死に戻りの花乙女は宣託を唄う

藤 都斗(旧藤原都斗)

入学編

第1話

 


 どれだけ取り繕おうとも、どれだけ違う言葉で伝えようとも、事実は何も変わらなかった。


 私、カレンデュラ・ノーザランドは。


 たったひとりで、まるで世界中の人間から蔑まれたかのように、惨たらしく殺された。

 誰にも看取られず、道端のゴミと同じように。


 フローラテイア王国、名門十五公爵家のひとつ、ノーザランド家に生まれ、公爵家特有の宣託という力を発現させた私は、父と兄に疎まれ、蔑まれ、そして隠匿された。

 母は物心つく前、早くに亡くなり、入婿である父は己によく似た兄をとてつもなく可愛がった。


 母によく似てしまった私は、父にとって目障りで鬱陶しく、そして、疎ましい存在だったようだ。

 それでも私は彼らに愛されたかった。私にとっては、唯一の家族だったのだから。


 父は母に愛など無く、だからこそその母から生まれ、母と瓜二つの私を嫌った。

 母と同じ銀色の髪に赤い瞳の私。父と同じ赤毛に青い瞳の兄。


 兄だって同じ母の血が流れている筈なのに、どうして私だけ?


 愛されたいと、必要とされたいと思うことは、そんなにも罪深いものだったのだろうか。

 何度も自問自答した。出来る限りの努力もした。けれど、何も変わらなかった。


 私は疎まれ、兄は愛される。

 傲慢で、愚かで、浅はかな父と兄。本当によく似ている。


 だからこそ、度重なる増税の中で何もかも中途半端な能力の兄が当主の座についた時、クーデターが発生した。

 たくさんの人が死んだ。


 その中に、私が居ただけ。


 嘲笑われながら石を投げられた、殴られた、蹴られた。

 人々の気持ちの捌け口として、わざわざ貴族の娘だと分かるように着飾られたあとに外へ放り出されたのだからそうなっても仕方はない。


 そうして私は死んだのだ。

 誰にも悲しまれず、嘲られ、罵られ、それをした人々ごとボロ雑巾のように斬って捨てられた。


 だけど。


「……どうして、生きているのかしら」


 腕の骨が折られた感触も、殴打された痛みも、肋骨が肺に突き刺さる激痛も、背中を刃で斬り付けられる熱さも、どうしようもない恐怖も、誰にも必要とされない悲しみも何もかも、まだ鮮明に覚えている。なのに。


 見渡せば調度品も何も無い、埃っぽい屋根裏部屋の硬いベッドの上だった。


 見覚えのあるここは、確か宣託の力が発現する前、12歳の頃使っていた部屋だ。

 愛されたくて仕方がなくて、周囲の人達の気を引こうと必死だったあの頃。


 今の私は12歳なのだろうか。

 だとするとこの後、マリンフォード学園に入学することになって、そこで友人が出来るのだろう。隣国の子で、私と同じように家族から疎まれている子。


 ……かつての私は入学してすぐに宣託の力が発現して、それを父に報告するために帰国した。当時は、愛されることはなくても、もしかしたら私を気にかけてくれるんじゃないか、なんて思ってしまったから。

 だけど、そんな子供の淡い期待とは裏腹に、私は喉を潰され、地下に監禁されたのだ。だから、この部屋に居られたのは入学する前の12歳までだった。


 てのひらをじっと見つめると、細く筋張った、子供らしくない小さい手がよく見える。

 死ぬ前の、あの細すぎて折れそうな、枝みたいな細さの青白い手じゃない。


 この手に治らない傷を負ったのは、学園から帰った一年後の、13の冬だった。


 癇癪を起こした兄が花瓶を割って、それを片付けようとしたらざっくりと切ってしまったのだ。地下の冷たい石の床で、誰か優しい人が用意してくれたらしい花瓶の破片と散らばった花を、泣きながら隅に追いやったのを思い出す。

 あの時はとても悲しかったはずなのに、心に空洞があるみたいに何も思えなかった。


 その時は治療なんてして貰えなかったから、すごく大きな傷が掌に残ってしまっていたのに。それが今は、きれいさっぱり無い。


 ……ということはつまり、私は?


 記憶を探る。ぼんやりとした思考で、ただ考える。推測と過程、現状と過去を比べて、そしてようやく結論を出した。


 ────蘇ったわけではない。時が戻ったのだ。


 ……何が起きたのかは分からない。

 もしかすると、私が死んだあとに何かが起きたのかもしれないけれど、なんだかもう、どうでもよかった。

 全てに対して、麻痺してしまっていた。


「どうしてかしら」


 声を出すのも辛くない。喉を潰される前の12歳の体なのだから当たり前なのだけど、ずっと苦しかったからか妙な違和感があった。

 ……あれには、あの時出された紅茶には一体何が入っていたのだろう。


 意気揚々と帰宅し、報告した途端に、家族として覚醒を喜んでいるかのような態度を取られてしまったから、愚かで純粋な私は気付けなかったのだ。あの、泥のような悪意に。


 頭の中で、あの時の光景が脳裏を過ぎる。

 さっきまでにこにこと笑ってこちらを見ていた兄と父が、喉を押さえて苦しむ私を馬鹿にしたように嘲笑い、見下しながら、お前などに当主は務まらない、女の分際で分不相応、なんて言っていたような。


 声、そして歌は、宣託の儀には必要不可欠。だけどあの人達はそれを潰した。

 つまり私はその時点で、当主どころか、一族の者である資格すらも失ったのだ。


「今は、違う」


 純粋だった私を騙して、毒入りの紅茶を飲ませるような人達の言いなりになっていた私は、死んだ。


「あの人達の思い通りになんてならない」


 愛されたいなんて思ったのが間違いだった。

 心も、感情も、全て昨日に置き去りにしてきた。


「私は生きる」


 愛なんて、要らない。



  

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