第73話 弓を構える

「……ご覧になられましたか? 青龍の神域:トンロンの神官達が狩ってきたドラゴンを。なんと、あのカーセ・ドラゴンを5体も狩ってくるとは。境内にいる民も、歓声を送っております。まるで国の騎士のような腕前。さすがは東の島で一番の神域の神官たちです」


 ちなみに、オアザに指摘されたケェイニィの件は、境内に入る前に、狩りの最中に怪我を負ったことにして、神域から出るように指示をしている。


 ケェイニィがいなくなっていることに気がついているのかいないのか、話しかけられたオアザは、シュウシュウの方を一瞥すると、また視線を境内の方に戻した。


「トンリィンの神官が、これまでの狩竜祭で、カーセ・ドラゴンを狩ってきたことはあるそうですね。しかし、5体もカーセ・ドラゴンのような大物を狩ったのは彼ら青龍の神域:トンロンがはじめてでしょう。いや、素晴らしい。今回の狩竜祭。勝者はやはりトンロンのようで……」


「……あのカーセ・ドラゴン。彼らは矢で倒したのか?」


「は? そうですね。狩りなので、おそらくは……」


(……なんでそんな事を聞く?悔しいのか? 自分が頼った神域の者ではなく、頼らなかったトンロンの神官がドラゴンを狩ってきたことが。王族といっても、所詮は王宮から逃げてきた臆病者か)


 そんなオアザを嘲笑するような顔は一切見せずに、シュウシュウは表面上、真摯に答える。


 警告されたのだ。


 取り繕うくらいの社交性は、領主として当然持ち合わせていた。


 だが、そんな取り繕った表情が剥がれるような質問が、オアザからされる。


「カーセ・ドラゴンにトンロンの矢が刺さっているからな。だが、矢が刺さっている部分、肉が腐っていないか?」


「……へ?」


 シュウシュウは慌てて神官に扮した冒険者達が運んできたカーセ・ドラゴンに目を向ける。


 しかし、見学席からカーセ・ドラゴンの肉が腐っているのかどうか、シュウシュウには分からなかった。


「……ど、どうなのでしょう。私にはよく分かりませんが……」


「矢が刺さっている場所以外にも、色合いがおかしい鱗も多い。あれは、本当に今日、この場で狩ったドラゴンなのか?」


 シュウシュウは、嘘は言っていない。


 だが、本当の事を言っているわけではないし、オアザの追求は止まらない。


 シュウシュウは、思考する。


 嘘はつけないが、しかし、話題を誘導することはできる。


「私からは何とも申せませんが、しかし、最近面白い話を聞いたのですよ」


「面白い話?」


「はい。なんでも王宮の方で新しい毒物が作られたらしく、その毒はドラゴンどころか、龍さえも血肉を腐らせるとか。もしかしたら、トンロンの神官達はその毒を使ったのかもしれませんなぁ」


「ほう? そのような毒物があるのか?」


「ええ……そのようです……」


(よし、誤魔化せた!)


 そのまま、シュウシュウは話を続ける。


「先日、都からやってきた者の話で、私も実物を見たわけではないのですがね。まだ研究中だったそうなのですが、担当していた医官が逃げ出したそうです。色を賜るほど優秀な医官なのに、国の大切な研究から逃げ出すなどあり得ないと、彼は憤っていましたよ」


 憤ると言っても、毒物について話してくれた者は、終始笑顔だったのだが。


 だが、文句のように言っていたので、完全に嘘では無い。


 彼は、今回のカーセ・ドラゴンの死体を売りに来た者で、どうやら王宮で起きている事にも詳しいらしく、カーセ・ドラゴンの死体を購入してくれたお礼にと、色々興味深い話をしてくれたのだ。


(まぁ、あまり深く追求されても、私もよくは知らない者からの話だ。また話題を変えて……)


「そうそう、都といえば、上物の酒が手に入ったのですが、このあとにいかがですか?」


 この酒もカーセ・ドラゴンの死体を売りに来た者が、おまけとして売ってきたモノで、かなりの値段だったが味は良かった。

 

(一応王族だからな。勿体ないが、あの巫女達が手に入る祝杯だと思えば、まぁいいだろう)


「ふむ、誘いはありがたいが、祭りが終わった後は予定があるのだ」


 しかし、そんな誘いをオアザは断る。


「予定、でございますか」


「ああ、祝勝会があるからな。この狩竜祭でのトンリィンの勝利を祝って」


 オアザの答えに、シュウシュウの笑顔は固まった。


「それはどういう意味ですか?……わ……青龍の神域:トンロンが不正をしているとお考えだから、ですか?」


「ん? ああ、さきほどのカーセ・ドラゴンが腐っている件か。まぁ、そこを追求する方法もあるだろうが私はさきほど言ったはずだ。これから、本物の狩りを見れる、と」


 シュウシュウはオアザの言葉を聞いて、視線を動かした。


 トンリィンの神官を探すためだ。


 そして、すぐに見つかった。


 トンリィンの神官は、先ほどの場所から動かずに、ただ境内の中心で立っているままだったからだ。


 トンリィンの神官は、キョロキョロと周囲を見回したあと、隣にいる綺麗な顔をした小姓に話しかける。


「……そろそろいいと思うか?」


「いいと思うよ」


 その答えを聞いて、トンリィンの神官は矢を取り出し、弓を構え始めた。







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