第2話

 色とりどりのドレスを着た生徒たちが、遠巻きに私たちを取り囲んでいた。


 ジロジロという好奇の目。


 今ここに、私の味方はいない。


 今日はこの学園での最後の日。


 数日前より会場は華やかに飾り付けられ、テーブルには立食方式にいろいろな料理やお酒などが並べられていた。


 本来ならば、皆が笑顔で楽し気に談笑する風景が見られたはずだった。


 しかし実際は私の婚約者が妹の肩を抱き、私を糾弾している。



「アイリス、君がチェリーにしてきたことはすべて分かっている」


「何が分かると言うのですか? 私には、何もかも分からないことだらけです」


「この期に及んでシラをきるとは、見損なったよ」


「見損なった、ね……」


「グレンさまぁ」



 何を見損なったと言うのだろうか。


 今この場になっても、私には何のことを彼が言っているのかさっぱり分からないというのに。


 茶番だ。そう片づけてしまいたくなるほど、まったく二人の会話など頭に入ってはこなかった。


 そして知りたくもない。


 自分の婚約者が妹と抱き合っているかなど。



「君が僕とチェリーとの仲を嫉妬し、君がチェリーにしてきた数々の所業……」


「グレンさまぁ、チェリーがいけないんですの。チェリーが姉ぇさまの婚約者であるグレンさまのことを愛してしまったから。だから、だから姉ぇさまを責めないで下さぃ」


「所業……愛して?」



 えっと、私は今何を見せられているのかしら。


 確かに私は二人が仲睦まじく学園で過ごしているのは知っていた。


 元々、私は学業一筋で人との付き合いが上手い方ではない。


 だからこそ妹とグレンが仲良く過ごしていても、ただ仲の良い家族みたいなものだとずっと思っていた。


 いや……もしかしたら、そう思いたかったのかな。


 ただそこまではいい。別に婚約を破棄されたところで、私には困ることなどないから。


 でもそうだとしても、この状況は一体なんなの?


 

「申し訳ないのですが、私は今まで一度も嫉妬したことなどありません」



 そうこれが本音。 



「彼女に君が水をかけたり、教科書を破いたり。キリがないほどの嫌がらせをしてきたことをみんなが知っているんだぞ」


「そんなこと一度だってしたことはありません。言いがかりもいいところです。どうして嫉妬すらしない人間に対して、しかもチェリーは私の妹ですよ?」


「姉ぇさま、わたしが姉ぇさまの婚約者をとったことは謝ります。だって、チェリーにとってグレンさまは運命の人だったんですもの」


「チェリー、君は本当にかわいいよ」


「……人の話を聞く気はないのね」



 グレンがふわふわとするチェリーのハニーブロンドの髪を撫でた。


 妹が私よりも可愛いのは認める。


 その髪も、大きなピンクの瞳も。


 すべてが庇護欲をそそられるような、小動物と言っても過言ではない。


 しかも他人に甘える術をよく知っている。


 私のようにさえない水色の髪に、青い瞳。


 ほぼ愛想のない顔は、氷の姫気味だと揶揄されるほどだったから。


 ただそうであっても、私たちの会話はまったくかみ合ってはいない。


 私は二人の仲に嫉妬することなどない。


 貴族の婚約など、所詮は親同士が決めたもの。


 確かに私とグレンは良く似ていて、一緒にいる分には楽だったけど。


 でも私にとっては所詮、それだけの関係だ。



「二人が愛し合っているならば、こんなことになる前に私と婚約破棄をいてチェリーと婚約を結びなおせばよかっただけではないのですか?」


「貴族間の婚約がどれほど大変なモノか、君は分かっていないのだな」


「どれだけ大変なモノだったとしても、運命ならば勝手にそっちでやっていただければいいでしょう? 私の知ったことではありません」


「姉ぇさまは祝福はしてくださらないのですね。だから、嫌がらせを……」



 チェリーはグレンにしなだれかかりながら、その大きな瞳いっぱいに涙を湛えた。


 どうあっても、この子たちは私を悪役に仕立て上げたいのね。


 でも、何のために?

 

 ただ婚約破棄を勝ち取りたいなら、そんな回りくどいことをしなくたって譲ってあげたのに。



「何度も言っているけど、私は嫉妬もしていなければいじめもしていません。潔白です。婚約破棄をしたいのならば、きちんとした手続きをして勝手になさって下さい。私には関係のないことです」


「目撃者もいるんだぞ」



 そう言いつつ、グレンがその証言者たちを指さす。


 どの人たちも、みんな見たことある者ばかり。


 彼らは皆、チェリーの取り巻きたちだ。


 まったく、こんな一方的な証人などなんの役に立つというのだろうか。


 呆れるわ。


 彼らが事細かに私がしたと言う数々の仕打ちとやらを説明されても、ため息しか出てはこなかった。



「……バカバカしい」


「なんだと?」


「バカバカしいと言ったのです。そうまでして私を悪役に仕立てたいのはなぜです?」



 グレンがメガネをくいっとあげた。


 その仕草に、チェリーはうっとりしている。



「愛してもいない人のために、なぜ私が嫉妬などしなければいけないのか教えて頂きたいですわ。この茶番劇は不毛すぎます。だいたい、片方の味方でしかない証人の証言など信憑性がありません。連れて来るなら、もっと公平な人でなければ納得するわけがないでしょう」


「でも、姉ぇさまの味方はどこにいるんですの?」


 

 チェリーが意地悪そうな笑みを浮かべながら、小首をかしげる。



「……」



 もちろん友達すら皆無だった私には、味方になってくれる人が思いつかないのも確か。


 でもだからといって、こんな一方的な糾弾が許されることはないはず。



「どちらにしても、私は何もしてはいない。もしいじめがあったのだとしても、嫉妬した他の誰かでしょう。愛し合っているのならば、どうぞご勝手に」


「そんなにも姉ぇさまはわたしのことが嫌いだったのね」


「可哀想なチェリー。君の可愛らしさに、アイリスは嫉妬したんだよ」


何度言えばいいの!」



 ああ、本当に大嫌いだ。


 そう。昔から妹のことなど大嫌いだった。


 何がではなく、その存在自体が。


 自分の中で拒絶の対象でしかなかった。


 でもそんなことを口に出してしまえば、両親が悲しむことも知っている。


 だから今までずっと我慢してきたというのに。


 最後の最後でこんな仕打ちを受けるなど思ってもみなかった。



「婚約破棄は受け入れます。ご自由になさってください。でもいじめの件は決して認めません。この件も含め、私からも両親へ報告させていただきます。皆さま、楽しい時間を邪魔してしまって申し訳ありません。どうぞこのまま残り時間、有意義にお過ごし下さい」



 私たちのやり取りを遠巻きに見ていた他の生徒たちに深々と頭を下げた。


 考えなければならないことは、たくさんある。


 しかし今日はもう帰って休みたい。


 私は心よりそう思った。

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