第232話 語り手クマちゃん。「クマちゃ……」「マジで?!」

 現在クマちゃんはお客様に南国っぽいお茶をお出ししている。

 うむ。とても美味しそうである。



 クマちゃんは容器を三つ並べ、木製風お玉を持ち、その前をヨチヨチウロウロしていた。


 一つ目の器。

 足を止めたクマちゃんが、小さなお玉でチョロチョロと白い液体を注ぎ始めた。


 何も入っていないように見えるそれから、液体が出ている。


「あやしい……」


 さきほどは『へー』と思っていたが、あの場合原材料はどうなっているのだろう。


 注ぎ終えたもこもこが隣の器に移動する。


 ――チョロチョロチョロ――。


「赤くね? もしかしてスイカジュース?」


 クマちゃんはとても真剣な表情で一滴も零さぬよう、震える肉球で「クマちゃ……」チョチョ「クマちゃ……」チョチョと注いでいる。

 ――忙しそうだ。


 村長の質問に答える者はいない。


 次の器に移動したクマちゃんのお玉から出てきた液体は緑色だった。


「それ野菜ジュースでしょ」


 白、赤、緑。


「もしかしてスイカ?」


 村長は正解に辿り着き、副村長は液体の入った器に黒いストローを「クマちゃ……」した。


 村長と仲良しな副村長は、彼が大好きなスイカを主題におもてなしをしているらしい。


「クマちゃんマジかわいい……でも俺とくべつスイカ好きってわけでも――」


 余計な事を言ってしまった村長は氷と闇の気配を察知し口を閉じた。



 お客様は涙を流しながら喜んでいる。


「とても美味しいです……」

「幸せの味がしますね……」

「元気がみなぎるような気がします」


 彼らの体がキラキラと輝き、表情は穏やかなまま顔立ちが美しくなった。

 しかし驚愕しているのは噴水広場でクマちゃんニュースを視聴していた街人だけだった。


『あの人たちさぁ、ちょっと光ってるよねぇ?』

『顔変わってない?』

『おじさん、かっこいい……』

 


 赤ちゃんクマちゃんはお客様がもこもこしているか、していないかでしか判断できない。

 もこもこの保護者達は全員物凄い美形だが、人間の美醜に興味がなかった。



 もこもこ飲料メーカーのお飲み物のおかげで美しくなってしまった、クマちゃんのお客様達。


 彼らは心優しい副村長クマちゃんにふわふわなベッドを作ってもらったり、お布団の代わりにバナナの葉を(もこもこの指示に従ったリオに)かけてもらったり、非常に幸せな時間を過ごした。


「クマちゃんその人たちさっきまで寝てたからまだ眠くないと思うよ」


 おもてなしの気持ちが足りていない村長は、十五枚すべての葉を客達の腹だけにのせ、副村長に告げた。


 ハッとした副村長が、もこもこの口元を両手の肉球でサッと押さえる。


「クマちゃ……」

『ねむちゃ……』


 衝撃的な事実『まだ眠くない』を聞いてしまったクマちゃんはもこもこの体をもこもこもこもこ震わせた。

 肉球をペロペロし、心を落ち着けている。


 副村長は松明に囲まれ横になっている彼らへ視線を移し、幼く愛らしい声で「クマちゃ、クマちゃ……」と言った。


『クマちゃ、ねかしつけちゃ……』


 それでは副村長のクマちゃんが、お客様の寝かしつけをしようと思います……、という意味のようだ。


「え、クマちゃん優しい……けど無理じゃね?」


 リオは『いやクマちゃんになんかされたら寝れなくなるでしょ』という言葉を飲み込んだ。

 高位で高貴なお兄さんとは戦いたくない。


 クマの赤ちゃんが枕元をウロウロするのはおそろしいことだ。

 いつ布団を水でビシャビシャにされるか分かったものではない。

 新兵器のお玉から出てくるのはジュースだけだろうか。


 彼の心が叫ぶ。『ヤバイお玉にフタを!』


 仲良く寝られる巨大なふわふわのベッドに寝かされ、目がぱっちりと開いたお客様達のまわりで、硬いほうのクマ達が松明を持ったままウロウロしている。


 一匹転べば、ふわふわはボーボーに変わるだろう。


 

 人の話を聞かないもこもこは肉球で「クマちゃ……」と布団を指した。


「えぇ……」


 愛らしい我が子に逆らえないリオがもこもこを彼らの枕元にもふ――と降ろす。

 小さくなってしまった我が子はクマの兵隊にいじめられたりしないだろうか。

 不安だ。


「クマちゃ……クマちゃ……」


 お客様のお顔によじ登った副村長が、客の瞼を無理やり肉球でキュム! と閉じる。


「えぇ……」


 顔を子猫に踏まれ、肉球で瞼を押さえられたまま寝られる人間はどのくらいいるのか。



「クマちゃ、クマちゃ……」

『ある日ちゃ、クマちゃ……』


 ある日クマちゃんがお目目を覚ますと、そこは真っ白で素敵なお部屋でした……、という意味のようだ。


 寝かしつけは客の顔の上でいきなり始まってしまったらしい。


「いや自分の家で起きただけじゃん」


 もこもこミステリーを知らない村長が口を挟む。

「そこ降りたほうが良くね?」


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、木の実ちゃ……』


 クマちゃんは美味しい木の実を探しに、お外へお出掛けすることにしました……、という意味のようだ。


「え……クマちゃんまさか、ごはん木の実だけだったの? マジで?」


 独りぼっちなもこもこの食生活に動揺する新米ママリオちゃん。

 クマちゃんの実家で他のクマを見かけたことはない。

 

 ――クマちゃんはまだ赤ちゃんなのに……、とても寂しかっただろうね……――。


 ――ああ……――。


 切なげな声と感情がなさそうな、実は動揺しているような声が響く。


 ――あいつは一体いつからひとりなんだ……? まさか親が……――。


 ――木の実だけだと……? 馬鹿な……――。


 もこもこのパパのような渋い声と、氷のような声に苦いものが混じる。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、凶悪犯罪ちゃ……』


 クマちゃんが一生懸命美味しい木の実を探していると、大声で怒鳴る獣のような犯罪者が現れました。クマちゃんは凶悪犯罪に巻き込まれてしまったのです……、という意味のようだ。


「マジで?! クマちゃん大丈夫なの?!」


 可愛い我が子に起こってしまった恐ろしい出来事。

 怒りに震える新米ママ。


 何故、クマちゃんが苦しんでいたとき助けてあげられなかったのか……。

 あんなにひとけのなさそうな場所で犯罪に巻き込まれるなんて。

 まさか、助けを呼ぶことも出来ず、赤ちゃんクマちゃんだけで解決したのだろうか。


 リオの頭に、毛並みが乱れ、折れた杖を握りしめ戦う可哀相なクマちゃんが浮かんだ。


「ヤバい……。クマちゃんがかわいそすぎる……」


 ――凶悪犯罪者……? 街のなかに犯人がいるということ? まさか、まだ捕まっていない? ――。


 ――やるか……――。

 

 ――木の実探してるだけのクマの赤ん坊を襲ったのか……とんでもねぇ悪党だな……――。


 ――殺す――。


 愛らしい声が紡ぐ危険な寝物語に、保護者達が殺気立つ。


 誰も寝られそうにない。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『大怪我ちゃ、駄目ちゃ……』


 クマちゃんは一生懸命戦いました。

 しかし最初に頭をやられた『大怪我ちゃん』なクマちゃんは『もう駄目ちゃん』と思いました。


「大怪我……!? クマちゃんに怪我させるとかイカレすぎでしょ!」


 荒ぶる新米ママリオちゃん。

 心の村が戦の準備をしている。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『頭痛ちゃ、強いちゃ……』


『頭いたいちゃん』のクマちゃんを助けてくれたのは、凄く強くて格好いい、クマちゃんみたいな髪の色のお兄さんでした。


「クマちゃん頭怪我しちゃったんだ……。え、誰か助けてくれたの?!」


 新米ママリオちゃんは涙をこらえていた。

 大切な我が子の愛らしいもこもこ頭は怪我をしてしまったらしい。

 悲し過ぎる。木の実を探していただけなのに、なぜこんなことに。


 リオは心の木の実を強く握りしめた。


 しかし最愛のもこもこが大変なことになる前に、誰かがクマちゃんを助けてくれたらしい。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、ルークちゃ……』


 それがクマちゃんとルークの美しい出会いちゃんなのです……、という意味のようだ。

 もこもこは胸の前でそっと、猫のような両手を交差した。


「リーダー!! リーダーマジ最高! クマちゃんごめんね俺のほうが先に気付いてたのに……マジでごめん。早く助けてあげればよかった……」


 新米ママリオちゃんは客の顔の上で『クマちゃん事件簿~凶悪な犬と木漏れ日の出会い編~』を語っていた我が子を抱き上げた。


 彼はあたるとチクチクする麦わら帽子を脱がせ、愛らしい頭に頬擦りをした。

 良かった、クマちゃんが無事で、本当に良かった。


「次は絶対おれが助けるから」


「クマちゃ……」

『クマちゃも……』


 弱々しく心優しい赤ちゃんクマちゃん。


 クマちゃんもお助けします……、と言われてしまったリオは「も~クマちゃん優し過ぎて泣けるんだけど……」と片手で目元を隠している。



 客達は涙を流しながら


「よかった! 副村長よくぞご無事で……!」 

「クマちゃん……そんな辛いことが……!」

「助かって良かったです……本当に……!」


寝物語の語り手に盛大な拍手を贈っている。


 クマの兵隊達はおくるみの切れ端を目元に当て、松明を振り回していた。


 盛り上がる室内。

 血圧が上がる寝物語を聞いたお客様達の目は、ぱっちりと開いてしまっていた。

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