第7話 気になるあの子

 隣のあの子は気になるが、とりあえず今は目の前の授業に集中しないと。


「じゃあ、教科書を開いてください」


 先生の指示に従って僕達は教科書を読んだり黒板に書かれた文字を書き写したりする。この国の歴史について書かれているどこにでもある授業だ。

 今までと違う事と言えば隣にメアリがいる事だろうか。

 僕はノートを取りながら、ふとメアリの事を考えていた。


(メアリは本当は何者なのだろうか。どうしてメイドをしている事を黙っていて欲しいのだろう。恥ずかしいのかな。いや、でも、家でメイド服を着ていた時は堂々としていたし、恥ずかしいわけじゃないよな……)


 分からない事が多すぎる。彼女に対しては謎が深まるばかりだった。

 やがて授業が終わり休み時間になった。僕は早速彼女に質問する事にした。


「ねえ、メア……」

「……!」

「月丘さん」


 彼女が鋭く口の前でバッテンを作ってみせたので僕は慌てて言い直す。学校ではメイドの話は禁止だったね。

 もちろん覚えているよ。


「月丘さんは普段何しているの?」

「メ……メイド?」


 僕の方がずっこけそうになった。そりゃそうか。気づいたメアリは顔を赤くすると憤慨したように僕の腕を掴んで引っ張っていく。

 僕はそのまま教室を連れだされて人気の無い階段の下までやってきた。

 そこで小声で注意される。


「学校ではメイドの話はしないでください!」

「あ、ああ、ごめん。でも、なんで?」

「……恥ずかしいから」


 スパイだとか何だとか考えていたのに思ったより普通の理由だった。まあ、現実なんてこんな物かもしれない。


「家では普通にやってるのに」

「家は家、よそはよそです」


 母ちゃんみたいな事を言う。続けて僕から気になった事を質問する。


「メアリの本名って月丘有美っていうの?」


 途端にメアリの顔が赤くなった。


「どうしてその事をって顔をされてもさっき自己紹介してたよね」


 メアリは顔をプルプルと震わせると


「よそはよそ、家は家なんです!」


 さっきと同じような事を叫んだ。虐めるつもりは無かったんだけどな。

 どうして偽名なんて使ってたんだって聞ける雰囲気でもないな。僕は何も彼女と喧嘩をしたいわけじゃないんだ。

 だからこれからの事を訊ねた。


「学校では月丘さん、家ではメアリって呼んでいいかな?」

「はい……」


 彼女は消え入りそうな声で頷いた。話はこれで終わりかな。あまり可愛い転校生を独占しているとあらぬ噂を立てられたりクラスメイトからの恨みを買いそうな気をする。


「じゃあ、戻ろうか」


 僕は歩き出そうとするのだが、メアリが袖を掴んで止めてきた。


「ご主人様……」

「なに?」

「ご主人様は私の秘密が気にならないんですか?」

「それは気になるけどメアリはメアリだよね。ああ、ここでは月丘さんか」

「……」

「月丘さんもここでは僕の事は名前で呼んでよ」

「分かりました。では、お言葉に甘えて折田君」

「うんうん、そんな感じ」


 そうして僕達は笑い合った。それから教室に戻る事にする。

 廊下を歩きながら僕は少し悩んだが、思い切って考えていた事を正直に話す事にした。軽い冗談話にできるだろうと考えて。


「実は僕、メアリがスパイじゃないかって疑っていたんだよ」

「え!?」

「たいした家じゃないけど僕の両親は海外で働いてるし、そういう線もあるかなって。ああ、もちろんそんな漫画みたいな事あるはずないけどね」

「あ……ああ、そうですね」

「でも、そんな心配はいらなかったみたいだね。メアリは普通の女の子だった」

「ああ、そうですね。あはは……」


 どうもメアリの反応が煮え切らないな。僕の冗談に困っているようだ。やはり僕に冗談のセンスは無いらしい。気持ちを切り替える事にした。


「じゃあ、教室に戻ろうか。あまり可愛い転校生を独占していたらみんなに恨まれてしまうよ」

「はい」

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