第144話 証拠と交渉

 男は周りに人がいないことを確認すると、その魔導具をグッと握り締め魔力を送ったようだ。そして手を開いた上に乗る魔導具はぼんやりと光り出す。


『なんだ? なにかあったのか?』


「「「「!?」」」」


 魔導具からはなにやら男の声が聞こえて来た。


「つっ……」


 通信用魔導具か! 思わず口に出そうになり、慌てて口を噤んだ。魔獣の森で騎士に渡される通信用魔導具は腕輪型だった。これは球体でしかもあのときの魔石とは気配が違う。通信だけでない、ということかしら……。


「あー、あいつらガルヴィオに渡るようですがどうします?」


「「「「!?」」」」


「なっ!」


 この男の雇い主に私たちの行動を報告しているのね! 今までこうやって私の行動を報告されていた訳か。と、止めないとまたずっと見張られる? いや、でももう姿を現した時点で見張りとしての役割を果たしていないんじゃ……。


 そう思ったことを予想していたのか、その男はニッと笑いながら人差し指を自身の唇の前で突き立てた。

 それを見た私たちはぐっと口を噤み、その状況を見守る。


『そのまま監視しろ。まあガルヴィオに渡ることが出来るとも思えんが……』


 魔導具から聞こえる男の声は笑っているのか、声が揺らいだ。


「あー、ですねぇ。でももし万が一渡った場合もそのまま監視ですか?」

『あぁ。それといつも通り映像も例のところへ送れ』

「はいはい、了解しました」


 そう言ってプツンと通信を終えた。


「と、まあこんな感じであんたの行動を報告と映像を送ったりしていた」


「それを聞かせたからといって、だからなに?」


 私にそれをバラす意味が分からない。仲間になりたいというのは本心ということ?


「んー、まだ俺のこと信用出来ない?」

「出来るわけないでしょ。なにがしたいの?」

「だからあんたらの仲間にしてくれ、って」

「それを信じろと?」

「はぁぁ、もう! 仕方ないな! とっておきだぞ?」


 深い溜め息を吐いた男はさらに胸元からなにかを取り出した。


 取り出したものはまた違った魔導具だ。小さな箱。中からはまた違う魔石の反応を感じる。それを男は開けるとそこからは先程通信していた男の声が聞こえて来た。誰かと会話しているようだ。


『アグナ・ローグとミラ・ローグが参りました』

『そうか……ミラ・ローグを神殿へ連れて行け。もう戻ることはないだろう。役目を果たせぬローグ家などもう必要ない。爵位を返上させろ……』


 そこで音は途切れた。


「な、なに!? どういうこと!? 無理矢理爵位返上をさせたの!? 役目を果たせぬってどういうこと!?」


 頭が混乱し叫ぶ、リラーナが私に寄り添い、ディノも男に詰め寄った。


「今のはなんだ!? 誰の声なんだ!?」


 ディノは男の胸倉に掴みかかった。男は特に抵抗するでもなかったが、ディノの手首を掴むと力尽くで自身の胸から外した。


「誰って……」


 ハッと鼻で笑った男は言葉を続けた。


「爵位返上を理由なく命令出来る人間なんて一人しかいないだろ」


 理由もなく爵位返上を命令出来る人間……この国で一番権力のある人間……


「ま、まさか……国王……? な、なんで国王陛下が……?」


 全員が茫然とした。まさかお父様とお母様を無理矢理連れて行き、強制的に爵位返上させたのが国王だなんて……。

 お母様が聖女だからといって無理矢理そんなことをする理由が分からない。結界の守護をさせるためだとしても、ローグ家を潰す必要があるの!? なぜローグ家は潰されないといけなかったの!?


「一体どういうことだ? なぜ国王がローグ家を……?」

「さあねぇ。詳しいことは俺は知らない。ただ雇われただけだからな」


 イーザンは怒るディノを抑えるように、ディノの肩を引いた。そしてその男に詰め寄り聞く。


「お前はなぜこんなものを持っている?」

「一応自分の身の安全のため?」


 ハハ、と笑った男はすっとその魔導具を再び胸元に隠した。


「こんな仕事をしているとなぁ、逆に自分が狙われることも多々ある訳よ。だから雇われたときに、後でこっそり忍び込んで録音していたって訳」


 そしてニヤッと笑った男は……


「これで信用したか? 俺を仲間にすれば国王と交渉出来るかもよ?」

「お前……」


 イーザンは男にさらに詰め寄ると、男は座っていた石柵から飛び降り後退る。


「おっと、この魔導具は渡さねえよ? 俺の命綱だからな。俺になにかあればあるところに送られる仕組みにしてある」


 もうなにがなんだか分からない……この人を味方にするほうが有利なのかしら……。一歩踏み出し、男に向かう。


「なぜ私たちにそれを交渉の材料として知らせたの? 自分で国王を脅したほうが得なんじゃないの?」

「んなもん、俺が国王なんかを脅したところで逆に消される確率のほうが高いだろうが」


 ハッと笑った男は呆れた顔をした。


「そうね……」

「まあ、簡単にやられるつもりもないがな」


 もう今はなにも考えられなかった……。


「で、どうする? 俺を味方にしたら得だぞ? ガルヴィオの船にも乗れるかもしれないし」


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