35、もういちど、あなたと

 結局、パーティは日を改めることになってしまいました。

 

 ユスティス様は笑って「やってしまったことは仕方ないね」と仰り、アミティエ様はその隣で手作りのお弁当をいそいそと広げて、「見てください。果実をお星様のかたちにカットしてみたんです」と誇らしげにアピールしています。


「食べさせてほしいな、アミティエ。あーん」

「まあ、ユスティス様ったら」

 

 ポッと頬を染めつつ、アミティエ様は「あーん」をしてあげています。

 おふたりが幸せそうで、なによりです。


 トムソンは、またピアノの練習に打ち込むようになりました。

 けれど、お家に帰った後はエヴァンス叔父様がピアノの練習を中止させてまで話しかけてきて、一緒に次の小説を考えたりするようになったのだそうです。

 

「ちなみにボク、諦めていない」

「えっ」

「ふふ。婚約破棄って小説にあっただろ? 最近、小説の影響で貴族の間にもちょっとした理由での婚約破棄が流行し始めてるんだよ」

「し、知っていますが。すごくすごく、はい。なんなら、流行元も把握しています……おほほ。い、嫌な流行ですわね」

「そう? ボクは、どんどん広めていくよ、婚約破棄。王族相手だって、婚約破棄してもいいじゃない! って」


 わたくしとトムソンが話していると、ナイトくんがぐいっと間にねじ込まれました。

「ち、か、い」 

 ナイトくんを間にねじこんで低く唸るように仰るのは、オヴリオ様です。

 

 視線を向けると、むすりとした顔のオヴリオ様がわたくしをぐいぐいと抱き寄せて、「王子命令である。当て馬令息トムソンは俺の婚約者と話すときは五歩分の距離より近くに寄ってはいけない」などとのたまうのです。


「婚約破棄? そんな流行は布告を出して禁止だ禁止」

 

 しかし、トムソンは怯えたりすることはなく、対抗するみたいに言うではありませんか。

 

「悪い王子様だ。暴君だ。ざまぁされるキャラがいるよ! 馬鹿王子!」

「馬鹿王子で何が悪い! 馬鹿でも王子は王子だ!」

「うわあ、すっごい馬鹿っぽい!」


 トムソンとオヴリオ様がぎゃあぎゃあ言い合う姿は子供同士の喧嘩のようで、じゃれ合いのようで。

 

 ……実はこのふたり、仲が良いのでは?


 なにやら、そう思ってしまうわたくしなのでした。

 

「にゃあ」

 白ネコの姿でわたくしたちの周りをうろつくのがすっかり気に入ってしまった様子のレティシアさんは、まだ学生たちに正体を知られていません。


「レティちゃん、ミルクですわー!」

「レティちゃん、ネコじゃらしですわ」

「きゃっ、花瓶がひっくりかえりましたわ! ああっナイトくんの剣が濡れちゃいましたわよ」

「きゃー、ナイトくんっ!」

 

 噂好きのご令嬢たちは、ナイトくんとお友達だか戦友だかになったようで、ナイトくんや白ネコのレティシアさんと一緒に楽しそうにしています。

 正体が魔女のレティシアさんだとは知らないはずなのですが、なぜか学生たちは白ネコの名前を統一するようになって、「レティちゃん」と呼ぶ最近です。


「ハンカチをどうぞ」

 アミティエ様がハンカチを差し出すと、令嬢方はかしこまりつつも、敬愛のこもった微笑みとお礼を返して、そのハンカチを受け取っていました。


「君のおばあさまも、お元気になられたんだって? ……召し上がれ」

 オヴリオ様がわたくしをソファに座らせて、『断罪バーガー』を切り分けてくださいます。


 なんとこの断罪バーガー、オヴリオ様がご自分でつくったのだそうです。

 なぜ。


「ええ。すっかりお元気になられて、お医者様もびっくりですわ」


 家族ひとりひとりを思い浮かべれば、皆が笑顔で、胸の中がポカポカします。


 断罪バーガーをぱくりといただけば、バンズ生地はぺたっ、くたくたっ、としていて、緑葉の野菜がしんなりしていて、お肉はちょっと硬くて、ソースは甘すぎでしょうか。それに、ソースをかけすぎていて、びしょびしょ。


 でも……とっても美味しい。

 

 

「美味しいですわ、オヴリオ様」

 わたくしが微笑めば。

「君の料理も、いつも美味しいよ」

 オヴリオ様はニコニコと笑って、こちらへと身を乗り出しました。

 

 もうずっと手袋をはめていない指先がわたくしの唇の近くを羽毛のように撫でて、「ソースがついてた」と口の端をもちあげて。

 

 

 ぺろりと赤い舌が指先のソースを舐めて、「弟はこれをやりたくてバーガーをつくった……」とユスティス様がネタバラシをするので、わたくしは真っ赤になったのでした。




 ◇◇◇



 ダンスパーティの日。



 デジャヴみたいに学園の門に馬車が並んで、今度こそはと語り合う学生たちが中に入っていきます。


「異世界料理人のリックが、この季節はチョコレートを贈るとよいとおすすめしてくださったの」

 わたくしは、この日のためにつくったチョコレートの箱をオヴリオ様に渡すと、オヴリオ様はチョコレートが蕩けそうなほど熱のこもった眼差しで箱とわたくしを見比べて、ニコニコと嬉しそうになさいました。

「嬉しいな。ありがとう」

「喜んで頂けてわたくしも嬉しいですわ。……あと、そういえば。わたくしもうひとつ教えないといけないことを思い出しましたわ」

 

 学生たちの語る『今度こそは』の声に、ふと思い出して言えば、傍らのオヴリオ様が首をかしげて続きを促してくださいます。

「なんだい」

 

「オヴリオ様。あなた、一部の方に『断罪マニア様』って呼ばれていますのよ」

「だ……断罪マニア様……」


 ご存じなかったようで、オヴリオ様はちょっとだけ驚いた顔をなさり。


「そうだな。振り返ると、俺はどうしてあんなに断罪パーティにこだわったんだろう。やっぱり、流行小説で一番よく見かけたシーンだったからかな」

 などと、しみじみとした風情で過去に思いを馳せるようでした。

 

 

 ダンスフロアは、お城のパーティと比べると少し狭くて、けれど温かな雰囲気にあふれていました。

 

 楽団の指揮者が楽し気に指揮棒を振り、楽団員が優雅な演奏を響かせ始めると、いくつもの個性豊かな楽器の音色が合わさって、大きくて複雑で温かな音の波が会場に行き届きます。

 演奏を低く頼もしく支える音。

 高く華麗に導くような、派手な旋律。

 他の音と合わせることを前提としたメロディを別々の楽器が奏でて、合わさって。

  

 

 そんな中、ひとり、またひとり。

 学友たちが踊り出します。

 

 今日は特別なんだ、という顔をして。

 とびっきり楽しむんだ、という表情で。

 大切な相手と手をつないで、寄り添って、一緒になってリズムに乗って。

 皆、楽しそうに嬉しそうに踊るのです。



「俺たちも踊ろうか」

 オヴリオ様が誘ってくださって、わたくしは自信満々に笑みを浮かべました。

「ええ。踊りましょう、オヴリオ様」



 オヴリオ様は、以前と全然変わったわたくしに不思議そうな眩しそうな目をして、優しく微笑んでくださり。

 以前のように、仰るのです。


「メモリア。君は何回でも俺の足を踏んでいいぞ」


「ふふっ……」


 わたくしはニコニコして、彼の手を取りました。以前よりも自然で洗練された姿勢に、すぐに気づいた様子でオヴリオ様は「あれ?」と呟いて。


 曲に合わせて一緒にステップを踏めば、驚いた様子でわたくしを見ています。


 ゆったりとしたリズムに合わせて、ふわりとドレスの裾をひるがえして。

 姿勢を崩さず、音を楽しむように体重を移動させて。


 くるり。

 ひらり。

 

 二人でひとつになったみたいに揺れて、止まって。

 あっちに移動しようかとリードされるので、目で頷いて。

 すい、すい、とたくさんのペアの隙間を縫うように会場を泳いでいけば、すれ違うペアは皆たのしそうで、たまに顔なじみの学友がわたくしにニコッと笑ってくれるのです。

 

 ぜんぜん、怖くなんてないですわ。

 誰も、完璧とか、気にしてないですわ。

 わたくしが足を踏みまくってもオヴリオ様にしかわかりませんわね。

 

 試しに軽く踏んでみたら、オヴリオ様は「今のはわざとだな」と新鮮そうにしながら、白い歯をみせて笑ってくれるのです。


「わたくしに踏まれて光栄に思いなさいな」

 いつか『言うといい』と言われたセリフを口にすると、オヴリオ様の緑色の瞳がとても楽しそうにキラキラと輝きました。


「君、よく覚えているじゃないか!」

「ふふん。わたくし、物覚えがよいのですわ」

「それは、よかった。もっと踏んでくれても構わないぞ」


 幸せそうに呟くので、わたくしは「さすがにそれはいかがなものでしょう」と返さずにはいられませんでした。


「以前もおたずねしましたけど……そういうご趣味がおありです?」

 すると、オヴリオ様はたいそう生真面目な顔で。

「君にされるなら、俺は何でも嬉しいよ」

 なんて仰るのです。

 


「……甘すぎますわ」

「君、甘いの好きだろ」


 好みを把握しきった声で仰って、オヴリオ様はにっこりと笑いました。


 たくさんのペアがふわりひらりと令嬢のドレスを満開の花のように咲かせてゆっくり、美しく踊っています。

 一組、一組が婚約者だったり恋仲だったり、あるいは相手がついに見つからなくて手を結んだ者同士だったりするペアはそれぞれが楽しそうに二人だけの時間を過ごしているようでいて、全員でひとつのダンスフロアを彩るみたいで。


 今夜の楽しい空間や時間は、このたくさんの「ひとりひとり」が集まっているからこそ華やかだったり賑やかだったり楽しさが何倍にも膨れ上がる状態になっていて、今夜の主役は全員なのだ……、とわたくしは思ったのでした。



「では、……わかっていらっしゃるなら……いつもの、合言葉ですわ」


 特別な雰囲気に酔うようにして、わたくしがふわふわと浮ついた声で提案すれば。

「ツンデレとやら?」

 オヴリオ様はちょっとズレたことを仰ってわたくしを脱力させました。

「そ……そちらでは、ありませんわよ」

 

「俺、最近ツンデレ文化も覚えようとしているんだ」

 ……なんですって?

「別に、覚えなくてよろしいんじゃないかしら」

「あ、そうそう。そういうのだ。今のはちょっとツンデレっぽかったぞ、メモリア」

「……ぜんぜん違うと思いますわ」


 この王子様ったら、やっぱりちょっと残念で、おかしくて、……でも、そんなところが可愛いですの。

 オヴリオ様に呆れる一方、そんな風に思ってしまう自分に対してもちょっと呆れつつ、わたくしはくるりと回って、微笑みました。


「よろしいです?」

「うん、どうぞ」


 ニコニコと言葉を待ってくれるオヴリオ様に、わたくしは笑みを返しました。 


「わたくしがあなたを好きだと申しますから、あなたもわたくしのことが好きだと仰い」

「うん」

「……?」


 頷いたオヴリオ様は、ふっとわたくしに顔を寄せました。

 

 鼻先がこすれて、子ネコが甘えながらじゃれついて挨拶するみたいに吐息が近づいて。

 ふわっと一瞬、羽毛がくすぐるみたいに、やわらかに、小鳥がついばむようにキスをされて。



「……!!」


 わたくしが真っ赤になってびっくりしていると、わたくしの王子様は「イタズラが成功したぞ」って勝ち誇るみたいな子供っぽい顔で、この日いちばんの弾ける笑顔を咲かせてくださったのでした。

 そして、少年のようにキラキラとした声で、無邪気に笑って仰ったのです。


「君が好きだよ」

 


「一番好きだ。世界一だ」

 


「……大好きだよ」


 

 糖分過多な美声はひとこと、ひとことが凄く嬉しそうで、幸せそうで、わたくしは甘やかな感情の波にずぶずぶと浸されて揺らされて、幸せな気持ちでいっぱいになって、……もう何も言えなくなってしまったのでした。








 HAPPY END!

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