第4話 あの時光ってたやつ

 現在クマちゃんはルークに抱えられ、これからクマちゃんの住まいとなるお部屋へ到着したところである。

 うむ。家具が足りないようだ。

 クマちゃんのベッドはどこだろうか。



 二階の突き当りにある部屋に入った二人と一匹。


 暗い色の木目の壁。

 色味を合わせた、焦茶色の木製家具。

 魔石を燃料にしたランプが壁やテーブルに飾られ、室内を黄色がかった光で照らしている。


 クマちゃんを抱えたまま、ルークがベッドに腰掛けた。

 やや疲れた表情で、彼らを見つめるリオ。

 備え付けのテーブルへ近付くと、前に置かれた椅子を引き、浅く座る。


「リーダー、明日からどーすんの? 連れて歩くの?」


 疲れのせいか、声はいつもより低く、かすれている。 

 見ようとせずとも勝手に視界に入ってくる一人と一匹が、同時に頷く。


 どうやらクマちゃんも一緒に行動したいらしい。


 まさか冒険者になりたいのだろうか。

 チャラそうなわりに苦労性のリオは、クマちゃんが剣を持ち敵と戦う姿を想像しかけ――、


「いや、無理」


呟くと、だるそうに首の横に手をあて、下を向いた。


「一匹ぐらい増えてもいいだろ」


 いつもと同じ、低く色気のある声は相変わらず抑揚がない。

 彼の長い指は、クマちゃんのもふもふの手の先にある爪を摘んでいる。


 戦闘力の確認だろうか。

 爪は先が丸くなっており、攻撃には向かないようだ。

 おそらく引っ掻かれても痕も残らない。



 クマちゃんは二人の話を聞きながら考えていた。


 初めに居た小さな家から出てすぐに憎らしいあいつに咥えられ、誘拐されてされてしまったのは痛手だった。  

 抵抗も虚しく、一方的にやられていたところを颯爽と助けてくれたルークという青年は、自分にとっての恩人だ。

 服は黒かったが、太陽の光が当たった時の銀の髪は、クマちゃんの真っ白な毛皮とそっくりで親近感がわく。


 道を覚えようと、街に着くまでルークの腕の中から景色を見ていた。

 彼らにとっては短い時間でも、クマちゃんにとっては大移動だ。

 自力ではとても街まで辿り着けなかっただろう。


 ルークは街中で一人服を着ていないクマちゃんを気遣い、白い毛皮によく映える、赤いリボンまでプレゼントしてくれた。


 クマちゃんが苦しくないように、丁寧に確認しながら結んでくれたリボンは、蝶々みたいな形で可愛らしい。

 きっと皆がうらやましがるだろうが、このリボンはあげられない。


 かわりに本物の蝶々を捕まえて酒場に放そう。

 パタパタ飛んで綺麗だから、皆喜ぶはずだ。


 目覚めてから初めて食べた、ケーキという食べ物もとても美味しかった。

 折角ルークがクマちゃんの為に頼んでくれたのに、果物がうまくフォークに刺さらず飛んでいってしまったのが悲しい。


 まだ出会ったばかりだが、ルークはいつも優しくクマちゃんを撫でてくれる。

 多くない口数。

 低く落ち着いた声。

 聞いていると、とても安心する。


 何もわからず途方に暮れていた自分に、優しくしてくれたルークに恩返しがしたい。

 冒険者というのはよくわからないが、クマちゃんもそれになれば、一緒にいられるはずだ。


 そういえば、先程酒場という場所で見た〝剣士〟や〝魔法使い〟と呼ばれている人たちは、長い棒を持っていた。

 明日からクマちゃんも長い棒を持って歩こう。 

 最初にいたあの家に戻れば、何かすごい棒があるかもしれない。


 クマちゃんがあの小さな家に戻れないかと考えた時、ふわふわの手の中に細長い何かが音もなく出現した。



 ルーク達は空間の変化を感じ取り、会話を止めた。

 クマちゃんの右手に素早く視線を向ける。


 右手から感じる微かな魔力は、おそらくクマちゃんのものだ。


 癒し系といえなくもないクマちゃんらしい、回復系の魔力。

 しかし微か過ぎて擦り傷も治せそうにない。

 さかむけでもあやしい。


「……杖か?」


 それの近くにいたルークは、力を入れないようにふわふわの腕を持ち上げ確認する。


 リオは軽い音を立て、椅子から立ち上がった。

 一人と一匹のそばに寄り、それを観察する。 

 その細長い何かは真っ白で、よく見ると魔法使いが使う杖を小さくしたような形状だ。

 先の方についているのは、家の模型だろうか?


 持ち手の下の部分にはクマの顔がついている。


「クマちゃんて魔法使えるの?」


 さらに疲れが増したリオが、気だるそうに尋ねた。

 可愛らしいクマちゃん。

 何も悪いことをしない。

 だが何故か、リオは弱っていく。

 

「……魔力でも込めて振ったらいいんじゃねえか」


 悪いものではないという判断を下したルークが、杖の使用を勧めた。



 クマちゃんは手の中の杖の先に付いている家の模型を見ながら考えた。

 この家はクマちゃんが最初にいた家なのかもしれない。


 もし、ルークの言った方法であの家に行けるなら、皆で一緒に行きたい。



 クマちゃんはもふもふの右手に杖を持ち、もふもふの左手でルークの服をつかみ、黒く小さな鼻の上にキュッと力を入れて杖を振った。

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