インタールード
インタールード 4
ふいに懐かしい記憶を思い出す。朝里とはじめて会った頃のことだ。
幼馴染、というのはある種の特別な関係性があり、特に男女の恋愛感情が絡むものならば、部外者が割り込んではいけないのかもしれない。神原と朝里は幼馴染で、高校の時、僕は、「幼馴染なんだ」と神原から紹介される形で、朝里と出会った。普段は静かなのに、内に秘めた激情を持った彼女は、会ったばかりの頃から僕に強烈なインパクトを残した。もとは一目惚れだったのだが、内面を知るうちに、前よりももっと好きになっていく感覚があり、僕は積極的にアプローチをするようになった。
それがきっかけで、僕と神原の関係に亀裂が入るようになった。元々は高校時代、クラスメートでもあり、もっとも仲の良い相手だったのに。だけど朝里と付き合う過程で、そうなることは覚悟していた。
僕たちふたりは小説、それもホラーが好き、ということで意気投合して仲良くなった。何でそんな話になったのか記憶を辿ってみると、確かクラスメートの誰かがたまたま観たホラー映画の感想を言っていて、その時に、神原が、「その映画、原作のほうが面白いんだよ」といきなり語りはじめていたのが、やけに僕の興味を惹いたのだ。
僕は特にその会話に参加していたわけでもなく、一歩離れたところから聞いていた。聞いていた、という表現はあまり適切ではないかもしれない。どちらかと言えば、耳に勝手に入ってきた感じだ。
神原の言葉に、その周囲にいた彼らはどこか呆気に取られた様子で、冷静さを取り戻すと、白けたような雰囲気を醸し出していた。いわゆる、ひとりの言動に、他の全員が、空気読めないなこいつ、という不満を外に放つような嫌な空気感だ。神原は周りのそういう態度に敏感で、つまり繊細な性格だったので、その雰囲気に気付いていなかったはずがない。僕は彼の顔を見てはいなかったが、おそらく、しまった、とそんな表情も浮かべていたはずだ。
その会話を聞いた日の放課後、
「実は僕も、その原作、好きなんだ。映画はめちゃくちゃ駄作だ、と思うけど。そもそも男ふたりのコンビの片割れを女にて、恋愛話に持っていく感性が合わない」
と意気投合して、僕たちは関わるようになった。高校一年生の時の話だ、一年生、そして二年生の頃、僕たちは小説、特にホラー小説、というコンテンツによって仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。僕たちは小説を書いていた。神原は中学の頃から書いている、と言っていて、僕に「試しに何か書いてみろよ」と創作の世界に誘ってくれたのも、彼だった。
神原はいまも小説を書いているのかは分からないが、当時は僕よりも彼のほうが、一日の長があり、僕よりも優れた作品を書いていた。どこかの賞を受賞した、と聞いても、驚かなかったくらいに。僕のほうは、他人に見せられるような代物ではなかったし、見せたい、とも思わず、彼に読んでもらうためだけに書いているみたいなものだった。
当時、僕たちには共同のペンネームがあった。彼は覚えているだろうか。いやきっと覚えているはずだ。
高校三年になって、彼が僕に朝里を紹介しなかったから、僕たちの関係はまだ続いていたのだろうか。僕が朝里を好きにならなかったら、僕と彼の関係は、大学に行ってからも、社会人になったいまでも、途切れることなく良好なままだったのだろうか。実際にそうはならなかった以上、分からない、としか言うことができないのだが、ただ朝里と僕がこんな結末を辿ってしまう、その運命を、未来を知っていたなら、僕は彼との関係を選んでいたかった、とも思う。過去になったからこその、身勝手な思考でしかないのだが。
「どうしたんだ」
と声がして、僕は我に返る。いまの神原が僕の顔をじっと見ている。いまの彼の顔越しに、むかしの彼の幻影を見た気がした。
「あぁいや、なんでもない。あと語る人間もわずかになってきたな、って思って」
「怖いか」
「怖い、な。ただその恐怖は怪談を聞く時とは、すこし違う気もする」
「なら俺の計算通りだ」
と、神原が笑う。
「なんだよ、計算通り、って」
「まぁそのうち分かるさ」
と、意味深な言葉を続ける。
「で」僕たちの会話に自身の言葉を差し込むように、小野寺さんが言った。「どうする、また休憩を挟むか?」
「うーん。いいんじゃないですか、佐藤も言ってるように、もう語る人間もあとわずかだし、このまま進めても。まぁ次に話す人間に決めてもらおう」
もう神原の中では、次に話す人間は確定しているみたいだ。もちろん僕もそうだと思っていたから、反論をするつもりもない。
神原が、夢宮くんを見た。
じっと。
「どうする?」
「もちろん」夢宮くんがほほ笑む。「すぐに話します。そっちのほうが僕としても嬉しいので」
「そうか。じゃあ頼む」
さっきの休憩の時に濁した話が、これからの話だとしたら、夢宮くんの話は『クラスの子が死んじゃって』に関わるエピソードなのだろう。
さてそろそろ僕は何を話すべきか。その覚悟を決める時に来ているのかもしれない。彼らの話を聞きながら、たぶん話すならこれがいいのだろう、としっくりくるものがあるとしたら、それはひとつしかない。だけど違和感があり、予感がある。それは先ほどから感じていた通り、僕にまで話の番が回ってこないのでは、というものだ。何故かは分からないけれど。
「いきなりなんですけど、みなさんの初恋はいつですか?」
「どうしたの、そんなかわいいこと言って」夢宮くんの初恋なる言葉に、真っ先反応したのは、新倉さんだ。「怖くなって、恋話でもしたくなった?」
「いえ、そうじゃないんです。これからの話に関係があって」
「俺はもう覚えてもないな」
と笑ったのは、小野寺さんだ。
「私もそんなに甘酸っぱい初恋のエピソードはないよ」
と言うのは、相瀬さんだ。
「そうなんですね……」と夢宮くんが頭を下げる。そして続ける。「僕の初恋は小学校の六年生の時でした。いまは中学二年生なので、いまから大体二年前ですね。確か転校してきたのは、小五の時だったかな。転校生だった女の子を、僕は好きになったんです。いえ、実はもっと前にも女の子を好きになったことはありますが、これは初恋じゃなんです。本当の初恋はその子だけ」
「甘い甘い話だねぇ」
と茶化すように言ったのは、鈴木さんだ。
夢宮くんはそれを無視して続ける。しかし落ち着いた話し方をする少年だな、と思う。こういう場だからだ、としても、自分が中学生の時、ここまで大人びた雰囲気があったか、というと、なかったはずだ。
「みんながかわいい、っていう感じの転校生ではなくて、どちらかと言えば目立たない感じの。で、ちょっとしたことで仲良くなって、その時、僕にはひとり仲の良い男の子がいて。僕と彼と、その子の三人の、お話なんです。これは」
僕は横目で、神原を見る。神原に表情を変える素振りはない。
三角関係か。いやきっとどこにでもあるような話なのだろう。僕と神原、そして朝里の三人の中で起こったこととは何も関係ない。それでも神原が近くにいる以上、思い出さずにはいられない。
そして夢宮くんが語りはじめる。
クラスの死んだ子……。
これもまた彼が、語り手が、誰かを殺す物語なのだろうか。現実感に乏しい、虚構めいた。きょうの僕はどこまでも死と切り離せないみたいだ。もう嫌で嫌で仕方なく、この場所から逃げ出したくもあるのだが、どこかに安息の地があるわけでもない。
毒を食らわば皿まで、だ。
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