第185話 預言者ウリス
それから、俺とエリス様の奇妙な生活が始まった。
エリス様は朝から晩まで絵を描いていた。何処かへ出かけて写生することもあれば、一日中アトリエで描き続けることもあった。出かけるときは当然俺は荷物持ちだ。ただ、アトリエで描き続けているときは暇である。仕方ないので、千里眼で街の様子を伺ったりして暇をつぶしていた。
* * *
そんなある日、よく当たる占い師がいると街で話題になっていた。興味を持った俺は転移して覗いてみた。
それは女占い師だった。その人は、朝市の外れで占っていた。占い師を取り巻く人だかりにまぎれて様子を伺っていると、こちらを見てにっと笑った。
「おい、そこの少年!」
占い師は、突然俺を指差して声を掛けて来た。またか。俺って、声を掛けやすいタイプなのか?
「お前なのだ。我の言葉が聞こえぬわけではあるまい?」
「俺ですか?」おずおずと言った。
「そうだ。ちょっと来るのだ」
「お金なら持ってないけど。占いも要りません」
「構わん。我は、占い師ではないのだ。預言者なのだ」
なんか怪しいこと言い出した。
「はぁ」
「いいから来い。お主に、女難の相が出ているのだ」
はい、今まさに。てか、占い師じゃん。気になって声を掛けたのか?
「いや、今の事ではないぞ?」
心も読めるんですか?
「逃げなくてよいのだ」
思わず後ずさっていたらしい。
「何時の話です?」
「そうだな。我にも分からぬ。すぐ先かもしれぬし、ずっと先かも知れぬ。だが、今ではないのである」
あくまで「女難」は自分ではないと言い張る預言者。これ、怪しすぎる。当たったか外れたか分かんないじゃん! 今なら絶対当たってるのに。
「お主は将来、おなご七人くらいに囲まれるな」
おお。具体的な話になった。まぁ、そうだね。
「ああ、たぶんその倍くらいいきます」
「なんじゃと? お主、この世界では稀に見ぬ豪傑なのである」
「いえ、来世以降の話です」
「わっははは。なるほど、そうか。面白いことを言うやつなのである。我は……」
「ウリス様ですよね?」
「おお、お主、我を知っているのか。なかなか、目ざとい少年なのだ。名を何という?」
「リュウジです」
「なに? 竜神だと?」
また、それですか。
「いえ、リュウジです」
「おお、か弱い女を、びっくりさせるでない」
か弱かったんですか?
「なにか?」
妙に感が鋭い。
「ならば、人聞きが悪いから、リュウと呼ぼう」
人聞きが悪いとか失礼な!
「いいですけど。竜神って、何者です?」
「お前、竜神を知らんのか! 何処に住んでおるのだ?」
「えっと、郊外の森ですけど」
「ああ、あの魔女と一緒か。ならば仕方ないな。今、竜神が復活すると話題なのだ」
エリス様、酷い事言われてますよ。ウリス様こそ魔女っぽいんだけど。
「復活するんですか?」
「そういう話なのだ。なんとか復活を避けるために我ら預言者が王に助言をしているのである」
王様に? この人、意外と偉い人なのか?
あれ? もしかして? 竜神って本当に俺の事じゃないよな? 未来からタイムリープして来ただけなんで復活じゃないんだけど? もしかして、あれを復活だと言っている? それとも召喚のことか? これは、知らないってことで押し通すに限るな。
「まぁ、気を付けるのだ。あの女に食われぬようにな!」
「はい。大丈夫です」
毎日同じベッドで寝てますけど食われてません。ただの抱き枕です。
なんだ、この世界。俺の妄想か? 本当にタイムリープして来たのか? そういえば、寝るとき周りは女神様だらけだったよな?
ん? なんで女神様だらけだったんだっけ?
* * *
戻ってみると、珍しくエリス様は綺麗な服装に着替えて俺を待っていた。
「リュウ? 何処へ行っていた?」
「すみません。ちょっと湖の方へ」
さらにその先の街まで。
「そ、そうか。あの湖は水が冷たいから気を付けるようにな」
「はい」
「では、これから出かけるから、ついてこい」
「はい。どちらへ?」
「宮廷だ。これを着ろ」
なんだか、よく分からないが俺用の服が用意されていた。とは言っても単に白いシャツと黒のパンツだが。
* * *
街の門をくぐると、街の中心へとまっすぐ伸びる大通りを進んだ。つまり、ここは王都であり中央には王城があると言うことらしい。
中央付近まで来たら巨大で豪華な王城が見えてきた。近くまで来たら馬車を回して王城横の小さな門へと向かった。
「エリス様、ようこそおいでくださいました」
門でエリスが一声掛けると、門番はこれが日常であるかのように流ちょうに挨拶した。
「よく来てるんですか?」
「そうだな。宮廷絵師だからな」
宮廷絵師って、そんなに頻繁に肖像画を描くんだろうか? 妃が沢山いる? 子だくさん? そう考えると、どことなく親しみが湧くな。
「本日は、第三王女の肖像を描く予定だ。十五の成人の記念にな」
なるほど、この世界は十五で成人か。肖像画は王女様の成長記録というわけだ。
* * *
馬車を預けて、俺達は長い回廊を歩いていた。
「おお。久しぶりなのである。森の魔女よ」
前から来た女が声を掛けて来た。
「ふん。魔女に魔女呼ばわりされるとはな。一回りして普通の人間と言うことだな」
見ると、ウリス様だった。ちょうど宮廷から出て来たところらしい。
「また、無駄な見合い用の肖像画を描くのである?」なるほど。見合いの肖像画を何枚も書くのか。
「憂鬱な未来を売り物にするよりよかろう?」
ダメだ、二人とも険悪過ぎる。が、ふと見ると二人とも笑っている。険悪ではないのか?
「それは、新しい助手か?」
俺とは既に会っているので含んだ笑いだ。
「ああ。使えるか、まだ分からないがな」
「ほう。それは楽しみなのである」
「お主は助手は取らぬのか?」
「我に助手は無理なのだ」
「必要なら、貸してやっても良いぞ」
なに? おいおい。
「ほう。覚えておくのだ」
あれ? 意外と仲がいいのか?
「付き合いは長いんですか?」
ウリス様を見送ってから聞いてみた。
「うん? 今の預言者ウリスか? そうだな。腐れ縁だな」
やっぱりそうなんだ。
そんな風にして、俺達は宮廷の奥、第三王女の部屋の前まで来た。
「宮廷絵師エリス。参上いたしました」
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