第297話 もこもこゲームマスターのもこもこした遊び。うっかり真剣になる大人達。「クマちゃ……」「えぇ……」

 素敵な新商品を思いついたクマちゃんは、試作品を作るため、お魚さんの鞄をごそごそと探った。

 

 酒場ちゃんとクマちゃんのお店に見本を置いて、その下に『限定品クマちゃん』と書いておけば、それを見たひとたちに『無くなる前に買わないと!』と思ってもらえるかもしれない。


 うむ。これならまったく余らないクマちゃんである。



「可愛すぎる……。黒猫も着てみて欲しいけど……」


 リオが白黒ウサギさんの着ぐるみを着たもこもこを葛藤しながら眺めていると、もこもこがごそごそと鞄を漁り出した。


 彼は『白黒ウサギクマちゃんは杖を取り出して何を作るのか』ということよりも、鞄が魚なことのほうが気になった。


「鞄こっちのがよくね?」


「たしかに、ニンジンの鞄のほうが似合うだろうね」


 リオがルークの横に積み上げられたもこもこ衣装の山から橙色の小さな鞄を取り出し、派手な男が相槌を打つ。


「じゃあこれも」


 リオはもこもこが抱っこするにふさわしい、黒いウサギの人形をテーブルに置いた。


「白か黒の敷物が欲しいのだけれど」


 可愛いもこもこの衣装と小道具を最高の状態に整えようとした彼らの、終わなきもこもこコーディネートを止めたのは、マスターの渋い声だった。


「白いの、また何か作るのか?」


 まさかもこもこグッズか――。いや、もしかしたらもこもこ菓子かもしれない。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、限定品ちゃん……』


 クマちゃんは今から限定品ちゃんの見本をつくります……と、もこもこ商品開発士は存在するだけで揉めそうなアイテムについて語った。


「クマちゃん限定品って何個作る予定? 俺ぜったい買うから」


 金髪の店長がさっそく火種にボ……と点火する。

 詳細は聞いていないが、模型もあるに違いない。


 美しい南国の鳥が、ふ、と好戦的な笑みを見せた。 


 甦った死神は火種を製作しようとしているもこもこへ、火種の製作にぴったりな魔のつく石をささげる途中で、もこもこした副店長を権力で縛り付けようとする不遜な金髪へ、凍てつく眼差しを送った。


「クマちゃ……」


 商品開発士は首元のリボンをキュ、と整え、魔石の到着を待っていた。

 

 考えごとで忙しく、揉め事には気付いていないらしい。


 片手で顔を押さえ、こめかみを揉んだマスターは、「そうか……」と頷き、気になっていることを尋ねた。


「あ~、そういえば、集めた銀貨は何に使うつもりだ?」


 作品の素晴らしさを思えば、銀貨など安すぎる。が、問題はそこではない。


 冒険者全員、もしかしなくともギルド職員全員で金貨を銀貨へ両替するとなると、今度は酒場の、否、近いうちに森の街の銀貨が不足し『すまないが、お前が集めた銀貨をこちらの金貨と交換してくれないか……』と赤ちゃんクマちゃんにお願いせねばならなくなってしまう。


 もこもこに『森の街でお買い物をしてきなさい』と強要するわけにもいかない。

 いざとなったら『よろず屋お兄さん』に両替を頼むか――。


 作るものすべてが魅力的すぎるのも問題だな。

 マスターは存在も製作アイテムも、すべてが魅力的なもこもこの回答を待った。


「クマちゃ……」

『お人形ちゃん……』


 銀色のお人形ちゃんを作ったら格好いいちゃんでしょうか……。

 なんでも肉球でこねこねしてしまう魅惑のもこもこが、銀貨を格好いい銀塊へと変える衝撃的な計画を漏らした。


「待て待て待て!」


 胃と頭に痛みを感じたマスターは急いで止めた。

 このままでは、銀貨がすべて肉球でどうこうされてしまう。


「あ~、そうだな。銀貨じゃなくていいなら、お前が欲しいものを皆が買ってきて、それと模型を交換するってのはどうだ」


「クマちゃ……」

『大変ちゃん……』


 白黒ウサギな赤ちゃんクマちゃんが、もこもこのお口を両手でサッと押さえた。


「いや銀貨のほうが『大変ちゃん』だから。すでになくなってっからね」


 森の街経済の一部がもこもこの肉球で『クマちゃ』されたことには気付いていたが、結局誘惑に負けた男がもこもこをもふ、と抱き上げた。


『だからクマちゃんに金渡しちゃ駄目だっつったじゃん』と正論を吐くには、彼も自身の銀貨を渡しすぎていた。



「クマちゃん可愛いねー」とリオに撫でられたクマちゃんは「クマちゃ……」と着ぐるみについている肉球を口元に当てた。


 どうやらまちゅたーは銀貨以外で『お仕事クマちゃん模型ちゃん』を購入したいらしい。

 クマちゃんはうむ、と頷いた。

 

 たくさん集める小さな飾り、といえば『丸い魔道具と銀貨』である。

 絶対に必要だと思い込んでいたが、クマちゃんはすでにお金持ちなので、たくさんの銀貨ちゃんは必要ない。


 本当は無料でお渡ししたいが、それだと『無料クマちゃんかぁ……』と、安っぽいクマちゃんだと思われてしまうかもしれない。


「クマちゃんめっちゃ可愛いねー」


 リオちゃんがクマちゃんを撫でてくれている。

 しかしクマちゃんは忙しいのである。


 考えごとに集中したいクマちゃんは、リオちゃんの腕に仰向けになり、両手の肉球を見せ、『クマちゃんはお取込み中です』のポーズを取った。



「ヤバい……可愛すぎる……」


「とても愛くるしいね……。リオ、動かないでそのまま座っていて欲しいのだけれど」


「え、撫でんのも駄目? リーダー、逃げたくなるから殺気飛ばすのやめて」  

 

「――――」


「ほんとうに可愛いな……おいクライヴ。大丈夫か」



 クマちゃんはお目目をキュム、と閉じ、むむむ、と一生懸命考えた。


 そして、ハッと思いつく。 

 簡単に手に入るクマちゃんよりも、頑張って手に入れたクマちゃんの方が大事にしてもらえるのではないだろうか。


 みんなで頑張って楽しいことちゃん……、と悩むクマちゃんの頭に、何かの映像が浮かぶ。


 テーブルを囲む、喜び、肩を落とす人々。

 誰かはカードを受け取り、誰かはカードを失う。


 それぞれがサイコロを振り、色とりどりのアイテムが行き来する。


 天才なクマちゃんはすぐに理解した。

 あれはボードゲームちゃんという、仲良く楽しく遊べる何かである。


 美味しいお料理ちゃんを食べ、楽しいボードゲームちゃんで遊び、入手した『クマちゃんグッズ交換チケット』を使い、お腹がすいたらまた美味しいお料理ちゃんを食べる。


 うむ。これならお客ちゃん達も『クマちゃんまたね』と言わず、『もうちょっとクマちゃんのお店にいようかな』と言ってくれるだろう。



 寂しがり屋で甘えっこな赤ちゃんクマちゃんが思いついたそれは、金はほとんどかからないが時間が大量に奪われる、客から『なんて恐ろしい店だ……!』と言われかねない、底なしもこもこ沼のような計画だった。



「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、ゲームちゃん……』


 独り言を呟きもこもこ、もこもこ、と起き上がったクマちゃんは、「あ、クマちゃん起きた? 可愛いねー」と優しく撫でてくれるリオの手をもふ、と掴み「クマちゃ……」と子猫のような声で伝えた。


『作るちゃん……』と。

 


 もこもこがテーブルの上でもこもこしながら作ったものは、半円形の小さな、カジノテーブルにそっくりな魔道具だった。


「クマちゃんそういうのどっから覚えてくんの?」


 可愛らしい我が子の非行が心配なリオが、もこもこを『メッ!』と叱る。


 完成した魔道具の出来を確かめたいもこもこはヨチヨチ、とカジノディーラーのように、所定の位置へ移動した。

 クマちゃんの後ろでは、肉球で磨かれたカエルさんがランプのように輝いている。


 カジノには行ったことがない赤ちゃんなクマちゃんが、首元のリボンを整えつつ「クマちゃ、クマちゃ……」と言った。


 参加者ちゃんは八人ちゃんですね……、と。


 別荘内にいるルーク、ウィル、リオ、クライヴ、マスター、お兄さん、ゴリラちゃん、ついでに水のもこもこ宮殿から別荘を覗き込んでいるギルド職員も『参加者ちゃん』として数えてしまったらしい。


「さすがクマちゃんですね。ウサギさんの格好も最高に似合ってます」


 その部屋は、まるで冒険者の中から上位の人間だけを集めた、秘密会議室のようだった。

 入るのを躊躇していたギルド職員は、普段はリオが座っている、宮殿から一番近い寝椅子へ、愛らしいもこもこと新衣装を舐めるように見つつササッと移動した。


「すみませんゴリラちゃん、お隣失礼いたします……」


 大きな寝椅子にひとりで座っていたゴリラちゃんに声を掛ける。

 可愛いクマちゃんが呼んでくれたのだから、絶対に参加せねば。


 自己愛が強めなギルド職員は「そこ俺の椅子なんだけど」というリオの言葉を、「あ、ここは景色が最高ですね。中から見るのは初めてです」と、今のところ誰からも求められていない初体験報告でかき消した。



「参加者って、何の参加者?」


 もこもこの幸せな計画を知らない男は、戻る場所を失い、中央に魔王が座す寝椅子の右側、端というほど端ではない場所で、背中のクッションを整えつつ尋ねた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、参加費ちゃ……』


 参加費ちゃんは、魔石ちゃんかキラキラの木の実ちゃんか、素敵な素材ちゃんです……。


 ゲームマスタークマちゃんはそよそよと吹いた『何の参……』に気付かず、参加費の説明を始めた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『勝つちゃ、ちけっとちゃん……』


 ゲームに勝つと『クマちゃんグッズ交換チケット』ちゃんが貰えます。銀貨のかわりに使ってくだちゃい……。


「え、それってもしかして、模型から好きなやつ選んで交換できる感じ?」


『お仕事クマちゃん模型ちゃん』を完成させたいリオの目が、キラリと輝く。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『ちけっとちゃ、銀貨ちゃん……』


 クマちゃんグッズ交換チケットちゃんは、銀貨ちゃんのかわりに使ってくだちゃい……、と子猫のようなゲームマスターは何を聞かれても『ニャー』と答える猫ちゃんのように、可愛いお返事をした。



「今日はキラキラな木の実は見つけられなかったよ。残念だけれど魔石でいいかな」


 少し悩んだウィルは、これならたくさんあっても困らないだろうと、三つの魔石を渡した。


「今日はっていうか、今まで森で『キラキラな木の実』なんて拾ったことないよね」


 リオも道具入れから魔石を出しつつ、一人掛けのソファで寂し気な表情をしている男へ、胡散臭い鳥を見るような視線を向けた。


 意外と慎重な男が取り出した魔石はひとつだ。

 たとえ運が良くても、一度で魔王に勝てるとは思えない。


 失礼な男は運の悪そうな死神になら何度でも勝てると考えていた。


「まぁ、白いのが望むなら森が応えてもおかしくはないだろ」


 マスターは苦笑をしつつ、そのうち冒険者達が拾ってきそうだな……、とテーブルへ魔石を二つ置いた。

 赤ちゃんクマちゃんの考えるゲームとはどんなものだろうか。微笑ましい気持ちで、小さなカジノテーブルを眺める。


 ウサギの着ぐるみ姿の可愛らしいゲームマスターが、もこもこのお手々でカードをかき混ぜている。

 マスターはパラパラとテーブルから落ちる小さなカードを見ながら『配るなら手伝ってやらんとな……』と優しく目を細めた。


「――――」


 もこもこの可愛さに苦しむ死神が服の胸元を強く掴み、震える手で魔石を置いた。

 愛くるしいもこもこに支払う魔石は五個だ。

 一度に一袋――とも考えたが、負けた時のことを考えるとそうはできなかった。


「…………」


 もこもこが楽しいなら何でもいいルークは、道具入れから二つの魔石と森で拾った綺麗な石を出した。


 特別な力をもたない石は、綺麗なだけで何かの役に立つわけではない。

 しかし室内のランプに照らされ緑色に輝くそれを見たもこもこは「クマちゃ……!」と感動し、甘える子猫の声で大好きな彼の名を呼んだ。


『るーくちゃ……!』と。


 お兄さんが大きな赤い宝石を取り出し、リオが「えぇ……」と肯定的ではない眼差しを向ける。


 お兄さんの寝椅子ではなくギルド職員の左隣に座っているゴリラちゃんがごそごそ……と、脇腹あたりを探るような仕草をした。

 脇腹に潜む闇色の球体から出てきたのは、色違いの青い宝石だった。


「いや小っちゃい子の遊びに宝石はやりすぎでしょ」というリオの言葉に頷くものはいない。

 

「皆さん本気ですね……。分かりました。俺もコレを出します」


 やはり一般人の入れる場所ではなかったらしい。

 震えるギルド職員は覚悟を決め、事務の人間に両替を断られた金貨を置いた。



 カジノテーブル型魔道具の上でカードをぐちゃぐちゃにかき混ぜていたゲームマスターが、愛らしい声で説明を始めた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『最初ちゃ、ゲームちゃん……』


 最初に、ゲームちゃんの説明ちゃんをします……。

 まずは、コマちゃんをお配りします。サイコロちゃんを振ると、クォマちゃんに色々なことが起こります。お困りのクマちゃんを、最初に幸せちゃんにした人が、勝ちです……。


「コなのかクなのかはっきりして欲しいんだけど」


 細かい男はゲームマスターに心のもやもやをぶつけた。

 コマかクマか、それとも言いにくいクォマが正解なのか。

 

 ゲームマスターが「クマちゃ……」と両手の肉球を上げると、それぞれの魔石や宝石、参加費が消え、かわりにコマのクマちゃん『コクマちゃん』が現れた。


 コクマちゃんは六角形の台座の上で、お目目を潤ませお困りの表情をしていた。

 お洒落なお洋服を着ていない、可哀相な初期クマちゃんである。


 台座に映る風景は、どこかの地面のように見えた。

 草原というほど草木が生えているわけではない。なんとなく寂れた雰囲気だ。


「やばい……。俺のクマちゃんが……俺のクマちゃんが……幸せそうじゃない……」


 リオは自身の目の前に置かれた、お困り初期クマちゃんに胸を締め付けられ、ふれることの出来ない映像を指先でそっと撫でた。


「これは……早く助けてあげたいね。サイコロは……」


 ウィルが切なげに眉をよせ、カジノテーブルで「クマちゃ……」とつられてお目目を潤ませているもこもこを見た。

 

 ゲームマスタークマちゃんのもこもこした着ぐるみお手々についた丸い爪が、ぐちゃぐちゃのカードをカリカリ、と一枚引っかく。


 キラリ、と輝きクルクル、と宙で回転したカードから『クマちゃーん』と愛らしい音声が響いた。


『まちゅた』と。



「おい、大丈夫か……」


 隣の一人掛けソファでコクマ事故にあった死神に声を掛けていたマスターが、「俺だな」とテーブルに現れたサイコロに手を伸ばす。


 彼の初期クマちゃんも、お洋服を一枚も持っていない可哀相なもこもこだった。

 早く幸せにしてやらねば……。想いと共にサイコロを振る。


 出た目の数は、五。


『クマちゃーん』


 可愛らしい音声が、『宝箱ちゃーん』と彼の得た物を報告する。


 白黒ウサギなクマちゃんは、「クマちゃ」とお手々を上げ、まるで自分が宝物をもらったかのように喜んだ。


「えぇ……クマちゃんも喜んじゃうんだ……。じゃあ良い物当てないと……」


 良いことが起こると、コクマちゃんだけでなく本物まで喜んでしまう仕様らしい。

 リオは最初のだらけた態度を改め、真剣な表情でマスターのコクマちゃんを見た。


 寂れた台座の上の小さなクマちゃんが、目の前に置かれた宝箱をカリカリ、カリカリ、と引っかき、パカ、と開いたそこへ可愛い頭を突っ込んでいる。


 ぽふん、と箱が消え、裸だったコクマちゃんの首元に、可愛らしいピンク色のリボンが結ばれた。

 

 マスターが自身の台座で喜ぶ小さなクマちゃんに「良かったな」と優しい声を掛け、ウサギなクマちゃんも「クマちゃ」とお手々を上げる。


「やばい。俺のクマちゃんにも早く服着せてあげないと」


「お洋服を着ていないクマちゃんも愛らしいけれど、悲しそうに潤む瞳を見ると胸が痛むよ」


「ああ」


「――――」


「次のサイコロは誰ですか?! 早く振らせてください!」



 最初から本気にならざるを得ない、自身の可愛いもこもことゲームマスターを一番に幸せにするというゲームに、参加者達の目の色が変わった。


「クマちゃ……」


 大人達を危険な遊戯へいざなう赤ちゃんは、『クライヴちゃ……』と次にサイコロを振る人間、マスターの右隣に座る男を指名した。


 苦しみながらサイコロを振る死神が出した数字は、二。


 可愛らしい音声が『温泉ちゃーん』と結果を報告し、彼のクマちゃんが温泉でちゃぷちゃぷする泡々クマちゃんに変わる。

 ウサギなクマちゃんが「クマちゃ」と愛らしく頷いている。


 まずまずの結果らしい。

 温泉は嬉しいが、お洋服が欲しいのだろう。


「うわ、すげー可愛い! 頭に泡のってんだけど!」


「次は僕かな」


 ウィルは隣で震える死神に視線を向けず、自身のもこもこを愛らしくするため、シャラ――、と愛のサイコロを振った。

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