第125話 エナとの再会
記憶に残る姿よりも歳を取った感じはある。しかし、確かに見覚えのある顔。厳しくも優しくあった、私の大事な家族。生まれたときからずっと世話をしてくれていた乳母のエナ。間違うはずがない。
確かにエナがそこにいた。
ローグ伯爵家の使用人たちは平民がほとんどだった。
領地自体も小さい上に、他の貴族と関わりがある訳でもない。登城することもなかったローグ伯爵家はかなり特殊であった。
使用人たちは平民から募集し、面接、雇われ、教育を施され勤めることとなる。騎士だけは特別な技能が必要となってくるため、国から派遣されて来ていたようだ。
幼かった私には他の貴族とは明らかに違うローグ伯爵家の状況に気付くことはなかったが、王都に長い間住み、貴族というものがどういうものなのか、など、様々なことを知った後から思い出してみると、ローグ伯爵家はかなり特殊だったのだ、ということが分かった。なぜそうだったのかはいまだに分からないのだが。
だからローグ伯爵家に勤めていた使用人たちは屋敷から離散させられてしまった後、ちゃんと働き口を見付けることが出来たのかが心配だった。実家がある者なら問題ないのかもしれないが、そうでない者、遠方からやって来ていた者、そういった使用人たちのその後の生活が心配だった。
エナは一体どういう生活を送ってきたのだろうか……。
「?」
その女性は私の顔を見てキョトンとした顔をした。
「あの、私の名をご存じなのですか? どこかでお会いしましたでしょうか?」
リラーナたちもどうしたのか、と怪訝そうな顔をする。
「ルーサ、どうしたの? 知り合い?」
「うん……私の……大事な家族……」
「え!? か、家族ってローグ……あわわ」
思わずローグ伯爵家の名を口にしかけたリラーナは慌てて口籠る。
「ローグ……?」
女性は怪訝な顔となった。そして私をじっと見詰める。私は女性に近付き、両手を握り締めた。
「エナ……私はルーサ……サラルーサ」
女性の目を真っ直ぐ見詰め、呟いた。女性は私の言葉に目を見開き、じっと見詰めた。そしてその大きく開かれた目からは涙が溢れ出し、私が握り締めていた両手を今度は自身から握り締め返す。
「お、お嬢様なのですか……? 本当に……? 本当にサラルーサお嬢様なのですか?」
嗚咽を上げ、涙を流し出したエナは私をぎゅっと抱き締めた。もうすっかり背も同じ高さ程となり、私を抱き締めるエナはあの当時よりも小さく感じた。
店主に古い知り合いだから少し話をしたいとお願いし、エナと私たちは店を出てひと気のない場所へと移動した。
「取り乱してしまい申し訳ございませんでした」
エナはハンカチで涙を拭いながら言う。
「本当にサラルーサお嬢様なのですね? 成長されておられるというだけでなく、その……髪色が違うものですから……すぐに気付かず申し訳ございません」
あ、そっか、エナとはローグ伯爵家の屋敷で洗礼式と神託のため出発した日を最後に会っていない。髪色を変えたのは神託を終えたばかりの王都でのこと。エナが知っている訳がない。年齢もあのときの幼い頃よりは大人の顔付きになったはずだ。分かるはずもないか、と苦笑した。
「私こそごめんね。髪色は王都で変えたの。神託後に一人で王都に残るようお父様に言われて、髪色を変え、長さも短くしたのよ。その後ダラスさんという魔石精製師の人のところで住み込みで弟子入りすることになってね……」
「そうだったのですね……ご苦労をされたのですね……」
そう言うエナは再び涙を流した。
「エナは今なにをしているの? ローグ家の屋敷を出てからはなにをやっていたの? 他の使用人のみんなはどうなったの? それに……お父様たちはどこに……」
聞きたいことがいっぱいあり過ぎて止めどなく質問が口から溢れる。
「ルーサ、そんなにいきなりたくさん聞いたらエナさんも困っちゃうわよ」
リラーナが苦笑しながら私の顔を覗き込んだ。
「あ、あぁ! ごめん、エナ!」
「フフ、いえ、お嬢様がお元気そうで、そしてなにより素敵なお友達が出来たようで嬉しい限りでございます」
そう言って目には涙を溜めながらにこりと微笑んだエナはゆっくりと話し出した。
「そうですね……なにからお話したら良いのか……」
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