第136話 朝市
『お前はなんのために俺の封印を解いたんだ』? な、なんでそんなことを聞くの?
ルギニアスが私を見下ろす。酷く冷たい眼のような気がして怖い。怒ってる?
「なんのためにって……あのときはただ……ディノとイーザンを助けて欲しくて……」
ドラゴンの攻撃に瀕死だった二人を助けたくて、どうしたら良いのか分からなくて、言われるがままにルギニアスの封印を解いた。魔王だろうがなんだろうが、ルギニアスなら助けてくれると思ったから。
ルギニアスは眉間に皺を寄せ、さらに睨む。な、なんでそんな睨むのよ。
「あいつらを助けたのはついでだ。お前の命がかかっていたからだろうが。お前は自分の命をなんだと思っている」
「あ……」
あのときあのままディノとイーザンがやられていたら、私は死ぬしかなかった。戦う術もない私なんて一瞬で殺されただろう。
ルギニアスは私を助けるために「封印を解け」なんて言ったということ? 私のことを心配して?
ルギニアスは真っ直ぐに私を見詰めている。睨むように真剣な目。その目にドキリとする。
「お前は自分の命を後回しに考え過ぎだ。あのときなぜ俺を止めた」
「あのとき……?」
「獣の群れが襲って来たときだ。お前は俺を止めて自分で戦おうとしただろうが」
狼の群れに襲われたときのことか……、あのときはあれが正解だと思った。でも確かに自分が死ぬかもしれないということはどこか現実的には考えられていなかったかもしれない。
だから皆もあんなに怒ったのよね……。まさかルギニアスにまで怒られるとは……。
いつものルギニアスなら「面倒くさい」とか言いそうなのに、こんなに心配してくれていたんだ……そのことになんだか嬉しくなってしまう自分がいた。
「おい、なに笑ってる」
「へ?」
私、笑ってた!? 無意識に頬が緩んでいたようだ。ルギニアスの目付きがさらに一層鋭くなる。
「お前な!! 分かってんのか!? 二度とあんな真似するな!! どうせお前のことだ、俺の力が周りにバレることを考えて止めたんだろうがな、次は止めるな!! 分かったか!!」
あまりの剣幕に思考が一瞬停止してしまい、目を見開いたまま固まってしまった。
「ル、ルギニアス……そんなに私のことを心配してくれてたんだね……ごめんね、分かったよ、二度と止めないから」
まさかこんなにルギニアスが心配をしてくれていたなんて。嬉しさとなんだか照れる気持ちとでふわふわとした気分になり、か、顔が緩む……。
「は!? し、心配なんかはしていない!! た、ただ俺は…………」
カッと顔を赤くさせ怒り出したルギニアスはなにかを言いかけて止まった。そして「フン」と鼻を鳴らすと再び小さくなり、ふて寝するように背を向け枕元に横になったのだった。
「ルギニアス……ありがと……」
背中に向かって呟いた言葉にはなんの反応もなかったが、ふわふわとした嬉しい気分で眠りに就いたのだった。
翌朝、宿の近くにあるパン屋で朝食を取り、そのまま街の散策を始める。
「とりあえず港に行ってみるか?」
「そうだね、船も間近で見てみたいし!」
リラーナもウンウンと頷き、港へ向かうことになった。朝からすでに街は活気づいて、多くの人が行き交っている。港へ近付くにつれなにやら大勢の人が集まっているのが見えた。
「なんだろ、やたら人が集まってるわね」
「あー、朝市だな」
「「朝市?」」
リラーナが人だかりを見て呟き、ディノが同様に視線を向け答えた。
「港の近くで水揚げされたばかりの魚や、ガルヴィオから入ってきた物なんかを売っていたりする。エルシュでの名物になってるから、観光名所にでもなってんじゃないか?」
「「へぇぇ」」
ついでに寄ってみるか、とディノが促し、私たちは大勢の人たちで賑わっている通りへ向かった。
大きな通りの両脇に露店が多く並び、そこには魚や野菜、果物になにやら見たことがないような物やお菓子らしきものも売っている。そしてなにやら良い匂いも漂ってきて、朝食を食べたばかりだというのにお腹が鳴ってしまいそうだった。
「なんの匂い?」
「あれか?」
ディノが指差した方向を見ると、露店でなにかを焼いているようだった。匂いに釣られるようにその露店に近付いていくと、そこではなにやら平たいものを焼いて、それにタレを付けて再び焼いていた。そのためそのタレの匂いなのか香ばしく食欲をそそる良い匂いが漂っている。
店先では皆がそれを買い、立ち食いをしていた。
「な、なにあれ……美味しそう……」
「アハハ、せっかくだし食ってみるか」
リラーナが今にも涎を垂らしそうな勢いで見詰めていたため、皆で笑った。そしてディノとイーザンが私たちの分も一緒に買って来てくれる。鞄で寝ていたルギニアスも匂いに釣られてかひょっこり顔を出し、私の肩に乗った。
「魚をすり身にして固めたやつを焼いているらしいぞ」
「魚をすり身!?」
初めて見るそれに興味津々となる。平たく伸ばされたそのすり身はタレが染み込み茶色くなっている。そしてしっかり目に焼いてあるためか、表面は少しだけ焦げ目のように色が変わっていた。
紙に包んであるとはいえ、熱々のそれは持っているのにも大変だったが、せっかくの熱々だ、とばかりに皆一斉に頬張る。
熱々を少し冷ましながら齧り付く。周りは香ばしくカリッとした食感、そして中身は白くふわふわの食感だった。タレが程良く甘辛い味付けで、皆の口は止まることがなかった。
「「美味しいぃ!!」」
リラーナと二人でほくほく顔だ。
「これは確かに美味いな! 酒が飲みたくなる」
ディノがアハハと笑いながら言った。この濃い味付けなら確かにお酒に合いそうね。朝っぱらからは飲めないけどね、と笑う。
ルギニアスも食べるかな、と差し出してみると、ちっこい身体のまま大きな口を開け齧り付く姿がなんとも可愛く、笑ってしまった。
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