第123話 魔物の子
「人の子……ではない、よね?」
リラーナが恐る恐る口にする。
「あ、あぁ……だよな……」
皆が見詰める先に横たわる人の子らしき姿の生き物。それは人の子とそっくりでありながらも、人の子ではないとはっきりと分かる。
なぜならその倒れている子供の額には……小さいが角のようなものがあったのだ。
身体は見た限りでは人間と同じ。足も手もあり、服から剥き出しになって腕や脚が見えるが、それは酷く痩せ細っていた。身体は服で隠れてはいるが、腕や脚から想像するに身体も恐らく痩せ細っているのだろう。
この姿だけを見たら街の人々が人の子だと勘違いするのも当然だ。人間となんら変わらない。額の小さな角さえなかったら、全く見分けがつかないだろう。
「魔物……なのか?」
ディノが呟いた言葉に、イーザンもリラーナも怪訝な顔をする。
「魔物ってこんな人間そっくりなの……?」
「本で見たことがあるのは獣のような姿だったり、見たこともないような醜悪な姿の魔物だったりだがな……。まさかこんな人間そっくりの魔物が……?」
人間そっくりの魔物……それに関してはルギニアスが魔王だと知っている私にしてみれば、驚く話でもない。私自身も本でしか魔物は見たことがないけれど、人間の姿と変わらない魔物がいても可笑しくはないと思っている。ルギニアスは人間となにも変わらないのだから。
「死んでいるのか?」
ディノは警戒しながらも、その倒れている魔物の横に膝を付いた。
恐らくこの魔物はもう死んでいる。魔力を一切感じない。特に外傷も見当たらないし、痩せ細っていることから考えて、飢えて死んだのかしら……。
ディノはその魔物の身体に触れた。そしてその魔物を仰向けに寝かせる。
こうやって寝かされている姿を見ると、角を隠され対峙していたら、魔物であるという事実には気付けなかったかもしれない。角がなければ全く気付かなかっただろう。
イーザンもディノと反対側に膝を付き、魔物の身体を確認していく。
「もう完全に死んでいるようだな。少し外傷はあるが、致命傷になるような傷ではないし、毒や病で死んだような気配もない。どうやら餓死のようだ」
イーザンはひとしきり確認をすると、小さく溜め息を吐き立ち上がった。
「どうする? ……これ」
ディノが呟いた言葉に、皆で顔を見合せる。
小さな魔物……人間と同じ姿の魔物……きっとミスティアさんが話してくれたように、人間と同じ姿だろうが、子供の姿だろうが、おそらく生きていたならば、きっとこちらを襲って来たのだろう。恐ろしい存在であることには変わりがないのだろう。でも……
「埋葬してあげたい……このままここに放置して獣に荒らされたり、人間に見付かって無意味に雑に扱われたりするのは忍びない……」
だって、きっとこの魔物は望んでこちらの世界に来たのではないだろうから。聖女の結界は弱まっているとはいえ、未だ健在のはず。ならば、そう簡単には魔物はこちらの世界には来られないはずなのだ。だとすると、予期せぬ事態でこちらの世界に来てしまったのかもしれない。しかもこの魔物は子供だ。もしかしたら親とはぐれて独りになってしまったのかもしれない。そう思うと魔物だろうがなんだろうが、可哀想だと思ってしまった。
三人は私の顔を見た。そしてフッと表情を緩めると頷いてくれた。
「そうだな、よし、ここに穴を掘って埋めてやるか。それで街の奴らには『森にはなにもいなかった』と報告すればいいか」
ディノはニッと笑って言った。それに全員が頷く。
そしてディノとイーザンは洞窟内の地面を掘り起こしていく。リラーナもその姿を見詰めている。
私の肩に乗るルギニアスはじっとその光景を見詰めていた。あの魔物の子を発見してからなにも言葉にしない。
「ルギニアス……大丈夫?」
やはり同族の子供が死んでいるところを発見してしまいショックを受けているのだろうか。少し心配になり、皆には聞こえないようにルギニアスの反応を伺った。
「大丈夫だ……おそらくあいつはたまたまこちらに流れて来てしまったのだろうな……」
ルギニアスは悲痛な表情をするでもなく、ただ……ただ真っ直ぐにその魔物の子を見詰めていた。
「本来聖女の結界は強い魔力に反応する。魔力がほとんどないような小さな子供は、結界が弱まっているときにたまにすり抜けることがあるようだ。だからあいつは知らずにこちらに流れて来てしまい、帰る方法が分からなくなった。そして食べることも出来ずに死んだ……」
「知らずにこちらに来てしまい……飢えて死んでしまったのね……」
「魔物とて食べるものは人間と同じだ。肉や野菜や果物も食う。人間も、な……。魔力を食って生きている奴もいる。だから人間を襲う……。しかし、この子供は独りになって、食べていくための知識もなく、どうしようもなかったのだろう……生きるための知恵がなければ死ぬのは必然だ」
「そう……なのね……」
魔物が人間の魔力を食う……それは私の魔石精製の能力と同じなんじゃないだろうか、とふと考える。私がやっていることって魔物が人間を襲っていることと同じ……。それは決して誇れることでも魔物を責められることでもないような気がした……。
「お前はまた余計なことを考えているだろう」
ルギニアスが私の頬をピシッと叩いた。全く痛くはないのだけれど、なんだかルギニアスに考えていることを見透かされた気がして、しどろもどろになる。
「え、べ、別になにも……」
「所詮、魔物と人間は相容れない。お前がやっていることと、魔物が人間を食うことは同じであろうと、そうでなかろうと、そこに関係はない。遥か昔からそうやってお互い生きてきただけだ」
「そう……だね……」
ルギニアスに慰められた気がした。
魔物とは……私が本や歴史で知っていた『魔物』。歴史が嘘を語っている訳ではない、とは思う。でも……なんだか私たちはもっと魔物のことを知らなければならないんじゃないか、そう思う出来事だった……。
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