第10話 雨乞いと雨の日
雨季の始まりには、雨乞いの祭りがあるらしい。
今年のお供えは何にしようかしらと、シェアトが思案していると
「川魚はどう? 当日の朝に釣れたらそれをお供えにするのは?」
ルクバトがクラズとシェアトに提案した。
「それはいいわね」
「うん。いいよ」
ふたりともその提案に賛同して、もし釣れなかった時は畑の芋をお供えにしようと話はまとまった。
そして祭りの当日、気になって早起きしたのは私だけではなかったようで、結局みんなで釣りをした。毎日、釣りをしているだけあって、クラズは短時間に何匹も釣り上げていたが、私はさっぱりだった。
みんなで釣った甲斐があり、早々にお供えに充分な数が確保できたので、早めに切り上げて家に戻った。
雨乞いの祭りは町の広場ではなく、町と畑の間にある空き地で行われるらしい。
午後になるとぞろぞろと集まって、準備してあった木材をキャンプファイアーをする時のように井桁型に積み上げていく。お供えは少し離れた場所のテーブルに並べられ、そこからさらに離れた場所に調理場がセットされている。
ひと通り準備が終わると、誕生の祝祭の時にも司会をしていた淡い緑色の髪の人が微笑みながらみんなの前に出てきた。
「今年も恵みの雨が降ることを願って、雨乞いの祭りを開催します。それでは点火をお願いします」
その声を待っていたように、松明を持った四人が前に出て、松明を高々と上に掲げた後、組まれた木材の中央に投げ込んだ。
木の燃える匂いが広がり、パチパチと弾けるような音がしてくる。さらに火が大きくなると、今度は小さな銅鑼を持った人たちが火のまわりを取り囲み、カーン、カーンとゆっくりしたリズムで打ち鳴らしながら火のまわりをぐるぐると歩き出した。
次に葉っぱのついた木の枝を持った人たちが出てきて、葉っぱを水に浸し、銅鑼の人たちのさらに外側に円を作ると、木の枝を振って水を散らしながらぐるぐると歩いていく。
最初はゆっくりだった銅鑼の音が徐々に速くなっていき、最終的には絶え間なく打ち鳴らし、木の枝を持った人々も高々と掲げて激しく振り、一瞬動きを止めると、最後に一度だけ大きく銅鑼を鳴らして終わった。
それからお供えを下げて調理をはじめた。皆で手分けして調理するので次々と料理ができあがり、できあがった先からみんなで食べていく。誕生の家の川魚は塩焼きにされて提供されていた。
あらかた食べ終わると、小さくなった火を消すために水をかけると思いきや、その水をお互いに掛け合いはじめた。
「えっ……? なに……?」
「最後はこうやって水を掛け合うんだよ」
何事かと驚いている私に、髪から水を滴らせながら、ナシラが笑顔で教えてくれた。後ろからアルドラがキャアキャアいいながら、水をかけてきたので、私は振り返って手近にあった桶から水をすくって、パシャっとアルドラにお返しの水をかけた。
みんなで笑いながらずぶ濡れになり、お祭りは無事に終わった。
*
雨乞いの祭りから一週間も経たず、雨が降るようになった。
雨季が続く数ヶ月に稲作を行うのだと説明を受けた。今までサトウキビ畑で作業していた時間の大半が水田での作業になるだけなので、負担が増えるわけではない。
ただ雨が土砂降りで外に出られない時には、様々な授業が行われるようになった。
最初は文字の書き方と簡単な計算だった。
「今日はこれを手本に書いてみてね」
石盤と石筆が配られ、練習をはじめる。
文字が読めるのだから、書くのも簡単だろうと気楽に考えていた。が、シェアトの文字を手本に自分の名前を書いてみると、意外と力の入れ方が難しい。真っ直ぐ線が引けずに、ガタガタの文字になってしまう。
「書くのって難しいわね」
そう言うアルドラの文字を見ると、私と同じようにガタガタの文字になっていた。
筋力の問題なのか、こんなに書くのに苦労すると思わなかったので驚いてしまった。
この感じは以前にもあったなと思い返した。確か、ここに来た当初、食事をする時にスプーンやフォークはなんとか使えたが、箸が思うように扱えなかった時と似ている。
なかなかコツが掴めずに苦労したが、それでも書くという経験がある私は箸の時と同様、一番上達が早いと言われた。
「石盤と石筆はここに入れてあるから、好きな時に使って良いわよ。線を引いたり丸を描いたり、文字だけじゃなく、書くという行為に慣れるともっと書きやすくなるからね」
シェアトは食堂に置かれている棚の引き出しを開けて、入っている石盤と石筆を見せてくれた。
計算にいたっては即戦力だと褒められ、もし数学を学びたいなら学校もあると言われたが、正直数学は学生時代も得意とは言えなかったので、アルドラとクラズの尊敬の眼差しは痛かったが、あまり興味がないと断っておいた。
シェアトの授業が終わると、次にミラクの料理教室が行われた。
火のおこし方やナイフの使い方、調理の手順など、ひとりでも料理ができるように手ほどきを受けた。これは覚えておいて損はないと、コンビニ弁当や外食ばかりで料理をほとんどしたことがなかった私は、おっかなびっくりで料理を習った。
少しづつではあるけれど、毎回同じ手順でやっていくと慣れてくるもので、ミラクが辛抱強く教えてくれるおかげもあり、二ヶ月もするとひとりで味付けまでして、みんなに提供するところまで上達した。
三人とも料理ができるようになると、次は食事当番を任されるようになった。食事当番は菜園の収穫に買い出し、調理、片付けまでを一週間単位で担当するもので、かなり実践的だ。
さすがに最初からひとりは無理なので、ミラクに細やかに助けてもらい、なんとか最初の食事当番を無事に終えた。
最初の頃にルクバトやナシラが、ミラクが優しい人だと言っていたけど、本当にその通りだな、と実感した。
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