第二十四幕 唯我独尊(ゆいがどくそん)
私はエノ、エターナルニート・エノ。
同時にエタナ、在りし日の私。
もしも、エノが居なかったら。エノになる事が無かったなら、私はきっとエタナのままだった。
どうして、力あるものは傲慢で偽善に満ちているのだろう。
他者を笑い、非可逆的な満足を追い求めるのだろう。
私には判らなかった、神なのに判らなかった。
私には三匹眷属がいるけれど、三匹ともが優しくしてくれる。
私には、何もない。何も出来ない、ただ優しくダストを撫で。
ただ、黒貌を見ていた。
真理を問うのもバカバカしい、ちっぽけな私があるだけだった。
悲しくて、寂しくて、虚しかった。
おどける様に笑う事も、矜持を持てるわけでもなかった。
神が笑い、強者が好きに生きる。
戦争…、貧困…、世の中の悲しみを見る度に無力な自分を呪った。
神だから声だけ聞こえてくる、祈りだけ届いているのに私は無力で何もできない。
祈られるのがイヤだった、声を届けられるのが心底嫌だった。
地に転がる犬が棒で叩かれる様に、神のルールに縛られて。
子供より無力な、意味のない神それが私。
人の形をしていても、人ひとりより無力。
耳を塞いでも、怨嗟の声だけ良く響く。
畜生が思うがままにふるい、阿呆が欲深く生きて。
そういう、阿呆に限って長生きでしぶとくて弱者を踏みにじる。
ある日、私は問うた。
「悪神は悪事をささやき、死神は死を運び。善なる神は慈愛に満ち。創造神は世界を創造する。私は何神になれば、ルールを破り常識を破り己の気に入らないものを全て排除する事が出来るようになるか。死神より死をまき散らし、善なる神より慈愛に満ち。自身の望みの為に理などもろともしない神になれるかを」
そんな、いかれた存在は位階神ぐらいだと問いは返った。
微笑みかける、青い蝶の髪飾りをした少女。
存在があるだけで、問いの答えの言葉を発するだけでおぞましい程の圧力がかかる。
数多の権能があったとて全てを使えればもんだいない。
一柱で完結し、全ての神を内包する神。
己の思うまま、望むままにルールそのものを改変する。
手が二本しかないと誰が決めた、時間が未来にしか流れないなど誰が決めた?
お前が位階神なら、気に入らない全てを否定すればいい。
在り方をただ貫く為だけに存在し、その在り方にすがる様な神。
貧困も戦争も不当な競争もだ、ルールを破れる神だからルールを作って守らせることも容易に叶う。
だけどね、幼い神。
あなたの、願いはどこまでも我儘で傲慢でけわしくて。
あなたの、一番嫌いな連中よりも醜い神になる事なのよ。
あなたは、生きているものがどうしてあんなに美しいのかそれさえも判らないのね。
不完全なものだから、懸命に生きているからあんなにも命は輝いているのよ。
あなたは、それすら否定して。
貴女の望む全てを手に入れる気でいるのかしら、ずいぶん大きく出たわねと。
青い縁に虹色の髪飾りの少女は笑い、そしてエタナはエノになる。
妖よりも醜くて、どんな傲慢よりも醜悪で。
魔神や悪魔でさえ、あれと比べればと揶揄される存在に。
エノになっても、彼女は何も変わりはしなかった。
向かってくるものに容赦無し、浅ましいものに罰あれと。
もっとも祈られる事を嫌い、もっとも縋りつくモノたちをなぎ倒し。
そして、歴史上もっとも多様な権能をもって使いこなす。
余りに、力を喰い散らかし。
箱から出てこない神、名だけが知られそれ以外の力の一切が不明。
箱から出したもので、生き残ったものは人の手の指の数で足りる。
彼女は神であって、神でない。
彼女は何もしない、彼女は眠るだけだ。
自らの神具にして寝具で寝るだけだ、怠惰とは違う。
彼女は余りにも何でも出来過ぎた為に、直ぐに何でも片付いてしまうのだ。
どれだけの神が居たとて、彼女一柱よりも劣る。
彼女は、だから余った時間を眠って過ごすのだ。
誰かの声を聴かない為に、誰にも祈られない為に寝て過ごす。
他者に働かされるなどまっぴらだ、他者の問いに答えるなどまっぴらなのだ。
自分でやった方が早いし、最良で最高の結果があるからだ。
眷属だけには、以前と何一つ変わらない幼女神。
エタナとして、接している。
本体は箱で眠り、エタナという元の自分を遍在で作り出しそちらは怠惰の箱舟で遊び倒している。
ダストを優しくなで、黒貌を労り。
光無に餌をやってはペットを飼うように、それだけがエタナという存在……。
エタナは、ダストが怠惰の箱舟を作り黒貌が居酒屋を始めた時も最低限の言葉をかけ最低限の行動に留めた。
自分が手を加える事は良くない、眷属の気持ちを考えれば。
自分の為に懸命に何かを考えて、自分の為にやっている事なのだ。
「彼らの気持ちを酌んで、彼らの努力を踏みにじらない為に必要な事」
存外、力がありすぎるというのは不便極まりない。
でも、彼らの為に私はエタナでありつづけよう……。
彼女は自らの在り方を決めたその時から、エノとしての姿と力を持つようになった。
誰にも彼女を止められないまま、エタナの時の甘さは消し飛んでいく。
彼女の手には、捨てたものの重さの分だけ力が手に入り。
その彼女の甘さと優しさが、本物であった事が判る。
無力な幼女でありつづけよう、そして眷属達と過ごす時間は何よりのものだ。
平凡である事、変わらない毎日。
それでいい、それがいい。
最良で最高の結果だけが全てではない、だから私は無職を名乗ろう。
万能である事が、これほど己にとって惨い事なのか。
手を貸してやることも、手を差し伸べる事も相手をへし折る。
無力過ぎて、何も出来なかったあの頃と。
ある意味何も変わりはしなかった、ある意味ではより酷くなった。
我が眷属達の健やかなる生活を見守ろう、健康的な生活を見守ろう。
ダストが作ろうとしているのが箱庭ならば、箱庭ではルールにのっとり努力し働き己を弁えるものに相応の奇跡を持って答えよう。
祈りなど何の役にもたたぬ、喚き散らす阿呆などいらぬ。
己の為に、ただ己の望みの為に……。
強者が好きに生きるのが世の理ならば、私は誰よりも強者となろう。
私が絶対の強者であればこそ、如何なる我儘も理不尽も通して見せよう。
「己の野望の為に、己の為だけに力で握り潰すのなら醜悪な連中と何も変わりはしない。だからこそ、私は嘘つきで詐欺師で、害悪で屑なのだ」
所詮、眷属に見せているこのエタナやエノの姿すら醜悪なる本体を覆い隠すための幻でしかないのだから。
他者を踏みにじらぬ、他者を虐げぬ。
争うのならば、自分からではけしてなく。
手を出してきたもの全てを、チリすら残さず殲滅してやろう。
虐げるように生かす必要は無い、踏みにじる程搾取する必要もない。
文字通り、この世から消し去ってやろう。
いや、消し去るだけではぬるいのならば。
ただ苦しめ痛めつけるためだけに、痛みや苦しみだけを永遠と与え続けて壊れさせず残していくのも良いかもしれんな。
それはその都度選ぶとしようか、私には全てが些事なのだからな。
ダストの理想、妄想につきあってやるのも悪くはない。
幸い、私は力だけは有り余っている。
私はかくあれと言うだけでいい、紅蓮の煉獄も満天の星も。
命がどれだけの時を紡ごうとも、私には意味を成さぬ。
見ざる聞かざる言わざる、言霊など吐くだけ品位が下がると言うものだ。
言いたい奴には言わせておけばいい、私が瞬きすればその命が亡くなる程度の存在のたわごとなど私には露程も感じる事は無い。
「なぁ、黒貌お前が最初に私に作った料理を覚えているか?」
私は覚えているよ、お前は味加減も下手くそで試行錯誤して作ったボロボロのうどんだったな。
しょうゆとごま油をかけただけのような、えらく料理と呼べぬものだった。
「だがな、私は覚えているよ」
お前が、どれ程苦労したのか知っているから。
お前が、どれ程苦心したのかを判っているから。
お前が私の為に作ったものだ、私は神で食事など不要だというのに。
味が判らない訳でもない、食べずとも味を理解する事すら私には叶う。
でも、私は食べたよ。
お前が作ってくれたものだ、お前が私の為に必死になってやってくれたことだ。
だから、私は覚えているのだ。
なぁ、ダストお前が私にのたまった事を覚えているか?
私の為に働きたい、お前はそう言ったな。私は全能であるから、他に何かしてもらう必要などないというのに。
お前は、私の役に立ちたい。その結果が欲しいのだ、そうだろう。
だがな、私は不謹慎にも嬉しかった。
お前が何かを考えてくれる事が、お前が前を向いて生きてくれている事が。
多くを喰らい、他を踏みにじる私が。お前の成長を、誰よりも喜んだ。
お前が働きたいというのなら、私は報酬を持って答えよう。
働くというのは「報酬」あってのものだ、報酬無き労働など私は認めない。
報酬とは相応のものでなくては、過不足なく迅速に支払われてこそ報酬は報酬たりえる。
幸せにする必要は無いが、他よりマシだと思わせる事すら出来ないのならばすぐに回りには誰も居なくなる。
なぁダスト、この世でもっとも簡単に団結する方法は共通の敵を作る事なんだ。
共通の敵が難航不落であれば良し、憎まれ続けるならば尚よし。
実体がどうであれ、その敵を袋叩きにしている間周りは肩を並べ手を取りあう。
その、叩かれている奴は幸せかね?
その、叩かれているモノの真実は誰が見ているのかね?
私の様にそれすら認めないと、死を突き付けるものの前以外でそんな世が本当にあると思っているのかね?
だがな、私はお前を愛しているからお前の妄想すら実現してやろうとも。
そうだな、お前が真面目に生きようと足掻く限り。
私は、永劫報酬をよういしてやるとも。
それが、お前の気持ちに答える事だと私は思っている。
ただ、働き過ぎは良くない。
もしも、私がダメだと思ったなら。
どんな力を使ってでも、床にはりつけてでも休ませよう。
ただ、健やかに穏やかに毎日があればそれでいいのだ。
過ぎたるはなんとやらだ、私はそれを身をもって知ってしまっている。
心を知ろうと思えばしれよう、変えようと思えば変えられよう。
でも、私は何もしない。
何も変えずに、毎日があるというのが本来生きるという事なのだから。
己が己の都合で変えるのはいい、だが他者の都合で捻じ曲げる事を続ければそれはそいつの都合が多分に混じって意思が消えてしまう。
意思も信念もないのなら、死んでいるのと大して変わらん。
光無には、門番を任せているが本来なら必要ない。
彼女は私を守りたいからあそこにいるだけだ、それが私には嬉しい。
無力と最強の両極端しかしらない、そんな私には。
誰かの背に立つ事も、誰かを背に隠す事も酷く素晴らしいものだよ。
それが意味を持たないものだとしても、それが形だけのものだとしても。
お前の、その心根が嬉しい。
だから、お前達。
どうか、お前達の未来が幸せなものであるよう。
私は、何もしないでおこう。
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