第122話 ただのパパでした

 アウリエルに用意してもらった正装に身を包む。


 まさに貴族が着るって感じの服装だった。


 いつも着ているローブも高級感漂うものだったが、さすがに国王陛下との謁見で見知らぬ僕がローブ姿はまずい。


 慣れないきっちりとした服装に違和感を覚えながらも、袖を通した。


 そして、全員の着替えが終わると、アウリエルと執事の案内で謁見の間に向かう。


 重く派手な装飾の施された扉を開けると、そこには広々とした空間が広がっていた。


 サッカーくらいなら余裕で出来そうな広間の奥に、玉座に座る老齢の男性がひとり。


 そばには護衛と思われる複数の騎士に、眼鏡をくいっと持ち上げる知的な男性がいた。


 静かな空間内に足を踏み入れると、あまりのも静寂と視線の嵐に、僕たちはごくりと生唾を呑み込んだ。


 それでも緊張のしすぎで誰かが転ぶようなことはない。


 どうにか玉座から五メートルほど離れた位置までやってくる。


 そこで足を止めると、事前に言われたとおりに膝を突いて頭を垂れる。


 立ったままのアウリエルが透き通るような声で言った。


「たいへんお待たせしました、国王陛下。こちら、わたくしの護衛を引き受けてくれたマーリンさまと、そのお仲間であるソフィアさん、エアリーさん、ノイズさん、カメリアさんの五人です」


「——うむ。話には聞いている。楽にするといいぞ」


 楽にするといいってたしか、面を上げてもいいよって意味だよね。


 アウリエルが何も言わないので、とりあえず僕は顔を上げる。


 すると眼前の国王陛下と目が合った。


 なんか睨まれているような気がする。


「なるほど。アウリエルが言うように、たしかに美しい銀髪と黄金色の瞳だな。離れたこの場からもその存在感の強さが伺える」


「ええ、ええ。そうでしょう。マーリンさまはこの世で最も尊い神の使徒。そんなお方との日々は毎日が天国にいるようでした」


 歌うようにアウリエルが感想を述べる。


 さらに国王陛下の視線が鋭くなった。


 ……もしかしなくても、大事な娘に付いた羽虫とか思われてない?


 少なくとも国王陛下は、見た感じアウリエルほど信仰には厚くないようだ。


 頬杖を突いたまま無愛想な顔で口を開く。


「余は、その件はまだ素直に受け入れられていない。大事な大事な娘とどこぞの馬の骨が、共に王都へやってくるだけじゃなく、同じ宿で泊まった? 最初は目を疑ったぞ、アウリエル」


「マーリンさまに失礼なこと言わないでください陛下。いくら陛下でも怒りますよ?」


 アウリエルさん?


 相手、国王陛下。この国で一番偉い人。


 たしかにあなたは壊れた信仰心を持っているが、相手は国王。


 自分の父親かもしれないが、それ以前に最も偉い人なのだ。


 あまり自分と僕の首を絞めるような発言は控えたほうがいい。


 主に僕の心臓と寿命が縮まりそうになる。


 が、


「す……すまないアウリエル! そういう含みのある意味で言ったわけじゃないんだ! パパはただ心配だっただけだよ!」


 国王陛下は僕の予想とは裏腹に酷く狼狽していた。


 焦った様子でアウリエルに言い訳を並べる。


 ……パパ?


「謝る相手が違うでしょう! わたくしではなくマーリンさまに謝ってください!」


「ぐぅっ!? そ、それは……ぐぎぎぎ!」


 ああダメだ。ぐぎぎまで出た。


 あれは確実に「こんな畜生に頭を下げるなど絶対に嫌だ!」という反応だった。


 隠すゼロで逆に潔い。


「わかってくれ、アウリエル。余は一国の王。平民の前で頭を下げることはできない。余の謝罪とは即ち、国に生きるすべての民の謝罪に他ならない。それはさすがにお前の頼みでも——」


「ではもう喋りません。国王陛下とは」


「申し訳ありませんでしたあああああああ!!」


 カッコイイこと言ってた直後に、全力で頭を下げる一国の王様。


 そこにはプライドもなにもなかった。


 軽いなおい。それが国民すべての謝罪ってやつか?


 そばにいた眼鏡の男性の目が死んでいた。


 騎士たちは視線を逸らす。


 なんだかたいへんカオスな状況である。


 これ、収拾つくよね? 幸先が不安すぎる。




 ▼




「ご、ごほん。すまないな。取り乱した」


「い、いえ……なんだか本当に申し訳ありません」


 時間にしておよそ十分。


 しばらくは僕たちを放置して親子喧嘩が勃発した。


 それが終わると、さすがに一国の王だけあって冷静になる。


 冷静になって自分の痴態を恥じた。謝りたいのはこちらだと言うのに。


 だが、おかげで国王陛下からの印象は少しだけ和らぐ。


 僕がなにもしていないことが好印象になったらしい。


 喧嘩の最中、アウリエルがぺちゃくちゃ僕とのやり取りを話してくれたおかげだな。


 そもそも国王陛下に恨まれる原因を作ったのも彼女だが、それは突っ込まないお約束だ。


 改めて、テンションと様子を元に戻した国王陛下が、僕たちの今回の働きを褒めてくれる。


 アウリエルの護衛の件だけじゃない。その道中、助けた村のことも含めてだ。

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