24、褒め称えるがよい!この俺様、次期皇帝イゼキウスを!
「昨日は調子に乗ってしまったな。一晩お薬飲んで寝たぐらいで引き篭もりが卒業できたら誰も苦労しないんだ。みんなそう思うだろう?」
翌日、まだ怠惰モードの抜けきらないエミュール皇子は、ベッドの中で丸くなっていた。
「違約金払うから寝かせておくれ。私は病人だ、こほっ、こほっ。二度寝しよう。私のジャンヌ、子守唄を歌っておくれ」
「殿下、時間ですので」
ランヴェール公爵は容赦なくエミュール皇子を引きずり、城の中庭に連れて行った。途中で老ゼクセン公爵が合流して「殿下、さすがに寝巻姿はいかがなものか」と説教をしている。
中庭には、『聖剣抜きます会』の会場がセッティングされていた。昨日の今日だというのになかなか立派な会場で、しかも他の皇族も数人待機している。
皇帝や皇妃の姿はみえないが、第二皇子は「僕は兄上が剣を抜くところを拝見します」と言い、幼い第三皇子が「ボクは剣を抜いてみたい」とやる気で、第一皇女が「剣を抜いたりしたら大人がうるさいわよ、知らないわよ」と言いながら弟にクマのぬいぐるみを持たせていた。第二皇女はというと、頬を初々しく染めたりして、皇帝の甥であるイゼキウスに「先日の叔母様の命日に間に合わなかったのですが」と白い花を渡していた。
そのイゼキウスに恐る恐る礼をして主人からの贈り物を差し出すのは、ランヴェール公爵夫人が実家にいた頃からの専属メイド――ディリートが重用しているエマだった。
「公爵夫人は夫に贈り物をしたことがないという噂だが、俺には贈り物をしてくれるのだ。ははっ」
イゼキウスはわざと大きな声で笑い、贈り物が聖剣を抜く鍵であることを確認して、ニンマリした。
『敵対陣営に情報漏洩された疑惑があってあやしんでいたが、やっぱりお前は俺の味方だな……!』
イゼキウスの緑色の瞳がディリートを見て、心情をありありと伝える。とてもわかりやすい。
「本日の会場セッティングは、
ランヴェール公爵はイゼキウスの声が聞こえないフリをしながら、『聖剣抜きます会』について説明した。
剣身の幅が広い大きな聖剣は、岩に刺さっていた。
普段は宝物庫に岩ごと置かれているらしいのだが、岩ごとエッサホイサと運ばれたのだとか。
「引き篭もりだったエミュール皇子殿下が部屋の外に出られたって」
「寝巻姿じゃないか」
「咳をなさってるぞ」
ざわざわと臣下が見守る中、エミュール皇子はディリートを呼んだ。
「ジャンヌ、私のジャンヌ。私に神の声をさえずっておくれ」
ジャンヌというのは、ディリートのことだ。
「あれが噂の葡萄夫人」「第一皇子のジャンヌ……」と注目が集まる中、ディリートはドレスの裾をつまんで優雅な礼をした。カーテシーと呼ばれる伝統的な礼は、基本的に子供の頃から教え込まれる。育ちの良し悪しが一目でわかってしまうのだが。
「実家で『落ちくぼ姫』のような扱いだったと噂があったので、ろくな教育を受けられていないとばかり思っていたが、美しい所作だな」
「話すときの発音も綺麗で、上流の品があるではないか」
――周囲の反応は良好だ。
(一度目の人生では立ち居振る舞いもカーテシーも発音も下品だと言われたけれど……)
イゼキウスに教えられて、努力して改善したのだ。
「我が君、エミュール皇子殿下」
ディリートは小声で言葉を贈った。
「先に他の方々に挑戦していただきましょう。我が君の出番は、最後になさいませ」
エミュール皇子の林檎色の瞳が信頼の色を浮かべてディリートを見つめる。幼く聞こえる声は、助言に従う意思を響かせた。
「皆、私は最後でいい。着替えもしたいし。挑戦したい者は先に聖剣に挑むといい」
エミュール皇子が着替えをする間に、幼い第三皇子がトテトテと聖剣に近付いた。
「えーい。……ぬけなぁい。もういいや」
幼い第三皇子は剣をぐいぐい引っ張り、三秒で諦めた。
「ふっ、子供のオモチャではないのだ」
皇帝の甥イゼキウスは大人の余裕を漂わせようとして失敗しながら聖剣へと歩み寄る。
「あの殿下は、不穏な噂がいくつもあるが……」
「万が一にでも聖剣を抜かれてはたまらないぞ」
イゼキウスは、首飾りの宝石を聖剣の柄にあててニヤッとした。
そして、勝利を確信した顔で演説をした。
「聖剣とは、選ばれし者にしか抜けないものである。誰が選ぶのか? それは、神である。神に選ばれるとはどういう意味だろうか? 皇帝の資格をたまわるという意味……『
自分が失敗するとは露ほども思わない、余裕たっぷりの顔だった。
「見るがいい! 本日、諸君らは伝説の見届け人となる! 褒め称えるがよい! この俺様、次期皇帝イゼキウスを!」
その手がグッと聖剣を握り、グイッと引く。会場中に緊張が走った。抜く気満々だ。絶対抜けるぞって気配が全身からあふれている……!
ぐいっ。
「……あれっ?」
聖剣は、微動だにしなかった。
ぐい、ぐい。
「ぬ、ぬぬ?」
イゼキウスは「おかしい」と呟いて両足をふんばり、両手で聖剣の柄を握って、渾身の力で引っ張った。
「うーん。うーん?」
顔が赤くなっていく。全筋力と全体重をかけて、一生懸命引いている。しかし、聖剣はビクともしなかった。しまいには汗で滑った手が剣の柄から外れて、べしゃっと尻餅をつく始末。尻餅をついた姿勢でゼエゼエと肩で息をしながら聖剣を見つめる青年の姿は、滑稽だった。
「ぷっ……」
「こら、笑っちゃいけません」
第三皇子がクマのぬいぐるみを抱っこして笑いだし、姉皇女がたしなめている。臣下たちも「笑ってはいけないのだ」「しかし」という顔で目を逸らしたり口元をゆがめたりしている。
「な、なぜっ? なぜだっ? なぜ抜けぬ?」
イゼキウスは諦めきれない様子で立ち上がり、臣下と一緒になって剣をグイグイ引っ張った。
「グレイスフォン皇甥公爵殿下、そろそろ諦めていただいても?」
しばらく経ってからランヴェール公爵はヒンヤリと冷えた声で言って、タイムリミットを告げ、イゼキウスを聖剣から引き離した。
(悪いわねイゼキウス、その首飾りはニセモノなのよ)
表面上は「どうしてうまくいかなかったのかしら。ディリートには、わかりませんわ……」といった感じの不思議そうな視線を注ぎつつ、ディリートは手に持っていた扇に羽ペンで文字を書いた。
『宝石を剣の柄にあてるのです』
イゼキウスがたった今、剣の抜き方を教えてくれたのだ。
ロラン卿に頼んでエミュール皇子の近くで扇を落とさせると、エミュール皇子は従者が拾ったそれをチラッと見てから、「わかったぞ!」といったキラキラした視線を送ってくる。
「ちなみにそなたの夫は、妻からの贈り物を欲しがっていません」
主君の視線をさりげなく全身でさえぎり、妻の視界に入った夫ランヴェール公爵が無感情な声で淡々とささやく。
「妻とは、いてくれるだけで尊いのではありませんか。つまり、存在そのものが贈り物……『マルクスの夫婦論』にはそのように説いてあり……」
公爵は『マルクスの夫婦論』の信奉者だ。
(『マルクスの夫婦論』には、妻側がどう振る舞うべきか、も書いてあったりするのかしら?)
夫の愛読書に好奇心を覚えつつ、ディリートは「ランヴェール公爵様にも、今度なにか贈ってみましょう」と思うのだった。
「子供のオモチャではないのだ」
エミュール皇子がイゼキウスと全く同じことを言って聖剣に近付いている。
今日中に次話更新して剣を抜いたら違約金払わなくていいかな? ――皇子の眼は、そう問いかけていた。
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