第229話 大司教との対峙
十歳の頃に訪れ、そこから一度も来たことのないアシェリアンの神殿。
巨大な空間が広がり、真っ白な壁や天井。大きな柱が並び、差し込む光は神々しさまで感じる。
光り輝いていた魔法陣は静かに消え去り、オルフィウス王は私たちに向いていた身体を後ろに向け、そして歩き始める。それに私たちも続く。
静まり返ったその空間に、私たちの靴音だけが響いている。
この場所にはたった一度しか訪れたことがない。懐かしさを感じるほど、この場所に思い出がある訳ではない。それでもやはり、少しの感慨を覚える。
お父様とお母様と訪れたこの場所。前世の記憶が蘇ったこの場所。そして、『魔石精製』の神託を授かったこの場所……。
たった一度しか訪れていないのに、ここで起こったことは私の人生を変えた。今後の私の生きる道が大きく変わってしまった。それが良かったのか悪かったのか、まだ結果は出ていない……結果は出ていないけれど、私は良かったと思っている。
私にはこんなにたくさんの仲間が出来た。こんなところまで一緒に来てくれる大事な仲間。味方をしてくれるガルヴィオ王にオルフィウス王。そして……
チラリと横を見上げる。
ルギニアスが私の傍にいる。並んで横を歩いてくれる。
アシェリアンにはなにか思惑があったのかもしれない。アリシャもアリサもなにか思惑があったのかもしれない。それらの筋書き通りに進んでいるのだとしても、そうでなかったとしても、私は今の人生で良かったと思う。そう思える。それが私にとって誇りだ。この人生に後悔などない。歩んだ道をやり直したいとも思わない。
私は自分でこの道を選んで歩いて来たのよ。
「アシェリアンの像が……」
リラーナが呟いた言葉に皆も同様に見上げた。正面には巨大なアシェリアンの像がある。以前見たときは神々しさで圧倒された。しかし今は……?
「ど、どうしちゃったのかしら……なんだか……黒い?」
崩れ落ちたりしている訳ではない。あの当時見た記憶のままの姿だ。それなのに……なんだか清浄さがない。黒く澱んでいるような……。汚れているような……。
「聖女の加護の力が弱まっているのです」
アシェリアンの像を見上げながら呆気に取られていると、その像の足元から声が聞こえ、皆が一斉にそちらを見て警戒した。そして、背後には複数人の足音が聞こえ、私たちを囲むように立ち止まる。
ルギニアスは私の肩を引き寄せ、ディノたちも剣の柄に手をやった。
声の主は洗礼式のときに会った大司教……かなり年を取った印象はあるが、それでもその姿を覚えている。年老いた女性は当時と同じ白いローブを羽織り、無表情でこちらを見ていた。
「お前は……そう……なるほど、だから最近アシェルーダ王からの連絡がなかったのですね」
大司教はこちらを見ていたかと思うと、目を見開いた。一体なんだ、と、大司教の視線の先を追うと、そこにはオキがいた。オキはニッと笑い、両手をひらひらとさせる。
「ハハハ、すみませんねぇ。あんたたちがなにをしたいのかが分からなくて、こちらに付かせてもらいました」
そういえば、とオキを見る。
「最近アシェルーダ王への連絡をしていなかったわね」
「そうそう、ラフィージアへと渡った報告は全くしてなかったしね」
「良かったの?」
「んー、まあ、いいんじゃない? あっちから連絡もなかったし、そもそも定期連絡と言ってもあんたの映像を送っていたくらいだしな」
「映像……」
「そ、ルーサの映像を送れって言われてたけど、なんのためかは知らない」
そう言ってオキは大司教を見た。その視線に溜め息を吐いた大司教は、真っ直ぐにこちらを見たかと思うと、私と視線がぶつかった。真っ直ぐ向けられたその目は逸らされることなく、そして落ち着いた声で話す。
「貴女の映像を送るように指示したのは、貴女の母親からの願いだからです」
「!?」
その言葉に全員が驚いた顔となり、大司教を真っ直ぐ見据える。
「彼女のことをサラルーサ・ローグだと分かっての発言だな?」
オルフィウス王が睨むように聞いた。大司教は頷く。それを見たオルフィウス王はさらに続ける。
「彼女の母親は聖女なのか? 今、どこにいる?」
「…………」
大司教は答えるべきかを悩んでいるのか無言のまま俯いた。
「なぜルーサの命を狙う?」
「…………私にはアシェルーダ王の考えなど分かりかねます。女神アシェリアンの神託は『あるべき姿に戻る時が来た』と。だから私はサラルーサ・ローグ、貴女が生きているのもまた女神の意思であると受け入れました」
「それは、ルーサが聖女ではなかったことを、仕方がないから受け入れてやる、と言っているようだな」
ルギニアスから魔力が溢れ出すのが分かる。怒ってくれている。きっとルギニアスは私のために怒ってくれているんだ。
「ルギニアス」
私はルギニアスの手を両手でぎゅっと握り締めた。そのおかげか少し力を抜いたルギニアスの魔力から怒りが鎮まってくるのが分かった。
オルフィウス王がそんなルギニアスの言葉に続くように話す。
「やはりルーサが『聖女』の神託ではなかったことが、全てのことへと繋がる訳か……」
大司教はゆっくり深く溜め息を吐くと、こちらを真っ直ぐに見据え話し出す。
「貴女方ももうおおよそのことは分かっているのでしょう? サラルーサ・ローグ、貴女は本来聖女でなければならなかったのです」
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