第234話 おやすみもミステリアスなクマちゃんたち。
南国の島風中庭の空き家にいるクマちゃんは現在寝る支度を整えようと頑張っている。
でもリオちゃんがクマちゃんに怪しい魔法をかけるので、体の動きが止まってしまう。
◇
新米ママリオちゃんは大事な我が子の背中をふわふわと撫でたりトントンしたりしていた。
「可愛いクマちゃんはおねむですねー。このまま寝ちゃっていいよー」
小さく声を掛けつつ、愛らしくお目目を瞑っているもこもこを観察する。
子猫のようなクマちゃんのもこもこのお口が、もこもこと動いている。
「クマちゃ……クマちゃ……」
『クマちゃ……おベッドちゅく……』
クマちゃんは今からみんなと眠るための場所をつくるのです……、という意味のようだ。
「クマちゃん絶対頑張りすぎだって。ソファあるしこのままでも良くね?」
冒険者な新米ママはベッドでなくても寝られる。
冒険者達は皆そうだろう。
「クマちゃ……クマちゃ……」
『クマちゃ……おベッドちゅく……』
愛らしい声は同じ言葉を繰り返している。
「クマちゃん『おベッドちゅく』らなくていいですよー。可愛いですねー」
リオはもこもこした提案を優しく却下しながら不屈のもこもこについて考えた。
なかなかのしつこさ。可愛い。もこもこしている。
クマというのは寝床にこだわりがあるのだろうか。
クマちゃんの体がモピクリと動いた。
――リオから漂うクマ差別を察知したようだ。
パチもこ――。
可愛いお目目とお口が開く。
「クマちゃ……クマちゃ……」
『リオちゃ……可愛いベッドちゅく……』
「えぇ……リオちゃんベッドに可愛さ求めてないんだけど」
心のベッドを見せつけ合うリオちゃんとクマちゃん。
「ほら、クマちゃん。ソファを端に退けたからここにベッドを作ったらいいのではない?」
南国の鳥のような男は内容と意識がぼんやりしている彼らの戦いを終わらせるべく動き出した。
無表情で無口な魔王様が、無駄に高度な風魔法で模様替えをしている。
魔法は緻密だ。
だが魔法を使っている大雑把な本体は家具の配置換えに興味がないらしい。
可愛い家具たちはすべて壁際へ寄せられた。
斜めになっていたり重なっていたりするものもある。
ソファに座るために必要な身長、およそ六メートル。
「……あ~、広くはなったな」
マスターはギルドマスターらしく、今回の模様替えの素敵な部分を探した。
「え、あれ祭壇じゃね? ……ほらクマちゃん広いですねー」
リオは壁際の芸術に背を向け、可愛い我が子に見せないようにした。
広い床を指し「ほらクマちゃん。そこがおすすめらしいよ」彼がいうと、幼く愛らしい声が「クマちゃ……」と返してくれた。
『おベッドちゃ……』
もこもこは広い床に興味を持ってくれたようだ。
危なかった。
クマちゃんが妙な儀式に目覚めたら大変だ。
リオが目を背けたそれは、大小のランプがところどころに垂れ下がるバナナの葉と重なる赤を照らし、南国の悪魔を祀っているような薄暗い雰囲気だった。
リオがヨチヨチ、ヨチヨチと床で何かを調べているもこもこを見守っていると、クマちゃんは鞄から何かを取り出し、肉球で砂を撒きだした。
「クマちゃ……クマちゃ……」
『クマちゃ……かわちゃべ……』
極限状態のもこもこが作ったのは巨大な円形のベッドだった。
妙に光沢のある真っ赤なシーツは床まで流れ、高級感といかがわしさが混じり合っている。
焦げ茶色の金属で出来た脚の長いロウソク立てが周囲に飾られ、可愛いというよりも怪しい。
シーツの中央にふわりと浮かび上がっている模様が気になる。
魔法陣か――?
訝しんだリオが目を凝らすと、そこに描かれているのはスイカ、お魚、釣り竿、イチゴ、可愛いクマちゃん。
「いやそこだけ可愛くても……」
リオはベッドの上で「クマちゃ……クマちゃ……」と抱っこをねだっている甘えん坊のクマちゃんを優しく抱え
「クマちゃんは可愛いけどベッドがやばいですねー」
円形祭壇風魔法陣ベッドを『凄い。凄くヤバい』と評価した。
ここに全員が寝ることを考えるとさらにヤバい。
長身の成人男性、五。クマの赤ちゃん、一。
高位っぽい存在、一。
そろそろ戻ってくるかもしれないゴリラ、一。
「…………」
愛らしいもこもこともこもこの真心が詰まった作品を愛しているスポンサーが、魔法陣からリオへと視線を移した。
どこかの村の村長が行方不明になりそうな危険な視線だ。
「魔法陣のような絵も愛らしいけれど、こちらのロウソクもとても愛らしいね」
美麗なものと愛らしいもこもこを好むベッド評論家ウィルは、長い燭台に立てられた素敵なロウソクを見つけてしまったようだ。
「あ、このロウソククマちゃんじゃん! めっちゃ可愛い」
「ああ」
リオが真っ白なクマちゃんロウソクの可愛さに気を取られているあいだに、相槌を打った魔王がリオからもこもこを奪っていった。
「あ……俺のクマちゃん……」
切なさが詰まったかすれ声を気にする者はいない。
ルークは赤ちゃんクマちゃんの寝る支度を整えに温泉へ向かったのだろう。
もこもこに近付きすぎず見守る死神のような男も、彼らを追うように消えていた。
「僕たちも行こうか」
◇
南国なのか中庭なのか分からないオアシスの夜。
円形のベッドに転がるイケニエのような彼らを、怪しげな光が照らす。
燃え尽きることなく熱くもない安全なクマちゃんロウソク八体である――。
放射状の花びらのような配置の彼ら。
嫌そうな顔で寝ているリオ。
寝ぼけてルークの指をくわえるクマちゃんを、彼がくすぐるように撫でる。
指を取り返すと、愛らしい寝言が「クマちゃ……」と響いた。
『ルークちゃ……』
「ずるいんだけど……」
不穏な『だけど……』が広がる。
村長の目が開いている。
「――――」
お疲れなマスターが深いため息を吐き、今日も仲良く過ごした彼らの一日は、あやしげなまじないのように静かに終わった。
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