第7話

 そして当日。加奈子は子供たちを幼稚園と小学校に送り届け家事のルーティーンを済ませ鏡で顔を見るとなんか少し顔色がツヤっとしていることに気づいた。


 昨晩、あの青年のことをふと空想していたら夢にまで出てきたのだ。たった一度きりの出会いだったのに迫られる場面をみて朝はドキドキと心拍数が上がり、久しぶりの多幸感で目が覚めたのにも関わらず子供越しにイビキをかく謙太の間抜けな寝顔を見て現実を知って目が覚めた。


 留美は推し活をしたりセフレを取っ替え引っ替えしているのも女性ホルモンの活性化とは言っていたことを思い出すがそんなことは自分にはできないと思いながらもこれが活性化なのか、と実感したものの久しぶりにメガネからコンタクトレンズを装着したら今まで目を背けていた目の周りのシミが目立った。


 必死にそのシミをコンシーラーで隠しパウダーで叩いたところで

「日焼け止め忘れたぁ」

 と気づくが時間はない、眉毛を描いてリップを塗り髪の毛を整える。

 髪の毛もしばらく1000円カット。白髪は運良く生えてはいない。

 だがいつ前に髪の毛を切ったのだろう、思い出せない。


 首を横に何度も振って加奈子は家を出た。自分は社会復帰するのだ、だがまだ就職できる保証はない。




 センターに着くと待っていたのは白髪の髪の毛を結った女性。70代くらいだろうか。それともう1人、髪の毛の禿げ上がった男性、60代くらい。


「はじめまして、本日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね、私は坂本はなえ。ここで館長をやっています、隣の彼は総務部長の窪田藤男さん」

 窪田さんは頭を下げる。少し無口そうである。面接といってもセンターの誰でも座っても良さそうなリビングの机。


 中古平屋一軒家を改造したものであり、広場と呼ばれる部分はリビングとダイニングをぶち破ったとても広い部屋である。

 パソコンやテレビ、ソファーが置いてあり町民の集い場で、大きな和室2部屋は不定期に習い事や催し物が開催されている。加奈子もここで開催されているバザーや子供の向けのイベントに参加をしたことはあったのだが数回のみだけである。

 イベントがないため人も少なく、パソコンでインターネットを見ているもの、ソファーでくつろいでお話ししているものそれくらいである。


「ぶーみんから聞いたわよ、とても世話焼きないい人がいたって」

「ぶーみん? って世話焼き……」

「ごめん、工藤信美のことよ。同級生でね、この町で育ったもの同士残ってる女子はうちらだけかな。のぶみ、で、ぶみ、ぶーみん。あの子ったら昔から豚みたいに太ってるしね」

「はぁ」

 まぁ確かに、と小太りな工藤さんを思い浮かべる。自分のことをどう伝えられているのだろうか気になる加奈子。


「私はまだ70歳! 女はこれからっ! あなたは……ふむ、38歳。まだまだ私から見たらひなどりだわ」

 やたらとテンションが高い坂本さんだが工藤さんも70ということである。


「工藤さんも……お仕事されてるといってましたけど」

「そうよ、彼女はまだ現役。幼稚園を夫婦で経営しているのよ、隣町の」

「えっ、幼稚園の園長さん?」

「そうよ、娘さんと婿さんもいるのよ。加奈子さんは息子さん幼稚園だけど……この町の幼稚園なのね、なるほど」


 履歴書を坂本さんが目を通すと窪田さんにもすぐ渡された。

 老眼鏡でンーと言いながら見ている。

「基本このセンターでは和室の貸し出しの管理、掃除、維持をしているの。町内の憩いの場……主に後期高齢者が増えてきたこのまちの老人の居場所、といってもあなた見たな若い人からお子さんも利用してもいいし夏は寺子屋で教職経験者や大学生がアルバイトで小学生から中学生の寺子屋をやってたり……バザーも来たことあるでしょ……」

「はい……そういう時しか」

「それでいいのよ、きっかけがあってここに来た、利用者さんもそれぞれ理由があってここにやってくる。私たちスタッフは受け入れる、歓迎する。後期高齢者が増えた我が町、車がないと移動が不便よね。行く場所が限られてしまうからここも一つの居場所として利用する方も増えたのよ」


 確かに、と加奈子は頷く。実の所彼女はここの街の近くに住んでいた。友人もここにたくさんいた。子供の頃は子育て世代の親たちがこの街に新築をたてて家庭を築き上げてきた。

 その親世代が後期高齢者になっているのだ。自分たちも40代一歩手前でもある。


「窪田さんもわたしも定年がここで働いてきたけども少し下の世代、高齢者のお子さんくらい、そう加奈子さんくらいの年代のスタッフを雇いたかったのよ」

「そうなんですね……でも私10年のブランクもあるし、子供いるし……」

「大丈夫。大体この年代で主婦から働き出す人も多かったし。昔はずっと主婦の人もいたけどさ、今は違うわね。みんなバリバリ働いている。あ、でも主婦だからって思わないで」

「……は、はぁ」

 坂本さんは加奈子の手を握った。


「主婦だって家で一生懸命働いてきた。夫や子供、はたまた親の世話、家事掃除料理育児、家計管理、町内会……もちろんうまくこなせない人もいるけど」

 加奈子はごもっとも……と思いつつもこの十年間、何もしてこなかったわけではない……それも評価してくれる人はいるのかと少し希望が持てた。


 窪田さんも横で頷いている。


「是非ともあなたにここで働いてほしいの。もちろんご家庭優先で。送り迎えや行事の融通もきかせてあげるわよ」

「……ほら本当ですかっ!!!」

「ええ」

 加奈子はようやく採用となって嬉しさで胸がいっぱいになった。坂本さんの手はもう離さまい。


 と思っていたところに1人の老女がやってきた。

「おや、珍しく若い物が」

「はいー今度から新人さんとして入ってくれる加奈子さんよ」

 加奈子は頭を下げ挨拶をした。


 しかしその老女はフーンという顔をした。

「新人さん、楽しみだわ」

 と老女はそこから2時間居座りつつづけたのであった。

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