第22話 効果あり

 長い時を経て仲間達と再会したクマちゃんは、現在ルークに抱えられ、ひとりぼっちで寂しそうなマスターのところに遊びに来ている。



 仕事中の彼の前に現れた、恐ろしいほどの魔力を持つ人間。

 溢るる力を持て余す黒い服の男は白くてもこもこした生き物を抱えている。


 驚いたマスターは、


「……ルーク、お前なんだそのとんでもない魔力は……。一人で戦争でもする気か?」


いつでも世界征服できそうな無表情の男に心にもない言葉をぶつけ――すぐに自嘲した。


(こいつがそんな面倒なことをするわけがないだろう)

   

「するか」


 いつも通り抑揚の少ない、無感情にも聞こえる声が雑に答える。


 マスターの発言『一人で戦争――』が本気のものだったとしても、彼の返事は変わらないだろう。

 今のルークはクマちゃんの悲しいへこみ以外に興味を持ちそうに無い。

 言葉を返すあいだも切れ長の目をもこもこへ向け、長い指で問題の部位を撫で続けている。


「マスター、そのリーダーのやべー魔力の原因がこれなんだけど」


 二人のやりとりを見ていたリオが、輝く二つの『やべー』瓶をマスターの机に、コトリ、と置く。


 それなりに長い冒険者生活の中でも見たことのない、正体不明の素材で出来た――明らかに高価な――瓶。

 彼は思っていた。

 普通に持っていたくない。


 マスターは顎鬚をさわりつつ机に置かれたそれを少しのあいだ眺め、

  

「……なんというか、あれだな。……欲の強い人間が大騒ぎしそうな代物だな」


嫌そうな顔で嫌そうに呟き、瓶へ手を伸ばした。


 過去にそういう人間と何かあったのだろう。


 ギルドマスターという、立場上世界中の様々な素材を目にする機会のある彼でも、光を反射するでもなく、それ自体がキラキラと輝き、ときおり七色にも見える不可思議な素材は知らないらしい。


「僕は自分で装飾品を選びに行くことが多いのだけれど、そういう――光がこぼれ落ちているような輝き方をするものには出会ったことがないよ」


 まるで南国の鳥のように鮮やかな青髪が派手で美しいウィルは、自身の耳や腕、指、他にも色々な場所に装飾品をつけている。

 だが頻繁に宝飾店へ行く彼でも、内側からキラキラと光の雫がしたたる宝石など知らないという。

 彼が正体不明の素材を見て『クマちゃんが危険にさらされる』と心配したのはこれが理由だった。


「あんなやべーのがいきなり酒場にできたら報告しないわけないし、マスターはクマちゃんの店のこと知ってたんだよね? これは知らなかったってこと?」


「ああ、あの変……いや、白いのの店が出来たのはお前らが出て、……一時間も経ってなかったか。それで、こいつが白い飲み物――まぁ牛乳なんだが。それを俺にくれたあと、店に残ってなにか作ろうとしていたのは知っていた。そっちに関しては特に問題ない。……だが、この瓶は俺が見たときには無かった……いや……」


 マスターはそういって顎髭をさわり、考えこんだ。


 そういえばクライヴが、森で迷子になっていたと白いのを連れてこなかったか。

 もこもこは何故森に行っていたのか。


「――白いのは瞬間移動でも出来るのか? 店ができた後、こいつを森で発見したとクライヴがこの部屋まで連れてきたんだが」


 マスターは吹雪のような男クライヴがクマちゃんをとても可愛がっていたとは言わないでおいた。


「ええぇ。あの人めっちゃこえーじゃん。俺あの人と目合うとすげー冷たい目で見られんだけど。まじでクマちゃんよく無事だったね。……あー、そういえば。前にクマちゃんの家行ったとき、狭くて外見る余裕なかったけど、もしかしてあれって森?」


「ああ」


 クマちゃんの実家に行ったことのあるリオがルークに尋ねると、肯定が返ってきた。


 ルークは普段リーダーらしいことをしたりしないが、戦闘やそれに関連した能力は群を抜いて高く、彼の言葉を疑う者はいない。


 ――クマちゃんの実家は森にある――。


 彼が言うならそうなのだろう。


「まぁ森にこいつが居たからといって、あの森にそんな素材があるとは思えん。それに、たとえ白いのの家にそれがあったとしても問題はそこじゃない」


 マスターはそう言って、こめかみを揉みながら少し考え


「瓶のことは一旦置いておく。中身だが――白い方は俺も何度か飲んだから知っている。痛みや疲労が取れる、回復薬……は疲労には効かんが、一応それに近いものだろう。それより、ルークのその馬鹿みてぇな魔力は緑色の方か?」


「そー。リーダーが緑の飲んだ瞬間おれ戦闘態勢入りそうになったもん。危うく武器出すとこだったし。まじ怖かった。いや、今もこえーけど」


「僕も、少し恐ろしく感じるくらい目の前で魔力量が変化したのを感じたよ。ただ彼は魔力が人よりとても多いからこうなってしまっただけで、他の冒険者がこれを飲んでも問題になるほど大きな変化はないのではない?」


 若干失礼な三人の会話を、ルークはクマちゃんの悲しい部分を撫でながら興味なさげに聞いていた。


 誰かの魔力が倍になろうが百倍になろうが、やはり彼にとってはどうでもいいことなのだろう。



「そうだな……、もしこの白いのが店でこの二種類の飲み物を売るとして、まずは、効果を調べるために適当な奴を呼んで飲ませる必要がある。……すまないが、これと同じ物を明日もう一度作ってくれるか?」


 マスターに頼まれたもこもこは、うむ、と頷いた。

 明日のクマちゃんのアルバイトは調理に決まったようだ。



「リーダー……、それ全然効果ないって職員のおっちゃんが言ってたやつじゃん……」


 寝る準備をしてベッドに横になってたリオの目に、怪しげな薬を持つルークが映った。


 先程クマちゃんを置いてどこかへ行ったと思ったら、まさかそんなものを手にいれてくるなんて。

 普段何も気にしないのに何故、それがそこまで気になるのか。


 リオは不思議でしかたがなかった。

 ルークが持っているあの薬は、おそらくただベタベタするだけの軟膏もどきだ。

 塗っても彼が期待する効果なんてないだろう。


  

 クマちゃんは現在ルークのベッドの上で、頭に怪しげな薬を塗り込まれている。


 彼の長い指で塗られているそれは、リオ曰く全く効果が無いものらしい。

 それは構わないが折角彼にふわふわにしてもらった頭がべたべたするのはやや気になる。


「…………」


 無表情でそれを塗り込むルークは、リオの言葉に反応しない。


 ただ淡々と、クマちゃんの事件の痕を見つめ、作業を続けていた。

 塗りすぎのためか、ふわふわの頭の一部がテカテカしている。


 ルークは施術を終え、薬を片付けたようだ。

 彼がクマちゃんを抱えたままベッドに横になる。


 クマちゃんはもこもこしながら寝心地を確かめ、うむ、と頷き考えた。


 ――さきほどのあれは何だったのだろう。不思議である。


 温かな場所で大好きな彼に優しく撫でられるクマちゃん。とへこみ。

 幸せな気持ちになったクマちゃんは、光沢感とぬめりのことなど忘れ、そのまま眠ってしまった。

 

 ルークはクマちゃんをしばらくのあいだ撫でていた。


 数分後、彼は相変わらずへこんだままの――先刻薬を塗ったばかりの――そこを確認するようじっと見つめ、間も無く静かに瞳を閉じた。



「はぁー?! 何それまじでありえないんだけど! いや絶対おかしいって!」


 翌朝。理解出来ないものを見たリオはひとりで蜂の巣をやってしまった人間のように『はぁー?!』と騒いでいた。



 就寝前、もこもこ森の一部を沼地のようにテカらせていたクマちゃんが、朝起きると何故か、サラサラフワフワの長毛種のような外見になっていたのだ。

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