相瀬縁

女王と神のいた場所 前編

 さて、じゃあまず何から話そうか。例えばそう、佐藤さん、ここまでみんなの話を聞いて、どう思った?


 私は、ね。みんながどこか同じにおいがする、って思った。んっ、なんで、そんなに驚いた顔、してるの? あっ、小野寺さん、笑って自分の服のにおいなんて嗅がないでくださいよ。分かっててやってますよね。もちろんそんな意味じゃなくて、罪のにおい、って言ったらいいんですかね。


 って言っても小野寺さんの話なんかは元から知ってたし、佐藤さん以外とは面識もあったから、分かってたことではあるんだけど。


 佐藤さんは、どうなのかな、って思って。佐藤さんだけはまだ分からないから。

 私たちと同じかもしれないし、もしかしたらまったく違う。本当に清廉潔白な人間かもしれない。そんな嫌な顔、しないで欲しいな。嫌だな、と思っても多少は我慢してくれないと、私たちも嫌な気分になってしまうから。失礼な人間、私は嫌いだな。ごめんごめん、冗談。気にしないで。


 さっき新倉さんが私のことを占い師と言ってたでしょ。もちろん嘘じゃなくて、本当で、手相とか姓名判断とかの、いわゆる相術ってやつを中心のお店を開いている。ここよりももっとちいさくて古いアパートの一部屋を借りて。新倉さんは有名なんて言ってたけど、全然有名でもなんでもなくて、なんとかやっているような感じ。最近は電話での占いが流行っていて、なかなか足を運んでくれるひとはすくなくてね。自分で言うのもなんだけど、私がお客さんだとしたら、じゃあ喜んで入るか、って言ったら、やっぱりためらってしまうのは事実かな、って思うくらいにはうさん臭さもあるから仕方のない話。


 占い師なのは噓ではないし、それは信じて欲しいのだけど、

 ただ、それとは別に、私にはむかしからほんのちょっと特殊な力があって。生まれつきの。それがこの仕事をする上で、だいぶ役に立っているのは間違いない、と思う。


 私は、ひとの心が読める。

 ……あぁこの言い方はあまり正しくないかもしれないね。相手の望んでることが分かる、って言ったらいいのかな。相手の望んでることやして欲しいこと、なんとなく分かって、それが外れることがない。


 気が利く?

 まぁその延長線上にあるものだとは思うんだけど、ただ気が利く性格なだけにしては、あまりにも『外れない』というか、ね。


 たとえば小学校の時、だったかな。クラスメートの女の子が何かを探していて、私はその姿だけを見て、あっこの子、消しゴムがないんだ、って分かったことがあった。なんで、って言っても、それは私にもよく分からない。私が自分の消しゴムを貸すと、向こうも条件反射的に、ありがとう、って言ってくれたけど、不思議そうな顔をしてた。結局その消しゴムは盗まれたらしくて、犯人は彼女に好意を持っていたクラスの男子だったみたい。……でも犯人が分かるまで、疑われてたの、私みたいで。


 ねぇ夢宮くん、なんでいま表情変えたの?

 ふふっ。まぁいいか、次の話期待してるよ。

 いまの私の話に集中してね。


 ……まぁそりゃ、そうよね。相手の望んでいることが分かって、望んでいることをした、としても、必ずしもそれが良いふうに転がるとは限らない。その失敗から、『このやり方は良くなかったな、次からは、まず「何を探してるの?」って聞いてから渡そう』って社会性を、私なりに身に付けていく感じ。


 私はこの能力を好きだったことは一度もない。自覚して以降、一度も、ね。でも役には立つから使わせてもらうけど、ね。殺虫剤が好きじゃなくても、あればゴキブリでもなんでも殺す時に使うでしょ。まぁ殺虫剤に好きも嫌いもないだろうから、たとえとしてはあまり適当じゃない気もするけど。私はこの力を憎んでいたし、嫌っていた。


 理由は?

 母、のせいかな。この能力を誰よりも愛していたのは、母だったから。絶対勘違いしないで欲しいのだけど、愛していたのは私の能力で、決して私を愛していたわけではない。母はたったの一回でも、私を愛したことはなかった。これは自信を持って言える。


「私は神の子を産んだ」

 一度、彼女は私にそう言ったことがあった。彼女、って言い方が引っ掛かる?

まぁ私にとっては、他人にしてしまいたい相手ってこと。その意志表明かな。この言葉、母と接する中で何度か聞いたけど、たぶん最初に聞いた時は、特別な子どもを産んだ私は特別なんだ、って意味合いで使ったんだ、と思う。すくなくとも子どもを溺愛するようなものではなかった。たいしたことのない、いやそれ以下の女のくせにね。


 佐藤さんのお母さん、ってどんなひとだった。

 優しいひとだった?

 厳しいひとだった?

 怖いひとだった?

 冷たいひとだった?

 熱いひとだった?

 あっ、もちろん言いたくなかったら、言わなくてもいい。……っていきなり家族の話をするのは、あまりにも不躾だったね。必ずいるとも限らないのに。私自身がこういう話を嫌うくせに、ね。


 そっか、ふぅん。なんか優しい感じだね。それはとても良いことだ、と思う。別に厳しいことが必ずしも悪いなんて言う気はないけど、それでも子どもからすれば、怖かったり厳しかったりするより、優しいほうがいいよ。あなたのためを思って、なんて言って厳しい顔をするおとななんて、大抵自分のことしか考えてなかったりするからね。


 私の母は優しいわけでも厳しいわけでもなかったかな。

 過干渉でありながら、だけど私の心はどうでもいいと思っていて、自分第一のひと。私を物としてしか見ないひとだった。商品、という意味でなら、もしかしたら大切に扱われていたのかもしれないね。私が彼女の子どもだからそう思ってしまってる面はもしかしたらあるのかも。でも物事なんてそう客観的には見れないから。つねに私たちは主観でしか何かを見れない。


 私たち、なんてみんなを巻き込むような言い方は嫌だったかな。


 大丈夫? なら、良かった。

 父はいない。物心ついた時からいなくて、どういうひとかもほとんど知らない。母が酔った時にたまに話してくれたけど、ね。あんまり良いふうには言わなかった。別れてるうえに、結構ひどい別れ方みたいだったから当たり前か。父をかなり悪く言ってた。だけど私は母が嫌いすぎて、母よりも父のほうが良いひとに、すくなくとも私にとっては良いひとに決まってる、って思い続けてた。何も知らないのに、ね。そうであって欲しい。そんな願いが、私の心の中にあったのかもしれない。せめて父だけでもまともなひとであってくれ、みたいな。あとあんな女と一緒に居続けるなんて常人には難しいだろうから。


 私たちは母子ふたりで、ちょっと良いマンションに暮らしててね。当時私たちはここよりももっと南の温かい地域に住んでて、具体的な地名は避けるけど、そこが私の生まれた場所だった。


 母は詐欺師だったから。いやこういう言い方をすると、母は怒るし、否定するかもしれない。私はみんなと仲良くなって、幸せをお裾分けした、だけ、ってね。あぁ変な顔しないで。まだ残っている可能性もあるし、これも具体的な名前は伏せるけど、この言葉は母が、当時通っていた集まりの会長さんになるのかな。そのひとがよく使っていた言葉で、母はそのひとにすごく影響を受けていたから。


 名前は仮に、『幸せになれる会』とでもしておきましょうか。

 新宗教的な団体。もちろん新宗教すべてを一括りにして、悪いもの、と扱うことはしないけれど、この団体に関してはほぼ間違いなく詐欺と決め付けて問題ない。私も何度か母に連れられて行ったこともあるけど、隠す気もゼロなうさん臭さはあったし、あと何よりも母が入会していたから。そんな場所がちゃんとした場所のはずがない。


 そこの会長さんがいつも、

「幸せのお裾分け」

 って言葉を使うんだ。うさん臭くはあるけれど、そこそこ有名なひとで、ローカルテレビの番組なんかで見たこともあった。その時にも、馬鹿のひとつ覚えみたいに、お裾分け、お裾分け、って。幸のなさそうで、品性下劣な顔をしていたけれど、そんな人間がよくお裾分けなんて言葉を使うなぁ、なんて子どもながらに思ったもの……あぁごめん、口が悪かったね。でもその時正直に思ったことを言語化すれば、どうしてもそうなってしまう。そのくらい憎しみがあった、ってことで許して。


 母は、健康食品とか元気になれる水みたいな物を周りに売っていた。当時私も子どもだったから、いわゆるその商品が『幸せになれる会』を経由していたものなのか、それともまったく別のところから得ていたのか、は分からない。私は勝手に関係あると思っていたけど、まったく関係ないのかもしれない。私の知らない母の別の顔が、他にもあったかもしれないし。


 そんなの、買うひと、っているのか?

 いるよ。もちろん。結局口の上手なひとや真実に見せかけるのが上手なひと、と他人の言葉に影響を受けやすいひとが出会ってしまうと、大抵のことはなんだって起こりうる。たとえば母が騙したひとの中には、母が誰かを、殺せ、と言えば、本当に実行しそうな従順なひとだって。たとえば、なんて言ったけど、もしかしたら本当にあったことかもしれない。怖い話だけど、周りで行方不明になったひとは実際にいるからね。


 母は身内以外と接する時は、決して高圧的でも、傲慢な態度を取る人間でもなかった。物を買わせる時に母がすることは、いつだって親身に相手の相談に乗って、懐に入る。それだけだったから。まぁこういうことでお金を稼ぐ連中の多くは、似たようなものなんだろうけどね。このひとのためにお金を使いたい、って思わせるためだけに、母は周囲の人間の声に耳を傾け続けた。


 そんな母の娘が、私だった。私みたいな特殊な力を持った人間が絶対に近付いてはいけないタイプの人間こそが、母、だったの。


 だから私は無意識だったけど、いま考えれば、この能力を自覚してから、母にはばれないよう気を付けていた。私の存在は、母の金と承認欲求を満たす、と感覚的に知ってたから。


ゆかり、幸せになりたいでしょ。幸せになる、っていうのは、ひとりで達成できるものではないの。そうね。たとえば私が幸せになれば、結果としてそれはあなたの幸せにもなる、っていうことを忘れてはいけない。ねぇ、一緒に幸せになりましょう。協力してくれる」

「う、うん」

「良い子ね。じゃあ、会って欲しいひとがいるの」


 誰だろう。はじめてそう言われた時、すごく怖いイメージが浮かんで、不安だったのを覚えてる。怖そうなおじさん、うんそれこそ、堅気ではない感じの。そんな感じのおじさんがいて、私を殴る蹴る、死ぬまで、そんなことをし続けるようなおじさんと会うんじゃないかって怖くて怖くて仕方なかった。でもいま思えば、その時に殺されておけば、以降のことは何も起こらなかったわけだから、本当はそっちのほうが幸運だったのかもしれない。


 私が会ったそのひとは、同級生のお母さんだった。

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