第16話 これさえあれば

 二人からマグカップを返してもらったクマちゃんは、お客様に飲み物を出して満足したのか再びカタカタ音を立てながら退室していった。



「あの白い子は一体……」


 司祭の男性は言葉を選びながら考えている。

 白を神聖なものとする教会の人間である彼が、マスターに『あの謎の生き物は一体何の生き物ですか?』と尋ねるのは難しいだろう。


「あいつから癒やしの力を感じたことはあったが……。魔力が少なすぎて回復魔法が使えるとは思っていなかった」


 マスターは額の方へ手をやり、痛みの取れたこめかみに親指を当てながら普段のクマちゃんの様子を思い返していた。

 もこもこを膝に乗せているときにその力を感じたことがあったとしても、それは体に影響を与えるような大きなものではない。

 先程の飲み物も、実際に飲まなければそういう効力があることには力のある冒険者でも気付かないだろう。


〝力のある冒険者〟と考えたところで、ふと一人の冒険者の顔が思い浮かぶ。

 共にいるあいだは常にもこもこを傍に置き、可愛がり面倒を見ている〝ギルド最強〟のあの男は、あの生き物について何か知っているのだろうか。

 ただ、もし仮にそうだとしても奴がそれを皆に話す場面は想像がつかない。


 あいつが生き物を可愛がることなど今までなかった。

 今の奴の様子は溺愛と言っても過言ではないだろう。

 そんな男が、自身が愛する生き物の人に知られれば利用されかねない情報を漏らすとは考え難い。


「あの白いのの事はこっちで少し調べてみる。だが、余り期待はしないでほしい。それから、あれを殊の外大事にしてる奴がいる。今の力について何か判るまで、出来れば他には知られたくない」

 

 今は考えても仕方がないと一旦保留にすることにしたマスターは、未だ言葉を探していそうな真面目な司祭に要望を伝える。


 ルークからの返事は期待出来ないだろうが、それでも確認するしかない。



 洗い物をしてくれるという優しい女性職員にマグカップを渡し、満足したクマちゃん。

 アルバイトは非常に順調のようだ。


 しかも先程の優しい彼女は、クマちゃんの首にアルバイト用に作られたギルドカードを掛けてくれた。

 これで関係者以外立ち入り禁止のこの区画と酒場を、自由に行き来出来るだろう。



 扉を開けてほしい猫のようなクマちゃんが、濡れた鼻先が付くほど扉の近くに立っている。


 するとそれを見ていた女性職員が、


「あら? クマちゃんお外に出たいんですか?」


と言いながら扉を開けた。


 白いもこもこはヨチヨチもこもこと立入禁止区画を抜け、酒場へ入る。



 

 無事目的地に到着したクマちゃんは、つぶらな瞳で辺りを見回した。

 時間帯のせいだろうか。

 冒険者はほとんど居ないようだ。

 巨大な掲示板の前にも、誰もいない。

 うむ。やはり皆、森の調査で忙しいのだろう。



「おや、何故ここにクマちゃんが?」


 酒場内、テーブル席の前に立っていた男性が、白いもこもこを見て驚いている。

 彼は眼鏡をかけた茶色い髪の男性で、ギルド職員の制服を着ていた。

 お留守番中のもこもこは、通常ならマスターの所にいる。

 ルークが帰って来れば必ず彼の腕に抱えられているもこもこが、一匹だけでウロウロしていることなどほぼない。


 

 クマちゃんは眼鏡の彼を見て考える。

 早速このギルド職員から仕事を貰うことにしよう。



「ん? なにを見せてくれるんだい? カード? え? ギルドカード?!」


 クマちゃんがもこもこの両手でぐいぐい見せつけてくるのは、アルバイト専用のギルドカードだった。


 彼はもこもこにぐいぐいされながら考える。


(誰だこんな大事な物を渡したのは。許可なく渡せるものではないのだからおそらくマスターだろうが)


 マスターは〝クマちゃんは不採用〟と言えなかっただけで、これをもこもこに直接渡したのは色々大雑把で優しい女性職員なのだが、責任者は彼なので間違いでもない。



 カードを見せつけてくるのだから、何か仕事がしたいのだろう。

 そう考えた眼鏡の男性は、丁度いま彼がするはずだった簡単な仕事を任せてみることにした。

 

「今回クマちゃんに任せたい仕事は、酒場内にある椅子の点検とそれにガタつきがあれば直すという簡単なものだ」


 眼鏡の彼は『クマちゃんが出来ること』の範囲が分からないため、子供でもこなせる仕事なら問題ないだろうと考えた。


「本当は職人に任せたいんだが、皆いまはギルドと冒険者からの依頼で手が空いていなくてね」 


 男性は机の上に置いていた工具箱のようなものを開くと、何かを取り出しクマちゃんの肉球の上にそれを置く。


「これは何でも簡単にくっつけられる接着剤だから、ガタガタしているところがあったら掛けると良い」



 真面目そうな口調の彼も、やはり森の街で育った大雑把な人間だった。

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