第4話 軍神

八幡原の霧が晴れて行く。


陣太鼓の音色と共に。


狼狽した相手を迎え撃つ。


往年の宿敵が、我が策にはまり、ここ八幡原にて決戦す。


啄木鳥戦法の成功を、信じて止まない心中を否が応にも太鼓の音色が後押しする。


その強き思いが面前の霧を晴らした。


と、信玄は思った。


そう思う信玄の耳に太鼓とは違う、音が聞こえた。


(馬?)


先程の高揚感から一気に信玄は身構えた。


周りの兵は未だに、太鼓の音色と同時に晴れ始めた霧に神妙さを感じ、その音には気付いていない。


「ぱかっぱかっぱか。」


一騎の馬が霧を裂き、八幡原の中央を掛ける。


「ん?」


武田軍はその馬に目をやる。


そして皆気付く。


あの一騎の疾走によってこの霧が晴れて行った事を。


「あ、あれは!!!」


武田方の兵が、その馬を指さし言う。


「あの月毛は!!!!」


その騎馬武者はその声を置き去りにしんがら突き進む。


目指すは一つ。


信玄の本陣。


「て、て、敵襲!!!!」


その馬の主は誰でも知っている。故に、腰を抜かしながら叫んだ。


「?????????」


信玄はその声を聞くと、陣幕に戻り椅子に座りなおす。


そして目を閉じ深呼吸をする。


ぐっと膝の上で軍配を握り、耳を澄ます。


陣太鼓の音色に合すような綺麗な馬の蹄の音。


軍団の混乱の音、陣幕に駆け付ける近習の声。


「ドン!ドン!ドドン!!」


信玄は目をつむり、雑音を全て遮り、陣太鼓の音色と馬の蹄だけに集中していた。


徐々に馬の蹄の音が近付く。


「ドン!!ドン!!ドッ!!」


太鼓の音色が崩れた。


その瞬間信玄は括目し陣幕の入り口に目をやる。


その刹那。


信玄はにやりと笑った。


「来よったか。」


そう呟くと、陣幕の入り口は一頭の馬によって蹴破られ、わき目もふらず信玄に向かって来た。


「景虎~~!!!!」


信玄は叫ぶ。


騎馬武者は抜刀、片手に手綱を強く握ると信玄に一太刀を入れる。


「御館様!!!」


周りの近習が叫ぶ。


「カキ――ン!!!!」


信玄は軍配でその太刀を弾きその騎馬武者に向かって


「見破ったか景虎!!!」


と叫んだ。


景虎と呼ばれた騎馬武者は手綱を返し、信玄を見る。


そして


「信玄よ。この霧を裂くは、諏訪の音か、毘沙門か。」


と、だけ言うと更に二の太刀、三の太刀を浴びせかける。


信玄はそれを軍配で受け止める。


その気迫に近習の兵は近づけなかった。


いや、信玄の口元が少し笑っているように見えたのが不気味で止めることに躊躇していた。


そこに、遠くから伝令の声がした。


「は、は、八幡原に上杉軍が現れました!!!!」


「!!!!!!!」


周りの兵は混乱の極みに達した。


それを感じた、馬上の男は手綱をまた引き信玄に向かって


「どうやら毘沙門が裂いたようじゃ。楽しもうぞ。」


と、言うと来た道をまた駆け出した。


「お、御館様!!!お怪我は!!」


諸将が近付く。


「大丈夫じゃ。大丈夫。」


信玄は走り去る騎馬武者を見ながら言う。


見惚れてしまいそうな、月毛に跨る騎馬武者は、その姿をどんどん小さくしていく。


「ふ。軍神か…。」


信玄は手に握る軍配の太刀傷に目をやり呟いた。


第4話 完








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る