯を飲んでもらうことで決着が付いた。要は、元王太子が毒を飲んで死ぬところを皆で見るといったものだ。悪趣味だと思うがそれが一番無難なのも確かだった。


 民衆は「元凶の元王太子が公爵令嬢と同じ毒で死ぬことによって罪悪感を薄めたい」、一方王家と貴族は「元王太子が公爵令嬢と同じように毒杯で潔く死ぬことで王族が反省している事を内外に知らしめたい」という両者の都合と想いが一致した結果とも言える。

 

 そういった利害の一致は大抵上手くいかない。


 元王太子が死を恐れて暴れまわり、毒杯を無理矢理飲ませる形を取るしかなかった。苦しみにのたうち回り痙攣をおこした元王太子は無様としか言いようがなかった。死の顔は恐怖に満ちており、観衆たちは真っ青な顔で歓声があがる事もなかった。

 

「刑を執行した連中はノイローゼになっているみたいですよ。メンタルが弱すぎると思いませんか?一般人か、って話ですよね」


 元王太子の死に際の姿を見た観衆たちは軒並み鬱状態でカウンセリングを受けているらしい。


「ようやく、終わりました。義姉上を疑った義父上は屋敷の地下牢に幽閉していますから御安心ください」


 実の娘ではなく元王太子達を信じた義父。

 彼は義姉の死と共に責任をとる形で宰相位を辞職している。王家の忠臣らしいが公爵領でそれが通じると思ったのが敗因だ。

 婿養子に過ぎない男が直系を見殺しにした。

 

「ふふっ。領民に滅多打ちにされて殺されるか、寿命が尽きるまで幽閉されるか。選んだのは義父上です。文句を言われる筋合いはありませんよね」


 義姉の墓に供えた青い薔薇。

 公爵領の特産品の一つ。

 生前、義姉上が好んでいた花だ。

 今思えば義姉上の好きな花すらあの元王太子は知らなかったのだろう。贈られる花束は何時も決まって“白い花”だった。


「僕はあのアホのようにはなりません。妻を大切にします。ああ!報告が遅くなりました。僕の婚約者が漸く決まりましたよ。相手は辺境伯爵家の御令嬢です。辺境伯爵家は義姉上の件にまったく関与していませんし、王家を毛嫌いしている傾向にあります。令嬢とはその点だけでも話が合いました。娘が生まれたら義姉上と同じ名前にしてもいいとまで言ってくれましたよ。きっと良き家庭を築けると思います」


 その瞬間、突風がおきた。

 ぐにゃり。

 周りが歪み一瞬にしてまだら模様になった。


 なっ?!

 一体何が起こった!!?



 訳が分からないまま世界が回転する。


 青いバラが舞い散っている。


 義姉上……。


 

 





 

「どうしたのです?」


 朦朧とする意識の中、心配そうな声が聞こえた。重い目を何とか開けると、覗き込むかのように懐かしい顔が目の前にあった。

 流れるプラチナブロンドにアメジストの目をした怜悧な美貌。


「あ、あね…うえ」


「無理に喋る必要はありません。喉にも炎症が起きているんですから」


 炎症?

 なんのことだ?

 口に出そうとするとカラカラの喉に気付いた。酷く痛い。喉だけじゃない何故か体が重い。どうやら僕は寝室のベッドに寝かされてるようだ。それも王都の部屋でなく公爵領の屋敷の寝室だ。


 天国は公爵領にあったのか。

 それとも義姉上が使者として迎えにきてくださったのか?


 ならば義姉は――


「てんし……?」


「なんの話ですの?まだ夢の中かしら?」


 夢?

 あれは全て夢だったのか?


「本当に大丈夫なのかしら?」


 死んだはずの義姉が困った顔で僕を見る。

 生前の美しい姿がそこにあった。手を伸ばしたくても体中が重く、指を動かすので精一杯だ。


「あなた、覚えてないのかしら?ここにきて直ぐに倒れたのよ?医師が言うには疲れから出た風邪らしいわ。だから安静にしていなさい、いいわね」


 はい、と言いたいのに声が出ない。仕方なく首を縦に振ると義姉は優しく頭を撫でてくれた。ぎこちない手つきだけど優しさは伝わってくる。僕は瞼を閉じた。これ以上は目を開けていられなかったせいだ。分かったのは、ここが天国ではないこと。僕は公爵家に引き取られた時点まで巻き戻ったという事だ。



 巻き戻し……どうしてそんな不可思議な事になったのかは分からない。

 でも、これはチャンスだ!

 義姉上をなんとしても助けたい。



 


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