第63話 狩竜祭の話し合い

「……ふむ。田舎の神域にしてはまぁまぁだな」


 通された応接室を一通り見回し、出されたお茶を飲んだ若い男性が顔を険しくしながら言う。


「こちらはオストンの領主様の代理として来られたミンシュウ様だ」


 青龍の神域:トンロンの神官長である壮年の男性ゲラングが、ミンシュウをアナトミア達に紹介する。


「はじめまして。私は……」


「ああ、いい。田舎の神官の名前など覚える気も無い」


 ミンシュウは、名乗ろうとしたイェルタルの言葉を遮る。


「私も、忙しいのだ。なので先に領主様のお言葉を伝える。『青龍の神域であるトンロンの神官の言葉に従え』以上だ」


 それだけ伝えると、ミンシュウは話すことは無いとお茶を飲み出した。


「……それは……」


「まさか、ただの神官が、領主様の代理である方のお言葉に従わないなど、そのような無礼なマネはしないでしょうね」


 ゲラングは、笑顔でイェルタルが言おうとした抗議を止める。


「はやく話を終わらせろ。私はこのような田舎に長居するつもりはない」


「かしこまりました、ミンシュウ様。では、私も要件だけ。今回の狩竜祭は、我々トンロンの近辺で行う。これは通年通りであり、祭りの開催場所はそれぞれの神域の近辺を交互に行っているため、異論はないはず。そして、今年の賭けの対象はお互いの神域そのもの。勝者が敗者の神域を管理する。以上です」


「……それは、前回もお話したと思いますが、神域そのものを賭けにするなど……」


「貴様、さきほどの言葉を忘れたか? トンロンの神官長であるゲラング殿の言うとおりにせぬか!」


 領主の代行として来ているミンシュウに一喝されて、イェルタルは一度口を閉じる。


(うーん、これはヒドい)


 イェルタルの小姓として彼の後ろに立っていたアナトミアは、目の前で繰り広げられている内容のあまりの酷さに、真顔になっていた。


 話し合いとは言葉だけで、実質的には、これは命令である。


(神域の祭りに領主が首を突っ込むって時点で何かしらの圧力はあるだろうと思っていたけど、ここまで露骨とはな)


 狩竜祭について、向こうは一切こちらの意見を聞くつもりは無い。


 明らかな癒着に、怒る気も無くなってしまう。


 もっとも、怒る気が起きないのは、べつの理由もあるのだが。


(まぁ、多少の誤差はあるけど、今のところは想定内。イェル兄もよく耐えているよ)


 今回の話し合い、基本的には相手の言うことはすべて呑むことになっている。


 ただ、その中でいくつかの確認と罠を仕掛けることが目的だ。


(さて、ここからが大切だけど……イェル兄なら大丈夫か。イェル兄は、狩りの天才だからな)


 しばらく葛藤するような顔をしたあと、イェルタルは口を開く。


「申し訳ございませんが、ゲラング殿の言うとおりにせよとのお言葉ですが、どうしても確認しなくてはいけないことがございます。今回の賭けで私たちが勝利した場合、私たちにはトンロンを管理する人材がおりません。勝利しても受け取ることが出来ないモノを賭けの対象にすることは、互いの神々にとっても不敬であるのではないかと」


「ふん。すでに勝つつもりとは、生意気な」


「恐れ入りますが、過去10年間。狩竜祭で勝っているのは我々でございますゆえ」


 イェルタルの言葉に、ミンシュウの眉が上がる。


(イェル兄の言うとおり、勝っているのは私たちなんだよなぁ)


 狩竜祭は、ドラゴンを狩る祭りだ。


 狩りの祭りである以上、国の騎士でも無い限り、イェルタルに勝てる者などいないだろう。


 トンロンの神官達は、毎年コモモドラゴンと呼ばれる犬ほどの大きさのドラゴンくらいしか狩れないが、イェルタルは当たり前のようにカーセ・ドラゴンなどのドラゴンを狩っているのだ。


 当然、アナトミアがいたときから、狩竜祭はトンリィン側が圧勝していた。


(狩竜祭のあとはご飯が豪勢になって嬉しかったなぁ……って今はそんな話はいいか。さて、勝つのはこっちだと言われてどんな反応をするか……)


 ミンシュウは、明らかに不快な顔をしていた。


「領主様の言葉に変更は無い。今回の狩竜祭はゲラング殿の言うとおり、互いの神域を賭けて行う。良いな?」


「それは何があっても変更はないということでお間違いないでしょうか?例えば、トンロンの管理をする者が我々にはおりませんが、それを別の者に任せることになっても、青龍の神域:トンロンは我々トンリィンが管理することになる、と」


「ああ。くどいぞ」


「ゲラング殿もそれでよいですか」


「ええ、もちろん」


 自信満々なミンシュウとジャラングの様子を見ながら、アナトミアはギュッと手を握る。


(よし。そして、これで確定だな。トンロン側は何か仕掛けている)


 過去10年間負け続けている相手に神域そのものを賭ける勝負を挑むこと自体、すでに怪しかったことではあるが。


(問題は、何を仕掛けているかってことだ。ドラゴンを狩る祭りで、出来ることはそう多くないが……)


 イェルタルがあきらめたように息を吐く。


「……では、賭けの対象について、これ以上は私からは何も言えません」


「ふん。素直にそう言っていれば良いモノを」


 その返答に、ミンシュウとゲラングは微かに笑った。



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