明日のページが見つからない。

古井論理

知らない朝

 既視感に満ちた人生を送ってきました。すべて目の前で起こることが、まるで以前経験したことであるかのように感じました。事実として初めてのことでも、そうでなくても。それでも明日の朝は、もしかすると新しいかもしれない。小さい頃はそう思いもしました。でも目覚まし時計が鳴って、歯を磨く。そしてドアを出て目にする世界は見慣れたものになり、新しいことは知っていることになってしまう。それは何かおかしいのかもしれません。いつまで新しいことは僕の後ろについて回るのか。それがわからなくなったのがいつのことかも覚えていません。あなたが普段の口調で話すその姿は本当にあなた自身の姿なのか問われて、本当に自分自身の姿だと言い切れる人にはわからない話です。忘れてください。


 昨日と同じように、身体に響く鈍痛で目が覚めた。夢の中で僕は誰かと相対しながら、この文章に懇切丁寧な説明を挟みつつ、それがまるで今思いついた――それこそ自分でも詳しく知らない新しい考えであるかのように語っていた。相手は目上の人物のようだったが、詳しくは覚えていない。ただ、自分の話は通じていないようだった。彼が誰だったのかを考え始めて、僕は今の自分の姿をこれまでに見たことがないと気づいた。そのとき突然鳴り響いたけたたましい音に飛び上がった僕は、その音が目覚まし時計の音だと結論して時計を見た。時計に手を触れ、アラームをオフにする。


「ん?」


 おかしい。アラームは切ったはずなのに、音は響き続けている。そもそも今は何時だったか。眠い目をこすり時計を見ると、まだ目覚ましが鳴るような時間ではなかった。


「ん……ふぁ~」


 聞き慣れない声に、僕の警戒心のメーターは振り切れた。恐る恐る声の聞こえた方を見ると、そこには藍と白のストライプが入ったパジャマを着た女の子が今まさに僕の方へ寝返りを打ち、布団をかぶろうとしていた。


……僕はストーカーが付きまとうほどの人間でもないはずだが、これは警察案件かもしれない。そっと携帯電話を取り出し、画面を開いてぎょっとした。


 今まさに隣で寝ている女の子と同一人物であろう写真が、ロック画面に鎮座していたからである。どこかで見た記憶があるが思い出せない。パスコードを入力し、ロックが解除されたスマートフォンを見ると、そこには通知が届いていた。通知をタップするとメッセージアプリが開き、メモ用のトークが表示される。


『新約についての注意事項:八重やしげりつ(以下僕と表記)は、悪魔と契約を交わしてこの状況を得たことを忘れないこと。僕と生命いのち屋たる悪魔との契約はすでに完了し、交換は完了している。隣の女の子は悪魔とは無関係、忘れているだろうけれど僕にとって大切な人だ』


 これを読んだ僕の頭を大きなクエスチョンマークが埋め尽くしたことは言うまでもなかった。僕の名前は確かに八重律だ。そしてこれは僕のスマホだ。しかし、こんなことを書いた覚えはない。隣にいる女の子がこちらを見ているのに気づいて、僕はそちらに向き直った。どこかで見たような顔だが、やはり彼女が誰か思い出すことはできなかった。

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